第三章 ~『国王戦の決勝戦』~
リング上でアリスとオロチは視線を交差させる。アリスは戦う意思を込めた闘気を放ち、オロチもアリスの闘気に応えるように好戦的な闘気を纏った。
「どうしたんだい? ケルンくんにやったような気を逸らす作戦はしないのかい?」
「さぁ、どうでしょう」
「やらなければ僕には勝てないよ。ニコラくん直伝の卑怯な手段でも何でも使いなさい」
オロチは刀を抜いて、上段に構える。隙の一切ない構えは不意打ちなど効かないと暗に告げているようだった。
「アリスちゃんに先番を譲ってあげよう。まずは御手並み拝見だ」
「その油断が命取りです」
アリスは心臓から血を滾らせるイメージで魔力を放出する。魔力は闘気と違い、それ単体では何の効果も発揮せず、魔法を発動させるエネルギーとしての力しかない。
だからこそ魔力というリソースを効率的に利用するため、アリスは時間を要しても最大効率で魔力を練る。相手が待ってくれているからこそ使える戦術である。
「実戦投入は初めてですが、いきます!」
アリスは練った魔力で魔法を発動させる。その魔法は自身の肉体を魔力の粒子に変える力であった。粒子と化したアリスは姿を消し、一瞬でオロチの背後へと移動する。本来敵の攻撃を躱すために利用する魔法を、アリスは攻撃に転用したのだ。
瞬間移動にも似たアリスの魔法に、オロチは焦る素振りを見せたが、すぐさま危機を回避するために自身の肉体を霧へと変える。再びオロチが肉体へと戻った時、アリスとオロチは互いに睨み合う形になっていた。
「その魔法……なるほど、アリスちゃんがリーゼちゃんを倒したんだね」
「まさか――」
アリスはニコラに似た格闘術を使う仮面の女性リーゼを思い出した。そして彼女の師匠が、国王戦に出場すると話していた記憶が蘇り、オロチと繋がる。
「その魔法は僕が土産として持ち帰った魔導書の力だ。そしてその魔法は誰でも扱えるモノではない。使いこなすには才能と努力が必要になる。少し舐めすぎていたかもしれないなぁ」
オロチは教師が生徒を指導するような表情から、同じ武道家を見る表情に変える。その顔には一切の油断がなかった。
「これは失敗したかもしれませんね……」
闘いは相手を油断させた方が有利に進めることができる。アリスとしては下に見られているくらいが丁度良いのだ。
「これは躱せるかな」
オロチは上段から刀を振り下ろす。刀の間合いは遙か遠い。だがアリスはジェイとオロチの試合映像を思い出し、刀の軌道から外れる位置へと身体を動かす。すると刃物で切り裂かれたような刀傷がリングに突然現われた。
「魔力の剣ですか……」
不可視でありながら、長さも自由自在の剣は、間合いを掴むことが困難だ。
「上手く躱したけど、そう何度も上手くは行かないよ」
オロチの言葉は現実のものとなる。魔力の刃は躱すことが困難であり、見切りの才能があるアリスにとってもすべて躱しきることはできなかった。だから彼女は躱しきれなかった斬撃を、身体を魔力の粒子に変えることで防いだ。それから何度斬撃を浴びただろうか。アリスの全身は切り傷でズタボロになり、動くことすらままならない状態へと変わる。
「どうやら僕の勝ちのようだね」
「ま、まだ、私は……」
「無理をしない方が良い。魔力は底をついているし、負ったダメージも意識を保っているのが不思議なくらいだ」
「ぐっ……」
オロチの言葉にアリスは膝を付く。もう立つことすらできない。そんな状態に安心しきった彼は、刀を腰に差すと、審判であるサテラへと視線を向ける。
「僕にも情はある。ニコラくんの弟子をこれ以上いじめたくない。さぁ、サテラちゃん、僕の勝利を宣言するんだ」
オロチは勝利を確信していた。そしてそれは水晶の向こう側で試合の光景を見ているエルフ領の臣民たちも同じであった。人間がエルフたちの上に立つことを受け入れられないエルフや、ハイエルフこそ王になるべきだというエルフ、そしてアリスの知人や友人、彼女に助けられたエルフたちが、アリスの勝利を願った。
だがその願いを打ち砕くように、オロチは勝利の笑みを浮かべていた。笑いは次第に深くなっていく。しかし口元に笑みを浮かべているのはオロチだけではない。アリスの師匠であるニコラも思惑通りの展開に、口角を歪めていた。
アリスはジェイから渡された肉体が負った傷を回復し、魔力と闘気を増大させる薬を革袋から取り出すと、口の中に放り込んだ。爆発的に増大していく魔力と闘気。そのすべてを消費するつもりで、アリスは肉体を魔力の粒子に変え、勢いを乗せたまま、水晶の前で勝利の笑みを浮かべるオロチの背中を蹴り上げた。
魔法による高速化と、爆発的に増加した闘気を一箇所に集めた蹴りは、油断したオロチの闘気の鎧を打ち破るに十分な威力を発揮した。油断していたため、身体を霧に変えることのできなかったオロチはリングから吹き飛び、場外の石畳を転がっていく。勢いが止まる頃には、彼は土埃でボロボロになっていた。
「み、見事だよ。それでこそニコラくんの弟子だ。君こそ王に相応しい」
オロチは口元に笑みを浮かべたまま、ゆっくりと瞼を閉じる。アリスの勝利を祝福するような表情だった。
「勝者、アリス様! よってエルフ領の新しい王はアリス様に決定しました」
サテラがアリスの勝利を宣言する。呼応するように水晶で映像を見ていたエルフたちや、傍で応援していたニコラ、そしてアリス自身が喜びの声をあげたのだった。
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