第三章 ~『メアリーの助言』~


 メアリーが再びニコラたちの拠点としている宿屋に訪れると、水晶に映る映像を真剣に見つめる二人の姿があった。


「メアリーか……」


 部屋を訪れたメアリーの顔を見たニコラは嫌悪を滲ませた表情を浮かべる。強い拒否反応にメアリーは踵を返そうかとも思ったが、ニコラのためだと何とか踏みとどまる。


「あ、あの……わ、私……」

「……何をしにきた?」

「師匠の役に立つために来ました!」


 メアリーが頭を下げると、ニコラはため息を漏らす。彼女はゴクリと息を呑むと、足を前に踏み出した。


「役に立つとはどういうことだ?」

「オロチが使う魔法について助言させてください」

「……なにか知っているのか?」


 ニコラはオロチの身体を霧に変える魔法の弱点がないかを調査していたが、求めている結果に中々辿り着けなかった。そのためメアリーの知識は、彼が喉から手が出るほどに欲している情報だった。


「私は東側の魔法使いに知り合いがいます。オロチが使用する魔法に関しても、心当たりがあります」

「だが俺はメアリーのことを信頼していない。嘘の情報を握らされて、罠に嵌められるリスクもある。悪いが帰ってくれ」

「で、でも、師匠の役に立ちたいんです……」

「もう一度言うぞ、帰れっ!」


 ニコラが強い言葉で拒絶すると、メアリーはしゅんとした態度で踵を返そうとする。そんな彼女をアリスが呼び止める。


「待ってください。あなたはサイゼ王国一の魔法使い、メアリーさんですよね」

「あなたはエルフのお姫様ですよね。私に何か御用ですか?」

「メアリーさんの先生の役に立ちたいという気持ち、私には嘘に思えません」


 アリスはメアリーの顔をじっと見つめる。心の奥底まで見透かすような視線に、メアリーはゴクリと息を呑む。


「アリス、メアリーは信頼できない奴だ」

「いいえ、信頼できます。メアリーさんは少なくとも敵ではありません。根拠もあります」

「根拠?」

「はい。もしメアリーさんが先生や私に不利益を与えたいなら、偽の情報を与えるより、私を闇討ちした方が早いです。なにせ私の実力ではメアリーさんに及ばないでしょうから」

「それはそうだが……」


 メアリーはサイゼ王国一の魔法使いとまで呼ばれた力を有している。遠距離から強大な魔法を打ち込めば、アリス一人を亡き者にすることも容易だ。


「しかし俺も信頼できない根拠があるぞ。なにせ背後から襲われたからな」

「ええ。ですから信頼できる根拠と信頼できない根拠、どちらが勝っているか分からない状況です。先生は不確定な状況では情報こそ力になると教えてくれました。オロチさんに勝利する可能性を少しでも上げるためにも、話だけでも聞いてみましょう」

「……話だけだからな」

「ということなのでメアリーさんよろしくお願いします」

「師匠、本当に、私を許してくれるのですか?」

「許すとは言っていない。話を聞くだけだ」

「いまの私にはそれだけで十分です」


 メアリーは部屋の中央に置かれたテーブルに、懐から取り出した水晶を置く。ニコラとアリスは食い入るように水晶を見つめる。


「これは私の知人の魔法使いが模擬戦をした時の映像です」


 水晶には黒い外套姿の男が身体を霧に変え、敵の剣士の攻撃を躱す映像が映し出されていた。最初は無敵とも思われた魔法使いが攻勢だったが、時間が経つに連れて劣勢に陥る。最後には身体を霧へと変えることなく、試合を投了した。


「オロチが使用していた身体を霧に変える魔法と同じだな」


「東側の魔法の一種に、身体を一時的に別のものへと置き換えるものがあります。それは光や霧など、置き換わるものは多岐にわたり、この力が発動している間に受けたダメージは本体へと通りません」

「だが弱点があるんだな」

「はい。この魔法は燃費が悪いのです」


 肉体を別のモノへと置き換え、再び元の姿へと復元する。これは一流の魔法使いでも何度も発動できる力ではない。それこそ王国一の魔法使いと呼ばれたメアリーでさえ使用できる回数は限られていた。


「さらにこの魔法は意識している間しか発動しません」

「つまり奇襲に対して無防備ということか」


 ニコラが得意とする卑怯な戦術は、身体を霧に変える魔法の対策になりうるということが分かり、彼は頬を緩める。脳裏にはすでにいくつもの対策方法が浮かび始めていた。


「私が知っている東側の魔法に関する情報は以上です」

「ありがとう。多少は役に立った。もういらないから、部屋から出て行ってくれ」

「……わ、分かりました。出ていきます。ただ最後にジェイからこれを師匠に渡して欲しいと」

「ジェイが……」

「はい。一時的ですが爆発的に強くなれる薬だそうです」

「どうせ毒だろ」

「いいえ、私も効能を調べましたが、毒ではありません、聞いた通りの効能でした」


 メアリーはジェイから聞いた薬の効能について説明する。話を聞くにつれて、アリスは喜色の色を、ニコラは怪訝の色を表情に浮かべた。


「師匠に使って欲しいそうです。それと悪かったと伝えて欲しいと」

「……許すつもりはないし、俺はまだジェイやメアリーを信頼していない。俺の方でも薬師に調べてもらう。それでもいいなら薬はありがたく受け取っておく」


 ニコラは悔しそうな表情を浮かべながら薬の入った革袋を受け取る。メアリーは目的を果たせたことに安心したのか、ほっと息を漏らした。


「では私はこれで……」

「メアリーさん! 待ってください」

「どうかしたのですか?」

「メアリーさんさえよければ私に魔法を教えてくれませんか?」


 アリスは手に入れた魔導書の魔法を使いこなせずに苦労していた。王国一の魔法使いに聞けば何か分かるのではないかと、期待の眼差しを向ける。


「実は私も東側の魔法を使えるんです」


 アリスは肉体を魔力の粒子に変えて、一瞬姿を消すが、すぐに元通りの姿に戻ってしまう。オロチの身体を霧に変える魔法と同系統の魔法だった。


「私の魔法は持続時間が短く、このままでは試合で使えません。どうか私に魔法を教えて頂けないでしょうか?」

「おい、アリス! 俺は反対だぞ」

「でも先生、私はこのままではオロチさんに勝てません。先生はいつも言っていますよね。勝つためには手段を選ぶなと。これが私なりの卑怯です」

「ぐっ!」

「メアリーさんお願いします」

「師匠がいいなら……」

「好きにしろ」

「はい、好きにします」


 アリスはメアリーとニコラの手を引くと、二人の手を無理矢理に握らせる。仲直りの握手だと、アリスはさらに二人に手をかぶせた。メアリーとアリスは嬉しそうに笑う。ニコラだけはムスッとした顔で手を握っていた。

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