第三章 ~『元勇者とその心情』~


 試合に敗北したジェイは治癒魔法による治療で命を取り留めたが、彼の目的であった試合でのニコラとの再会が果たせなくなり、失意の表情を浮かべて、町中を彷徨っていた。


「そろそろ元気出しなさいよ」


 隣を歩くメアリーがジェイに励ましの言葉を送ると、彼は大きくため息を吐く。


「メアリーは悔しくないのか? 折角の勇者パーティ再結成のチャンスを潰されたんだぞ」

「悔しいわ。けれど負けたのだから仕方ないわよ。他の方法で師匠の信頼を取り戻さないと」

「どうやって取り戻すつもりだよ」

「私に考えがあるの」


 メアリーはどうすればニコラの役に立てるのかを考え、彼女なりの結論にたどり着いていた。


「師匠は弟子を優勝させたいはず。ならオロチの情報を伝えればいいのよ」

「情報とはいうが、俺たちはオロチについて何も知らないんだぜ」

「いいえ。知っているわ。オロチは東側の魔法を使うけど、その特性は世間に広まっていないわ。けれど私はサイゼ王国一の魔法使いとまで称された女よ。東側の魔法についての特性も把握しているわ」

「おおっ!」

「だから私は師匠に情報を伝えに行く。ジェイも一緒に来るわよね」

「いいや、俺は行かない」


 ジェイは首を横に振る。予想外の返答に、メアリーは戸惑いを見せる。


「なぜ? 仲良くなれるかもしれないのよ」

「こう見えても俺は元勇者だ。プライドもある。無様な負けっぷりを見せた後に会うのは、やはり気が引ける。だから俺の代わりにこれを渡しておいてくれ」


 ジェイは懐から革袋を取り出し、それをメアリーに手渡す。受け取った彼女は不審げに、革袋を見つめる。


「なにこれ?」

「人からの貰い物でな、魔力と闘気を爆発的に増大させ、全身に負った傷を瞬時に治療する薬だそうだ。ただし副作用として一分後に闘気量が極端に低下するらしいがな」

「……その人は信頼できるの? いいえ、それよりも毒の心配はないの?」

「薬師に調べて貰ったが、聞いたとおりの効能だそうだ。上手く使えばニコラの役に立つこともできるだろう」

「分かった。師匠に渡しておくわ」


 メアリーはジェイを置いて、その場を後にしようとする。その背中を名残惜しそうにジェイが見つめる。何かを伝えようと口を開いては閉じを繰り返し、意を決したのか、彼はメアリーを呼び止める。


「あ、あのよ」

「どうかしたの?」

「……俺が謝っていたとニコラに伝えておいてくれないか」

「…………」

「ほ、本当に後悔しているんだ。許して貰えるとは思わないが、気持ちだけは伝えておきたくてな」

「必ず伝えるわ。約束する」


 メアリーは笑みを浮かべると、ニコラの元へと向かった。その背中を見つめるジェイの表情から失意の色は消えていた。

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