第三章 ~『元勇者の闘い』~
ケルンとの戦いから数日後、ニコラたちは宿屋で決勝に向けての準備を進めていた。部屋の中には選手の資料が散らかっている。
「いよいよだな」
「ですね」
ニコラとアリスはこれから始まる元勇者ジェイの戦いを水晶で観戦していた。ジェイに勝ち上がった欲しいニコラは当然だとして、この試合の勝者が決勝の相手になるため、アリスにとっても重要な瞬間である。
「間違いなくジェイが勝つだろうが、この試合で奴の弱点が分かるかもしれない」
「元勇者様の弱点ですか……」
「ケルンのときのように、人は弱点を突かれると脆くなる。ジェイと正攻法で闘うのはあまりに無謀だ。策を弄さないとな」
ニコラは水晶の映像を食い入るように見つめる。リングにはジェイと対戦相手の姿がある。鎧で武装する金髪のジェイと、腰から刀を提げる黒髪の剣士。対照的な二人が互いに睨みあっている。
「対戦相手はオロチさんという剣士で、東側の国を旅していたそうですよ」
「オロチ……どこかで聞いたことがある名前だ。顔を見れば思い出せると思うのだが……」
ニコラは水晶に映るオロチを見つめる。オロチは顔を鬼の仮面で隠していた。しかし体から滲み出る闘気や雰囲気が、男がただものではないと告げていた。
「そういやオロチは耳が尖っていないな。ジェイもそうだが、人間がどうやってエルフ領の市民権を得たのだろうな」
「元勇者様は分かりませんが、オロチさんはケルンさんの師匠だそうですから、その繋がりで市民権を手に入れたのだと思います」
「ケルンの師匠か……相手がジェイでなければ、決勝の相手はこいつだったかもな」
ニコラの言葉に応えるように、水晶の中のジェイは不敵な笑みを浮かべると、全身から闘気を放った。ニコラが知る頃のジェイと比べると遥かに弱々しい闘気だった。
「あいつも弱くなったものだ。贔屓目に見ても冒険者ランクAの下位だな」
「それでも私よりは強いですよね?」
「間違いなくな。闘気量こそ弱体化したが、戦闘のセンスはいまでも衰えていないだろうからな」
闘気量は確かに強さの要因だが、闘気だけで強さのすべてが決まるわけではない。ジェイは魔人たちとの戦いで得た経験を持っている。どんな相手にも対応できる柔軟性が彼の強みであった。
「始まるぞ」
ジェイは剣を抜いて駆ける。脚に闘気を集中し爆発的な脚力を生み出した動きは、目にも止まらぬ速さであり、並みの闘技者では目で追うこともできない。
ジェイの機先を制する一撃で勝負が決まる。誰もがそう思った。だがジェイの放った一撃は、まるですり抜けたかのように空振りで終わる。そして次の瞬間、ジェイは膝を付いて倒れこんでいた。
「な、何が起こったのですか?」
「躱したんだ」
「ですがオロチさんに避けるような動きはありませんでしたよ」
「魔法で避けたんだ。そしてかわしざまに一撃叩き込んだ」
ニコラはオロチが何をしたのか、すべて目にしていた。彼は身体を実体のない霧のようなものに変化させ、ジェイの攻撃をかわしたのである。
「身体を霧に変える魔法。それは私が手に入れた魔道書の――」
「間違いなく同じ種類の魔法だ」
ニコラは戦いの様子を息を呑んで見つめる。これは決勝の相手が変わるかもしれないと考えるようになっていた。
「元勇者様は立つでしょうか?」
「立つさ。奴はそういう男だ」
ニコラの予言どおり、ジェイは立ち上がり、再び剣を構えるが、全身を覆う闘気が乱れており、かなりのダメージを負っていることが伺われた。
「奴は粘り強い男だ。こんな簡単に負け――」
ニコラがそう口にした瞬間、ジェイは胸元から血を噴出して倒れた。血の池に染まっていく彼の姿は、敗北者そのものであった。
「せ、先生、いったい何が起きたのですか?」
「斬ったんだ」
「でもオロチさんは動いていませんよ」
「魔法の刀とでもいえばいいのか。魔力の刃がジェイの身体を切り裂いた」
「ま、魔力の刃……」
「厄介だぞ。魔力の刃はジェイの闘気の鎧を斬ることができた。魔力の刃だけでそんな威力を生み出すことは不可能だ。つまり奴は不可視の剣に闘気を宿せるということだ」
「そんな相手にどのようにして勝てば……」
アリスは不安げな表情を見せる。勝つと予想していた元勇者が敗れたことが、その不安を増長させていた。
「復讐は別の機会に延期になったが仕方ない。オロチを倒すための策を考えるぞ」
「はい、先生!」
ニコラたちは決勝の準備を進める。彼の頭の中は復讐よりも弟子を勝たせることで一杯になっていた。
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