第三章 ~『ケルンと妹と闘い』~


 第一試合終了から一週間が経過し、ニコラは魔方陣を使い、一足先に闘技場に姿を現した。まだケルンの姿はなく、サテラだけが一人リングの上へ待機していた。


「随分と早いわね」

「姉さんこそ」

「あなたの宿敵は一回戦を突破したわよ」

「だろうな」


 元勇者であるジェイが一回戦を勝ち上がってくることは、ニコラも予想していたことであった。というより敗北されると、折角の復讐の機会が損なわれるため、彼としては勝ち上がることを切望していた。


「今日もジェイは現れないんだよな?」

「ええ。今日はアリス様とケルン様の戦いだけだもの」

「なら奴に会うのは決勝だな」

「そのためには、アリス様が勝利しないとね」

「それなら問題ないさ。必勝の策があるからな」

「必勝の策? 詳しく教えなさいよ」

「それはお楽しみさ。まぁ、見ていろよ。驚かせてやるから」


 ニコラはそう言い残すと、闘技場を後にする。入れ替わるように、アリスとケルンが闘技場に現れる。


 アリスは師匠であるニコラがいないことに不安げな表情を浮かべ、ケルンはニコラがどこにいるか探るような視線を周囲に巡らせていた。


「では第二回戦、ハイエルフとダークエルフの頂上決戦を開始します。準備はいいですか?」

「はい。私はいつでも」

「私も問題ない」


 サテラは両者が戦いの開始に同意したことを確認すると、リングを降りる。二人は戦闘態勢を取り、互いの動向を伺う。


「随分と強くなったな」

「努力しましたから」


 ケルンはアリスの放つ闘気を見て、乾いた笑みを浮かべる。彼の知るアリスはいつも弱々しい雰囲気で、とても戦いなどできる性格ではなかった。それがいまや、冒険者ならCランク相当の闘気を放ち、彼の前に立ちはだかっているのだ。


「人は変われるのだな」

「はい。先生がいましたから」

「だがそれでも私のほうが遥かに強い。闘気量だけでも二倍近い差がある。降参する気はないか?」

「ありません。それに私は五倍近い闘気を持つ人を倒したことがありますから」

「そうか。なら容赦はしない」


 ケルンは放つ闘気を増大させる。リングを飲み込むような闘気を纏い、一歩前へ踏み出した。その時である。


「お兄ちゃん……」


 か細い声がケルンの耳に入る。その声は慣れ親しんだ音色で、背後から微かに聞こえてきた。普段の彼なら戦いの最中に背後を振り向くなど絶対にしない。だが長年探してきた妹の顔が脳裏によぎり、振り向くのを我慢することができなかった。


「まさか……俺に会いにきてくれたのか……」


 ケルンが背後を振り向くと、ダークエルフの少女、イーリスが立っていた。ケルンの面影がある顔立ちは、彼が脳裏に描く妹の姿そのものだった。


「俺だ、ケルンだ! 覚えているだろう!」


 縋るようにケルンはイーリスへ一歩一歩近づいていく。その足並みは感動を踏みしめるようにゆっくりとしたものだった。彼の瞳には涙さえ浮かんでいた。


「すみません、ケルンさん!」


 妹との再会に感動の涙を流すケルンの背中に、アリスの拳が突き刺ささる。その一撃は威力こそないが、ケルンの闘気の鎧を外すことに成功する。身を守る闘気がなくなった背中に、アリスは追撃の蹴りを捻じ込んだ。


 生身で攻撃を受けたケルンは衝撃で吹き飛び、口元から血を流す。ダメージを受けた彼は、虚ろな視線をイーリスへと向ける。その視線に応えるように、彼女はリングへと近づき、ケルンと顔を合わせる。


「やっと会えた。ようやく会えた! 俺がどれだけ求め続けたか!」

「…………」

「ははははっ、国王の地位など、もうどうでもいい。復讐もただお前を探すためだけの方便だ。俺はただ、お前にさえ再会できればそれで良かったんだ」

「すまんな」


 イーリスが頭を下げると淡い光に包まれて、その姿を変えていく。体格すらも変化し、光から姿を現したのは、アリスの師匠であるニコラだった。


「え……」

「魔法であんたの顔に似たダークエルフに変身していたのさ。ばれないか不安だったが、上手くいって良かった」

「な、なら、妹は、妹はいないのか……」


 ケルンはポロポロと涙を流し、リングを濡らす。ニコラはそんな様子を見ていられず、ケルンの耳元に口を近づけ、誰にも聞こえない声で囁いた。


「あんたの妹は国王の護衛としてエルフ領にいる。ただ正体があんたの妹だとバレると命を狙われるかもしれない。ここは俺に騙されたと悔しがっておけ」


 ニコラの言葉に従い、ケルンは騙されたと、妹はすでに死んでいたと、悔しさの叫び声をあげる。力を使い果たすまで叫んだ彼は、意識を失い、瞼をゆっくりと閉じた。彼の頬には流れた涙の跡がくっきりと刻まれ、口元には笑みが浮かんでいた。

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