第三章 ~『弓使いのアレク』~
弓使いのアレクと戦うためアリスは魔方陣で別の場所へと送られる。到着した場所はアリスの身長の数倍の高さがある木々が生い茂る森の中だった。日光が葉に当たり、地面に揺らめくような影が描かれていた。
「このステージもアレクさんの指定でしたね」
決闘ルールの決定権はランキング上位者にある。この特典があるが故に、少しでも勝負を有利に進めるため、決勝トーナメントに出場できる最低ランクの八位で満足せずに、より上位のランクを目指す意義が生まれる。特に追加できる決闘ルールの中でも戦う場所の指定は、戦いの戦略を事前に練られることからも、勝敗を左右する大きな要因になる。
「これほど視界が悪いと、遠距離から攻撃できるアレクさんを発見するのは難しいですね」
弓使いは自分の居場所を隠しながら闘う。もしこれが開けた荒野なら、すぐにアレクの居場所を察知できただろう。
「まずは探しますか」
アリスはアレクの姿を求めて森の中を散策する。葉が影になり、暑さを感じないおかげで、体力の消耗は最低限に抑えられていた。
「見つかりませんねぇ」
アリスは探し回ってもアレクの姿を見つけられないことに落胆していた。だがその落胆は彼女に矢が飛んできたことですぐに吹き飛んだ。アリスは奇跡的な反射神経で躱し、矢が放たれた方角に視線を向けた。
「あちらですね」
アリスは全身で闘気の鎧を作り、その場を駆け出した。向かってくるアリスを迎撃する矢が何本も飛んでくるが、それらすべてを彼女は闘気ではじき返した。傷一つすらついていない。
「見つけました」
森を進んだ先にある大木に、アレクの姿があった。ハイエルフのアレクは身体を隠すために、肌を緑の塗料で塗っていた。
「あんた、本当に姫様か?」
「そうですよ」
「短い間に随分と闘気量を増やしたな。どんな手品だ?」
「努力です」
「……教えたくないならいいさ。それにしても困ったな。まさか俺の矢が刺さらないほどの闘気とはな」
アレクは大木から飛び降りると、弓を捨てて両手を挙げた。
「降参ですか?」
「分かるだろ……それくらい……」
降参を口にしないアレクに、アリスは疑いの目を向ける。彼の仕草や闘気から怪しい箇所がないかを確認する。
「アレクさん、随分と闘気量が少ないのですね」
「降参の意思の表れさ」
「本気の闘気を出してみてください」
「……どうしてだ?」
「ハイエルフの傭兵部隊では分身魔法を習うそうですね。そして分身は本体の十分の一以下の闘気しか出せません」
「俺を分身だと疑っているわけだ。それは――大正解だよ」
アレクの分身体が全身に闘気を込めて走り出す。弱々しい闘気は以前のアリス以下である。彼女は向かってくる敵を倒すために、反撃の拳を振るう。拳は闘気を貫いてアレクを吹き飛ばす。彼は地面を転がると、魔力の光になって消えた。
「本物のアレクさんはどこに――」
アリスがアレクの分身を倒したことに気を緩めた時、彼女を殺すための一撃が矢となって放たれた。彼女は直撃だけは避けようと身体を捻る。矢はアリスの闘気を貫き、身体をかすめて傷跡を残した。
「あ、あれ……」
アリスは突然倒れこむ。意識が朦朧とする中で人が近づいてくる気配を感じた。
「予想以上に手こずったな」
「あ、あなたは……」
「本体さ。なんなら証拠を見せてやるよ」
アレクは全身から闘気を放つ。冒険者ならCランク相当のアリスに匹敵する闘気量だった。
「まさか奥の手を使うことになるとはな」
「い、今のが奥の手ですか?」
「そうさ。人は攻撃する瞬間、必ず闘気を攻めに利用するからな。その分、防御に割く闘気量が減る。そこを俺の矢で貫くのさ」
「……あ、あなた……」
「おっと、麻痺薬が回ってきたな。そろそろ意識を失う。目を覚ましたら敗北しているから楽しみにしていろ」
アレクは勝利の美酒に酔いしれるように高らかに笑う。だが笑っているのは彼だけでなかった。地面に伏せているアリスも口角を吊り上げていた。彼女はアレクの意識が自分から遠ざかり油断しているのを確認する。
「油断大敵です!」
アリスは立ち上がると、油断しているアレクの顔に拳を叩き込む。人は油断していると闘気の鎧が薄くなる。麻痺で無力化していると思っていたアリスの奇襲攻撃を受けたアレクは、背後の大木へと吹き飛ばされた。
「ば、馬鹿な……なぜ動ける……」
「あなたは麻痺毒を多用しすぎです。なら対策を立てるのも容易です」
アリスはニコラから渡された革袋を取り出し、中にある解毒薬をアレクに見せる。アリスは矢がかすった瞬間に、解毒剤を服用していたのだ。
「身体の自由が効かないと思い込んだあなたは油断して私に近づいてきました。そんなあなたに不意打ちをしかけるのは容易でしたよ」
「ひ、卑怯者……」
「麻痺毒を使うような人に言われたくありませんよ」
アレクは受けたダメージが大きいのか気を失う。アリスは勝利の喜びを噛みしめるように、拳を握りしめた。
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