第三章 ~『再び無職になる男』~
サテラを倒し孤島から帰ったアリスは、サテラの話していたダークエルフの革命や国王戦に関して、姫としての人脈や、シャノア学園での人望をフルに活用することで調査し、エルフ領の現状を把握した。
「アリスの父親は無事だったのか?」
「念話の魔法が繋がらないので無事な確証はありません。ただ王族は保護されたという話を聞いたので、無事でいるとは思います」
「より詳しい話を聞いてみるか?」
「何か心当たりがあるのですか?」
「アリスも知っているだろ。国王戦について知っていた奴がいることを」
「学園長ですね!」
ニコラたちはエルフ領に関するさらなる情報を得るために、シャノア学園の学園長室を訪れた。教室ほどの広さがある室内に、国中から集めた品のある調度品。そんな部屋の窓際の椅子にサテラは腰かけ、背中に後光を浴びながら腕を組んでいた。傍には控えるようにイーリスの姿もあるが、彼女は悲しげに俯いていた。ニコラとアリスはサテラの勧めに従い、傍にあった椅子に腰掛ける。
「私に用事があるのでしょう。予想は付くけど、まずは何から聞きたいの?」
「色々あるが、最初に聞かせてくれ。なぜアリスを攫おうとした?」
「……秘密にしてくれとお願いされていたのだけれど、ここまでくれば本当のことを話しても構わないかもしれないわね」
「誰からお願いされたんだ?」
「アリス様のお父様、つまりはエルフ領の前国王様から頼まれたのよ」
「う、嘘です、お父様が……」
アリスは困惑の表情を浮かべる。その疑問に答えるようにイーリスが一歩前へ出た。
「姫様……国王様が誘拐を命じた話は本当なのです。いえ、正確に申し上げるなら、誘拐犯の襲撃による実戦経験を積んで頂き、姫様を強くすることが目的だったのです」
「実践経験……でもお父様はなぜそんなことを?」
「理由は簡単です。国王様は姫様に次の国王になって頂きたいのです。そのためには姫様が国王戦を勝ち上がる必要がありますが、姫様は実践経験があまりに不足しています」
「オークスさんとの戦いは武道会というイベントの中での戦いでしたし、ガイコツ将軍さんとの戦いは知能のないモンスターとの戦いでした。そういう意味では、圧倒的な強者相手の実践を経験できたのは私の糧になったと思います。けれど……私が国王になんて……」
アリスは次の国王になる覚悟が決まらないのか、悩まし気な表情を浮かべる。突然知らされた真実をアリス自身が消化しきれていなかった。
「……姉さんがアリスを誘拐しようとした理由は分かった。だがそれでも腑に落ちない箇所がいくつかある」
「どこが気になるの?」
「まず一組の生徒たちだ。なぜ彼らにも刺客を差し向けた。アリスを強くするためだけなら、巨人族の男を一組に派遣する理由はないはずだ」
「折角の機会だから、一組の生徒たちにも実戦経験を積んでもらいたかったのよ」
「だが刺客が生徒を殺したらどうする? 取り返しがつかなくなっていたぞ」
「その心配はないわ。今回アリス様を誘拐するために送り込んだ刺客は、みんなシャノア学園の教師だもの」
「え?」
「その証拠に、一組の生徒たちの怪我を治癒魔法で治療しているでしょう。こんな親切な刺客、普通ならいるはずないじゃない」
「で、でも、俺はあんな奴ら見たことないぞ」
「今まで外部研修に行っていた教師たちだもの」
「だとしても、まったく知らないなんてこと……」
「それはあなたが他の教師と交流しないからでしょ。あなたがもっと社交的なら同僚たちから情報を得られていたはずよ。それにあなたを学園に誘ったとき、伝えたわよね。学園には巨人族やドワーフ族の教師もいると。それが彼らよ」
「そういやそんなことを言っていたな」
「ちなみにダンジョンにガイコツ将軍を生み出したのも私よ。きっとニコラのことだからダンジョンを利用すると思って用意しておいたの」
「それなら察しがついていたよ。姉さんにダンジョンでばったり会った時、動揺してか俺のことをニコラくんと呼んでいたからな」
「ニコラくん? なにそれ?」
「ダンジョンで会った時に口を滑らせただろ」
「私が? 私はニコラに会ってなんかないわよ」
「……よっぽど俺に見つかったことが悔しかったみたいだな」
サテラは秘密裏に事を運んでいた。そのため暗躍の最中にニコラに姿を見られたのは想定外の事態であり、完璧に物事を運べなかったことを恥と考えたのだろうと、ニコラは納得することにした。
「他に質問はある? ここまでくれば何でも答えるわよ」
「最後の質問だが、なぜ俺に本当のことを話さなかった。事情を聞いていれば、もっと協力できたと思うんだが……」
「事情を説明するかどうかは正直悩んだわ。けれど私はあなたにもより強くなって貰いたかったの。それにアリス様が国王戦を勝ち抜くには、正攻法では無理よ。あなたの卑怯な戦術がないとね。事情を伝えてしまうと、あなたの卑怯に陰りが生まれると思ったの」
心の中で味方だと分かっていながら躊躇ない卑怯戦術を駆使することは難しい。純粋な敵の方が躊躇いをゼロにすることができる。アリスが国王戦を勝ち上がるためには、そういった容赦のない卑怯こそが必要なのだ。
「聞きたいことは終わったわね。ではすべきことは理解できたわね」
「アリスを国王戦で優勝させればいいんだな」
「理解が早くて助かるわ」
「先生、私が本当に勝てるのでしょうか?」
「勝てるさ」
「そうですよ、姫様。姫様なら必ず優勝できます。私も付いていますから」
「え、イーリスも付いてくるの?」
「当然だ。私は姫様の護衛だからな」
「イーリスが一緒なら私も心強いです」
事情を知ったことで、アリスとイーリスの間にあった見えない壁は取り払われていた。再び実の姉妹のように親しい関係性を見せる。
「さて。話はまとまったところで、これをあなたに渡しておくわね」
サテラは一枚の書類に筆を入れてニコラに手渡す。
「なんだ、これ」
「あなたの解雇通知よ」
「は?」
「だからクビよ。勘違いしないでね。これには理由があるの」
「理由?」
「シャノア学園はエルフ領と友好関係にあり、立場上は中立を貫かなければならないの。だからシャノア学園の教師がアリス様に力を貸すことはできない。けれどクビにすれば、あなたとシャノア学園は無関係になる」
「これで存分に暴れられるということか……元々無職希望だったんだ。喜んで解雇通知を受け取るよ」
ニコラは再び無職になる。その顔からはリストラされた悲壮感が微塵も感じられなかった。
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