第三章 ~『老婆と元勇者』~

 元勇者のジェイは追放したニコラを再び仲間とするため、シャノア共和国を訪れていた。だが彼は当初の目的を忘れたように、賭博場に入り浸っていた。


「クソッ、今日も負けだ!」


 勇者時代に溜めた財産を博打で失っていく恐怖にさらされながらも、ジェイは賭博を止めることができなかった。あの輝かしい時代の興奮をギャンブルが思い出させてくれるからだ。


「ニコラ~俺の親友はどこにいるんだよ~」

「誰か探しているのか、兄ちゃん」

「うるせぇ、ほっとけ」


 ジェイは酒瓶片手に裏路地を歩く。闘気の大半を奪われたとはいえ、彼は元勇者である。治安の悪さをモノともせずに、いつもの野宿場所に戻ってきた。捨てられた簡易ベッドに横たわると、追放したニコラに思いを馳せた。


「思えば酷いことしたな。俺様らしくないが、あいつに謝ってやるか~。だから早く顔見せろよな」

「誰か探しているのですか?」

「うるせ――」


 ジェイは言葉に詰まり、息を吞む。彼の前には黒い外套を羽織った老婆がいた。皺くちゃの腕で杖をつく彼女の外見に一致する人物を彼は噂で知っていた。


「てめぇ、王国の――」

「それを口にすれば私はこの場から去ります」

「――っ」

「私はあなたに助言をするためここにいます」

「助言だと?」

「あなたはニコラを仲間に引き入れたいのですよね?」

「なぜそれを知っている!」

「ふふふっ、なぜでしょうか……」


 ジェイは老婆の様子を観察する。彼の元勇者としての力があれば、即座に首を刎ねることもできるだろう。だが彼は彼女に対して底知れぬ恐れを感じていた。


「私はあなたの願いを叶えたいのです。そして彼をサイゼ王国に連れ帰ってきて欲しい」

「それは俺も望むところだ。だがどうやって連れ戻す。俺はあいつの居場所すら知らないんだぞ」

「では私からの助言です。エルフ領へと向かい、国王戦に参加しなさい」

「国王戦? なんだそれは?」

「市民権を持つ者の中から次のエルフ領の王を決めるための戦いですよ。その戦いにニコラが参加します」

「なるほど。再会さえ果たせば、あとはそれをきっかけに友好関係を築けばいいんだな」

「その通りです」

「ただ俺はエルフ領の市民権なんて持っていないぞ。参加できるのか?」

「我々は裏社会の人間です。市民権の偽造など実に容易い。あなたの身分証明書もすでに用意してあります」

「ありがてぇ」


 ジェイはベッドから立ち上がると、老婆は懐から市民権を証明する書類と、パンパンに詰まった二つの革袋を取り出す。


「市民権の証明書は分かるが、この袋はなんだ?」

「当面の活動資金と、私が作成した秘伝薬です」

「金はありがてぇな。ただ秘伝薬とはなんだ?」

「魔力と闘気を爆発的に増大させ、全身に負った傷を瞬時に治療する薬ですよ。ただし副作用として一分後に闘気量が極端に低下します。もし国王戦でニコラと再会する前にどうしても勝てない相手がいればと活用してください」

「副作用が大きいな。使うなら試合後半だな。ただありがたく頂いておくぜ」


 ジェイは上機嫌に裏路地を後にする。その背中を老婆は口元を歪めて見送った。

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