第三章 ~『ジェシカへの願い』~
エルフ領は魔王領とサイゼ王国、そしてシャノア共和国に囲まれた弱小国家である。そこに住むエルフ族の多くは、果実の採集や狩りで得た獲物を売買し、生計を立てており、目立った産業がない。軍事力もサイゼ王国や魔王領と比較すればあまりに小さく、勇者や魔王のような強大な戦力も保持していない。三大国からすれば吹けば吹き飛ぶ存在。それこそがエルフ領である。
そんなエルフ領でダークエルフによる革命が計画され、その結果ハイエルフの前国王が退任した。その知らせは商人からすれば重大な知らせだ。なぜならエルフ領から輸入される果物や肉は品質が高く、三大国の貴族たちに愛されていたからだ。しかし商人以外の多くの者たちからすれば、一時的に興味を惹いても、時が経てばすぐさま忘れてしまうような話だ。本来ならば。
「ダークエルフの阿呆どもが! クソっ!」
シャノア共和国の将軍が悪態を吐く。円卓に座る残り二人の将軍も同じ気持ちで一杯だった。
「あの……」
「なんだね、ジェシカ」
ここはシャノア共和国軍の駐屯場の一室。暗くて狭い部屋には円卓と椅子しかない。ここは秘密の話をするために作られた防音室であり、部屋の中には三人の将軍と元勇者パーティの一員であるジェシカがいた。
ジェシカはニコラをシャノア共和国に取り込むための活動中に、急遽呼び出しを受けたことに疑念を抱いていた。なにかマズイことでもしてしまったのかと、将軍たちの顔色を伺う。
「質問よろしいですか?」
「なんだね?」
「エルフ領での革命と、私が呼ばれたことは何か関係があるのでしょうか?」
シャノア軍の上層部がエルフ領の前国王退陣に心を砕く理由。真っ先にジェシカが考えたのは、国のトップが変わった混乱で一時的に果実や肉などの物資が入ってこなくなることを将軍たちが心配しているのではというものだ。しかし現在シャノア共和国では戦争をしていないため、物資が不足しても軍が困ることはないし、そもそもそれではジェシカが呼ばれた理由に繋がらない。
「君がここにいることで推測がつかないか?」
「もしかしてニコラが関係しているのですか?」
「その通りだ。我々の調査によると、ニコラはハイエルフの姫を弟子にしているそうだ。その弟子の国で革命が防がれたとはいえ王座が空席になった。君がニコラの立場ならどうする?」
「あっ!」
「当然奪われた国を弟子のために奪い返しにいくだろうな。そして彼の武力があればそれは容易だ」
エルフは闘気と筋量に恵まれない種族だ。圧倒的武力のニコラが城を制圧すれば、誰も奪い返すことはできない。
「一時的にシャノア共和国を去るだけならいい。だがもし移住でもされたら、我が国は抑止力を失うことになる」
「…………」
「さらに最悪の場合、よりマズイことが起きる」
将軍たちは俯きながらため息を漏らす。最悪の場合とは何なのか、ジェシカが疑問に満ちた表情をしていると、その疑問に答えるため将軍の一人が口を開いた。
「我々が最も心配しているのは四つ目の大国が現われることだよ」
「四つ目の?」
「もしニコラがエルフ領の王位を奪い返し、そのまま玉座に座ったとする。その武力が我が国に向けられた場合、いくつかの領地を明け渡し、降伏するしかなくなる」
「まさかニコラがそんなことするとは……」
「本当にそう思うかね?」
「うっ」
ジェシカは言葉に詰まる。ニコラは情に厚い男だが、徹底した合理主義者でもある。弟子のためにシャノア共和国に侵略した方が得だと考えれば行動に移ってもおかしくない。
「やはりいち早く彼と友好関係を結ぶべきだな。ジェシカ、君に期待しているぞ」
将軍たちは最後の希望とばかりにジェシカを見つめる。彼女はただゴクリと息を吞むことしかできなかった。
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