第三章 ~『王位の譲渡』~

 ニコラたちはシャノア共和国を出発し、エルフ領の最大都市エルフリアへとたどり着いた。王族の名を冠したこの都市は水と森の都とも呼ばれており、等間隔に配置された樹木や、憩いの場として設置された噴水が見る者を楽しませた。


「予想より早く着きましたね」

「親切な人に助けられたな」

「姫様の人望のおかげです」


 シャノア学園からエルフ領まで徒歩で半日ほど必要だが、エルフリアまで一瞬で飛べる魔方陣を使えば時間の短縮が可能だ。だがニコラたちがいざ魔方陣を使おうとすると、エルフリアへの魔方陣前に長蛇の列ができており、並んでいるだけで半日が経過しそうであった。そんな困っていたニコラたちの前に、シャノアの軍人が現われ、エルフの姫であることを理由に、軍事用の特別魔法陣を提供してくれた。もちろんこれはシャノア共和国のニコラに対する懐柔策の一つであった。


「姫様、シャノア共和国は本当に良い国ですね」

「私がエルフ領の次に好きな国です」

「好意を無駄にしないためにも目的を果たさないとな」


 ニコラたちはまずアリスの家族を捜し出すためにエルフの王城へと向かう。見る者を虜にするような美しい白亜の王城は、強固な城門と警護のダークエルフたちによって封鎖されており、中へ入ることはできなかった。


「困りましたね」

「だな」


 城の前で途方に暮れるニコラたち。どうすればいいのか悩んでいると、見知った人影が近づいてきた。ボディラインを強調するようなシングレットとピンク色の仮面は、アリスの記憶にはっきりと刻まれていた。武道イベントで知り合ったリーゼである。


「あら、あなたもしかして」

「お久しぶりですね、リーゼさん。どうしてこちらに?」

「私の師匠が国王戦に出場するから、その応援よ。あなたは……って聞くまでもないわね。あなたはハイエルフの姫なのよね。きっと家族を探しているのでしょう」

「実はそうなのです。ですが城の中に入れなくて」

「付いてきなさい。居場所なら私が知っているから」


 リーゼは城の傍にある自然公園へと案内する。緑豊かな公園の中央には澄み切った池があり、その上に質素な四阿が建てられていた。護衛のハイエルフたちに囲まれながら、四阿の椅子に座って風景を眺めているのは、エルフ領の元国王であるアリスの父親だった。金色の髪と優しい顔つきは、アリスの面影を感じさせた。


「アリス! アリスなのか!」

「お父様、よくぞご無事で!」


 アリスと元国王は抱きしめあい、互いの無事を喜ぶ。


「どうして今まで連絡をしてくれなかったのですか?」

「アリスは優しい子じゃ。儂が王座を捨てたと聞けば、何を置いてもエルフ領へ駆けつけるじゃろ。アリスが国王戦を勝ち上がるためには、儂に構っておる時間なんぞあるまい」

「……でも私はお父様のことを心配したんですよ」

「すまんのぉ」

「それにどうしてお父様はこうもあっさりと王座を捨てられたのですか?」


 アリスはいくら革命を止めるためとはいえ、あまりに事が上手く進みすぎていると思っていた。まるで自身から王座を捨てたかのような早さでの決着がどうしても不可解だったのだ。


「儂はな、エルフ同志で争うことが何よりも嫌いなのじゃ。そんなことになるくらいなら、王座を譲る方が何倍もマシじゃ。それにまだダークエルフが次の国王となると決まったわけでもないしのぉ」

「国王戦のことですね。でもどうして今まで私に秘密にしていたのですか?」

「儂は親としてアリスには平凡でも幸せな人生を送って欲しかったのじゃ。故に本心では国王戦になど参加して欲しくはないのじゃよ」

「お父様……」

「しかしのぉ、そんな甘いことも言っていられなくなったのじゃ。ダークエルフの長、ケルンはダークエルフ至上主義を取っておる。このままではハイエルフたちが差別されて暮らす国になってしまう」

「だから私を次の王にすると?」

「そうじゃ。そのために儂は旧友のシャノア学園のサテラ殿にアリスを鍛えるよう頼んだのじゃ。お主の活躍は聞いておるぞ。なんでも自分より何倍も強い相手を倒したそうじゃのぉ」

「で、でも、私が優勝なんて……それにお父様を守らないと」

「あの憶病者だったアリスが儂を守るか。本当に強くなったようじゃのぉ。だが不要じゃよ。儂には優秀な警護の兵がおるからのぉ」

「で、でも……」


 アリスは警護のハイエルフたちに視線を巡らせる。皆、精強な兵士たちだが、アリスの見知った顔は一人もいない。彼女の表情から不安は消えなかった。


「姫様、私も国王様の護衛に残りますよ」

「イーリス、いいの?」

「私は国王様を守り切れるだけの力はあると自負しておりますし、ダークエルフである私なら刺客が来ても話し合いに応じるかもしれませんしね」


 アリスの護衛であるイーリスは、本心では離れたくない気持ちが強かった。だが彼女はアリスの不安な表情に耐えられなかった。それに隣に立つニコラの存在も大きい。彼の前では自分は足手まといにしかならないと、イーリスは自覚していた。


「姫様、頑張って優勝してください」

「う、うん……」

「まだ国王戦に参加する意思が固まっておらんようじゃのぉ」

「私などより相応しい人は多いと思いますから……」

「なら街を見てみるのじゃ」

「街を?」

「アリスが守りたいと思う人々の顔を見れば、その決心は強くなるはずじゃ」


 アリスは国王戦に勝利したいという強い思いを抱けないためか、国王の期待に曖昧な表情を浮かべる。それでも彼の視線から期待の色が褪せることはなかった。

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