第二章 ~『死んだふりとマウントポジション』~


「よくも俺の弟子を泣かせてくれたな」


 部屋の中に入るとすぐに、ニコラは状況を把握した。敵は一人。禍々しい闘気を放つ男だ。イーリスは俯いて黙り込んでいるため、敵か味方か判断が難しいが、この状況でアリスを助けないのだから敵の可能性が高いだろうと判断した。


 部屋の中で利用できそうなモノは二つ。一つは魔法照明だ。暗闇を作り出せば、相手の隙を突くことができる。そしてもう一つは、二つ並んだベッドだ。障害物を上手く利用すれば、相手を押し倒すことが簡単にできる。上手く状況をコントロールすれば、ニコラの有利な展開に移すことも可能だ。


「お前がエルフの姫の師だな」

「そうだ」

「強いな。もしかすると私と同じレベルかもしれん」

「馬鹿を言え。俺の方が、お前の何百倍も強い」


 事実ニコラは相手の闘気を見ても、弱者の中ではマシ程度にしか思っていなかった。しかし人は最後まで奥の手を隠すもの。万全を期すために、今回も策を講じることに決めた。


「まずは削るか……」

「私とまともに打ち合うかっ」


 ニコラが両腕を前にして構えると、長髪の男は身体を少し前傾させた状態で手を刀のような形にして構える。


「貫手が得意なのか?」

「私の右に出る者を知らぬ程度にはな」

「それにカウンターの構えか。ならこうするまでだな」


 部屋の隅にある食器棚を開け、中から皿を数枚取り出すと、ニコラは長髪の男に放り投げた。


「卑劣なっ」


 もちろん皿が命中しても闘気で守られている身体に痛みはない。だが人間は反射的に飛んできたモノに反応してしまうようにできている。長髪の男は飛んできた皿を受け流していく。


 ニコラは頭をガードしながら、皿の投擲に紛れるように接近する。常人なら皿を顔にぶつけられながら反撃などできない。だが長髪の男は皿をぶつけられても気にせずに、貫手をニコラの腹部に向けて放った。闘気は手に集められており、何とかガードするも吹き飛ばされてしまう。


「こ、こんなにも強いのか……」


 ニコラは口から血を流して、額から冷たい汗を流す。その様子を見た長髪の男は、口元に笑みを零した。


「その苦痛に歪む表情と、口元から流れる血、そして不安定な闘気を見るに、どうやら内臓を潰せたらしいな」

「…………」

「常人なら内臓だけでは済まない。貫手が体を貫通し、命を奪っていた。瞬時に腹部へと闘気を集めたことが幸いしたな」

「ま、まだ、俺は……」

「よせ。今のお前が戦えない状態であることは、誰よりもお前自身が理解しているはずだ」


 誰の目から見ても戦えない、そんな状態となったニコラから興味をなくした長髪の男は、彼から視線を外し、アリスへと近づく。


「さぁ、頼みの綱の師もいなくなった。大人しく付いて――」


 長髪の男が言葉を中断する。それは突然襲ってきた背後からの圧力に対応するためであった。


「な、なんだとっ」


 ニコラは長髪の男に背後から組み付き、ベッドの段差を利用して押し倒す。馬乗りになるニコラを呆然と見つめる長髪の男は、心中をなぜという疑問で一杯にしていた。


「なぜ、あの傷で動けるのだ?」

「簡単な話だ。演技をしていただけだ」

「嘘を吐け。演技であの表情ができるモノか」

「それは簡単さ。魔法を使ったからな」

「変身魔法かっ!」


 ニコラは変身魔法が使える。それは本来、他人に化けることで敵の不意を突くためのモノだ。


「他人に化けられるんだ。怪我をした自分に化けるのは容易いさ」

「だが怪我をしなかったのは運が良かったからだ。もし私の一撃が内臓を潰していたなら、お前は動けなくなっていたはずだ」

「そうはならないさ。なぜなら最初から最後まで、お前は俺に操られていたからな」


 ふっと乾いた笑いを漏らしたニコラは、種明かしを続ける。


「お前の得意技が貫手だと聞いたとき、喉か腹、このどちらかを突く攻撃を仕掛けてくると考えた。だがそれがいつなのかはお前次第だ。だからワザと隙を作ったのさ」


 ニコラにとって長髪の男は遙かに格下だが、それでもマシだと思える程度の使い手だとは感じていた。皿を投げて気を散らしても、必ず反撃してくると信じたからこそ、顔のガードを固めて、無防備な腹を晒したのだ。


「まさか……そんな馬鹿なことが……」

「あんたは予想通り貫手を腹に打ち込んでくれた。来る場所が分かっていたのだから、そこに闘気を集めて防御するのは容易だ。俺は自分から後ろへ飛び、変身魔法で怪我をした振りをしたのさ」

「だ、だが、そうだとしても、まだ終わりではない。この態勢からでも私は戦える」

「やってみろよ」


 長髪の男は体を動かそうとするが、ニコラが膝を彼の両腕に乗せているせいで、動かすことができない。両足も届く範囲にニコラがいないため、脱出の糸口としては使えなかった。


「お前は両腕両足を使えないよな。けど俺は両手が使えるんだ」


 ニコラが長髪の男に拳を振り下ろすと、彼の顔に拳がのめり込む。鼻を潰した長髪の男は口から血を吹いて失神した。

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