第二章 ~『裏切りと脅し』~
「誰ですか!」
アリスが暗い部屋の中で叫ぶ。その声に応えるように魔法照明のスイッチが入れられる。彼女がスイッチのある場所を見ると、一人の不気味な男が壁にもたれかかっていた。肩まである長い黒髪、血をより赤くしたような紅い瞳、腕から覗かせる丸太のような腕。そして何よりも特筆すべきは、その闘気の大きさだった。巨人族の男より二回り大きい闘気は、アリスが今まで見たどんな闘気よりも禍々しい。
「先生よりも……いや、そんなことないはず」
ニコラより強いのではないかと、アリスに不安がよぎるも、すぐに平常心を取り戻す。しかし体は心よりも正直で、早鐘を打つ心臓は簡単に収まってくれなかった。
「少ない闘気と筋量で良く考えて戦っている」
「先生の指導のおかげです」
「良い師を持ったのだな」
長髪の男は口元から笑みを零して、言葉を続ける。
「だが私相手では策略でどうこうなるレベルの差ではない。それは理解できるな?」
アリスも直観で勝てないことを悟っていた。だが逃げるわけにはいかない。彼女が敗北すれば、共にいるイーリスにまで被害が及ぶからだ。
「私が何とか時間を稼ぎます。イーリスは逃げてください」
「…………」
「イーリス?」
アリスが問いかけるも、イーリスは逃げる素振りを見せない。震えて動けないのかとも思ったが、彼女が浮かべていたのは恐怖よりも罪悪感から逃げるような表情だった。
「無駄だ。イーリスは逃げない。なぜならそいつは私たちの仲間だからな」
「嘘ですよね。イーリス?」
「申し訳ございません、姫様」
イーリスは目尻に涙を貯めながら俯いた。裏切ったと認めたようなモノだった。
「頼れる仲間もいない上に、実力差も歴然だ。諦めてついてこい」
「私が黙って付いていくとでも?」
「姫様、諦めてください。この人には勝てません」
「残念ね、イーリス。私が先生から教わったことで最も大切だと思っていることは、相手が誰であっても諦めないこと。相手が強いからと逃げるようでは武闘家とは言えません」
「素晴らしい心意気だ。その心意気に応えてやりたいが、無傷で捕らえるように命じられているのだ。こちらも策を弄するぞ」
長髪の男は思考をまとめると、口元に笑みを浮かべて、イーリスを指さす。
「もし抵抗するようなら、イーリスの両腕両足をへし折る」
「……イーリスはあなたたちの仲間ではないのですか?」
「だがお前はまだ友人だと思っているはずだ」
事実だった。アリスはイーリスを犠牲にしてまで自分が助かりたいとは思えなかった。
「……良いでしょう。あなたに付いていきます」
アリスは悔しさを噛みしめながらも、長髪の男に付いていくことに同意する。何もできない自分が情けなく、気づくと涙が頬を伝っていた。
だがそんな悔しさもすぐに吹き飛ぶことになる。肌を刺す禍々しい長髪の男の闘気を押し返すように、慣れ親しんだ闘気が身を包んだからだ。
「待たせたな」
「先生!」
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