第二章 ~『宣言と嘘』~
「いた、いた、本当にいた。嘘だったら、あいつらを殺しに行かないといけないところだった」
巨人族の男はアリスを見つけて、ニヤリと笑う。アリスは震えて動けないイーリスを庇うように立つ。部屋の扉からアリスまでの距離は遠いため、間合いにはまだ入っていない。
「あいつらとは誰ですか?」
「大部屋にいた奴らさ。なんでも学年最強の奴らを集めたエリートたちなんだろ。そしてエルフの姫さん、あんたは学年最弱だと聞いた」
「ええ、そうでしたね」
アリスは口角を釣り上げて笑う。怯えていると思わせるために、ワザと震えて見せる。巨人族の男は完全に油断していた。
「学年最強のオーク族の女、あいつも俺が倒した。あいつだけだ、俺の闘気を見て、震えなかったのは」
「彼女は負けたのですね」
「ああ。なんせ俺の闘気は、あの女の二倍近くある。負けるはずがないだろう」
「へぇ、二倍ですか。それは恐ろしいですね。そんなあなたが私と闘うのですか?」
「闘いにならねぇよ。あんたの闘気と筋量で俺の鋼の肉体は傷つかねえからな」
「そうですか……」
アリスは相手が油断していることに安堵の息を漏らす。これで相手は闘気と筋量が大きいだけの素人と変わらない。
「ひ、姫様、この人には勝てません。おとなしくしましょう」
「イーリスらしくないですね。まだ相手の狙いも聞いていないのです。諦めるのは全力を尽くしてからです」
アリスはイーリスを落ち着かせるために彼女へと抱き着いて頭を軽くなでる。アリスの腕の中でイーリスの震えは次第に止まっていった。
「落ち着いたら、そこで見ていてください……本題に入りましょう。あなたは私に何の用ですか?」
「人質として誘拐しに来たのさ」
「つまり目当てはお金ですか?」
「知らねぇな。目的ならボスに聞いてくれ」
「そのボスとやらはどちらに?」
「大人しく人質になれば分かるさ」
「嫌だと言ったらどうされますか」
「無理矢理捕まえるだけだ。しかし聡明なエルフの姫様なら分かるだろう。学年最強のオーク族の女に勝った俺を学年最弱の姫様が勝てるはずないってことくらいな」
「奇遇ですね。私も学年最強を倒したことがあるのですよ」
そう口にした直後、アリスは部屋を照らしていた魔法照明のスイッチを切る。暗闇が部屋を支配するが、その支配から逃れる者が一人だけいた。
「あなたには見えないでしょうね」
アリスは髪で隠していた片方の目を見開く。直前まで目を閉じていたおかげで、暗闇で蠢く、巨人族の男の姿がはっきりと見えた。アリスはすべての闘気を右足に集め、巨人族の男に接近する。
「頭へのハイキックです!」
アリスがそう叫ぶと、巨人族の男は闘気を頭部に集中する。そうなると必然的に、身体の他の部位の闘気が薄くなる。それは彼女が本当に蹴ろうとしていた、金的に対しても同様である。
「えいっ!」
全闘気を集めた金的蹴りが巨人族の男の睾丸に直撃する。アリスの全闘気を集めた一撃は、巨人族の男の防御を突破した。
「ぐぎゃああああっ」
睾丸を破壊された巨人族の男は雄たけびをあげる。潰された睾丸からは血が溢れ、口元からは苦悶の声が漏れていた。
「頭を蹴ると宣言し、馬鹿正直に頭を蹴る人間なんているはずがないでしょうに」
巨人族の男は悲鳴を漏らしながらも、蚊の泣くような声で「卑怯者」と漏らす。
「あなたは勘違いしています。この戦いは試合でもなければ組手でもない。喧嘩なのですから」
戦場で後ろから撃たれたからと云って、卑怯だ何だと叫ぶのは負け惜しみでしかない。同様に喧嘩に卑怯なんてモノは存在しない。ただ勝つか負けるかだけなのだ。
「学年最弱と聞いていたが、とんだ誤りだな」
男の声が部屋に響く。声の主は巨人族の男ではない。もっと底冷えのする恐ろしい声だった。
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