第二章 ~『姫と恋バナ』~


 九組の生徒たちは旧校舎にある職員や来客が寝泊まりする個人部屋を貸し与えられていた。その中でもアリスとイーリスに与えられたのは、賓客用の特別に広い個室で、樫の木で作られた食器棚や机などの調度品で飾られた豪華な部屋だった。この広い部屋がアリスたちに与えられたのは、アリスがオークスに勝利したことで得られたのだからという理由もあるが、それ以上にイーリスがアリスの護衛として、一緒の部屋で眠ることを譲らなかったからだ。


「良い部屋ですね」


 二つ横並びに置かれた寝台に、アリスとイーリスの姿があった。二人ともまだ眠るつもりはなく、制服姿のままである。


「一緒に眠るのも久しぶりですね」


 城には警護の兵が大勢いるため、アリスとイーリスは部屋を共にしていない。だが子供の頃は二人一緒に寝るのが当然だった。


「子供の頃、イーリスがおねしょして、一緒に怒られたことを思い出しますね」

「それは姫様も同じではないですか。むしろ姫様の方が、おねしょした回数は多かったと記憶しています」


 アリスたちは笑いあうが、イーリスの笑顔にはどこか元気がない。体調でも悪いのかと心配してみるが、彼女は元気だと答える。無理矢理体温を測ってみたが、いつもと変わらない平熱だった。


「何か嫌なことでもあったのですか?」

「いいえ、そういうわけでは」

「心配事があるなら相談してくださいね。私たち家族じゃないですか」


 アリスの言葉にイーリスは頷く。だが悩みの内容を話そうとはしなかった。


「明るい話題に変えましょう。イーリスには好きな人がいますか?」

「どうしたのですか、突然?」

「学生らしい恋愛のお話です。で、いるのですか?」

「いませんよ。私は姫様さえ守れれば、それだけで十分ですから」

「いいえ。きっとあなたも恋を見つけた方が良いと思うのです。そうすれば人生はもっと楽しくなりますよ」


 イーリスは姫の騎士として人生を費やしているが、本音を言えば、もう少し自分の人生の幸せを求めてほしいと、アリスは考えていた。


「姫様は思い人がいるのですか?」

「秘密です♪」


 筋肉や闘気が乏しい自分では女性としての魅力に欠ける。そう考えているアリスにとって、恋とは慕うだけのモノであった。だがイーリスは違う。素晴らしい筋力と闘気の持ち主なのだ。恋人を作って、幸せになって欲しい。


「姫様、なんだか寒くありませんか?」


 イーリスは身体を震わせ、肌を粟立たせる。アリスも気づくと、身体が震えていたが、深呼吸して震えを止める。


「近くで誰かが闘気を放っていますね」


 しかも敵意を含んだ闘気です、とアリスは続ける。


「姫様は平気なのですか?」

「はい。自分より強大な闘気には慣れているので」


 ガイコツ将軍にしろ、学年最強のオークスにしろ、いつだってアリスの敵は自分よりも強敵だった。この程度で震えて動けないようなら、そもそも今までの勝利はなかった。


「この闘気量、私が今まで感じた中でも上位の闘気ですね」

「一番は誰なのですか?」

「もちろん先生です」


 アリスは気当たりの修行も受けているため、強大な闘気が傍にいることに身体を馴染ませるのも得意だった。平常心で何をすべきか考える。


「この部屋に入ってくる前に策を練りましょう」


 アリスは部屋の間取りに目を配り、何か使えるモノがないか思案する。


「この間取りなら、やはり例の策ですかね」

「例の策とはいったい?」

「イーリスは見ていてください。私は必ず勝ちますから」


 敵意を持った闘気は護衛のイーリスと比べモノにならないほど大きい。護衛という役目を奪ってしまうが、彼女を戦わせるわけにはいかない。


 アリスは髪型を変えて、片方の目を髪で隠す。そして髪の下で片目を閉じた。ストライカーである彼女にとって片目を閉じるということは距離感を失うということであり、本来なら致命的であるが、彼女には一つの策があった。


「来ます」


 ドアノブを回す、ガチャリという音がする。ゆっくりと扉が開かれ、闘気を放つ敵の正体が明らかになる。身長二メートルを超える巨人族の男が姿を現した。

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