第二章 ~『勝利の褒美』~

「決闘に勝ったことですし、ご褒美が欲しいです」


 事の発端はその一言から始まった。


「つい最近まで無職だった俺に金を要求するとは恐ろしい奴だな」


 アリスはエルフの王族だ。ニコラから貰わなくとも、遊んで暮らせるほどの金を持っている。


「お金なんて要りませんよ。一緒に街へ遊びに行きましょう」

「それなら構わんが……」


 そんなやりとりがあり、シャノアの繁華街へと訪れていた。だが隣にアリスの姿はない。彼女曰く、デートは待ち合わせのドキドキがあるからこそ楽しさが増すのだそうだ。


「あ~、帰りてぇ」


 シャノアの街の中央に設置された噴水の前で、ニコラは愚痴を漏らす。噴水前は待ち合わせスポットになっているのか、周囲に人を待つ男女で溢れている。人混みと、幸せそうな他人の空気に気分が悪くなってくる。


「それにしても随分とカップルが多いな。デートする時間なんてあるなら筋トレでもした方が有意義だろうに」

「せ、先生! お待たせしました!」


 アリスが声を荒げながら噴水前へと駆けてくる。服装はいつもの制服姿だが、髪型がツーサイドアップに変わっているせいか、普段以上に幼く感じる。


「遅いぞ。師を待たせるとは何事だ」

「すいません。イーリスを撒くのに時間が掛かってしまって」

「あぁ……」


 アリスの警護役であるイーリスは、常に彼女の傍にいようとする。それはニコラとの修行の時でも、休日の外出時でも例外はない。


「その髪型はイーリスを撒くためのものか?」

「どうです? 私の変装術は?」

「気づかない奴がいたら阿呆だ」

「そうですか……結構、自信あったのですが……」

「ちょっと待て。考えてみると、変装なんてしなくても、変身魔法を使えばいいだろう」


 ニコラはアリスに格闘術だけでなく、魔法についても指南しており、その中には変身魔法も含まれていた。


「私、あの魔法があまり好きではないのです。親から貰った姿を変えることに抵抗があって」

「そんなことでは強くなれんぞ」

「もちろん使う必要があるなら使います。ですが遊んでいるときにまで使いたくないです」


 決闘に勝利してから、アリスは自分の意志をはっきり持つようになっていた。初めて出会った時は、暴漢に脅されて涙目になっていたというのに、もう遥か過去のことのようだ。


「では早速行きましょうか」

「目的地は決まっているのか?」

「ええ。先生にも楽しんで貰えると思いますよ」

「俺が楽しめる? 山賊のアジトか?」

「秘密です。まずは目的地へ行くにも時間がありますし、街を散策しましょう」


 アリスに手を引かれ、シャノアの街を散策する。周囲にカップルが多いからか、男女二人で歩いていても浮くことはない。通りに並ぶ商店を楽しみながら、ゆっくりと石畳の道を歩いていく。


「アリスは普段から闘気を抑えているんだな」

「油断させるなら日常からです」


 日常生活で闘気を抑えるのは周囲を油断させるという利点があるが、急な攻撃に対応するのが遅れるという欠点もあった。だがアリスの闘気を発する速度は人並み外れて早く、危機察知能力も高い。彼女なら認識したと同時に戦闘態勢に入ることができるだろう。


「見て見て~、あのカップル」


 すれ違った若い男女がニコラたちを指差す。いったい何だと耳を傾ける。


「男の方は体格が良くて格好良いのに、女の方は細くて残念だね」

「だよね~」

「エルフ族は金持ちが多いと聞くし、それが目的なんじゃないかな」

「ひっど~い」


 二人の笑い声は不快さを残して消えていった。隣を見ると、アリスは悔しそうに唇を噛みしめていた。


「……先生、私、変身魔法を使った方が良いでしょうか?」

「あんまり気にするな。人間、筋肉じゃないって」

「……先生、フォローになっていません」


 アリスは肩を落として、トボトボと歩く。だがすぐに元気を取り戻したのか、顔を上げた。


「アリスは外見の割にメンタルが強いよな」

「慣れですよ、慣れ。こう見えても、子供の頃からモテませんでしたから」


 アリスは遠い目をして、空を見上げる。何かを思い出すように口を開いた。


「物心ついた頃、両親が私のことを可愛い可愛いと褒めるので、私は自分のことを魅力的な女性だと思っていました」

「まぁ、親はそういうかもな」

「そんな私を変えた事件が起きました。『姫様、実はモテない事件』と、私が勝手に呼んでいる悲劇です」

「事件名から話の結末に予想はついたが続けてくれ」

「私には仲の良い男の子がいたんです。ゴブリン族の王子で、身長こそ小さいですが、腕回りが五〇センチもある魅力的な男性でした。私はそんな彼のことが好きで、告白したんです」

「振られたんだな」

「ええ。しかも『私が付き合ってあげるんだから感謝しなさい』と、上から目線で告白して振られたモノですから、それはもう酷く落ち込みました」

「…………」

「しかし私はいつまでも落ち込むような性格ではありません。彼に人を見る目がないのだと思いこみ、すぐに立ち直りました」

「人って信じたくないモノは信じないしな」


 両親の可愛いという言葉と、告白で拒絶された事実。幼いアリスは前者を信じたのだ。


「それから第二の悲劇が発生しました。それは学校の演劇会での話です。姫役を誰がやるかで揉めたのです」

「アリスが姫役をやりたいと立候補したんだな」

「はい。そしてもう一人巨人族の女の子も姫役に立候補しました。自分のことを可愛いと思っていた私は、投票で決めようと言い出しました」

「それで負けたんだな」

「はい。しかも私の票はゼロの上、匿名なのを良いことに、投票用紙に私への誹謗中傷が書かれていたのです」

「何て書いてあったんだ」

「『調子に乗るなよ、ブス姫が』と」

「アリスは顔だけなら良いのになぁ。いきすぎた筋肉信仰は悲劇を生むなぁ」


 それからもアリスの過去話は続いた。周囲の男たちからブス扱いされながら成長した彼女は自分の魅力のなさが耐えられない程に悔しかった。だからこそ自分を変えたいと思った彼女はシャノア学園へ入学したのだという。


「きっと私は一生独身なのでしょうね」

「心配するな。アリスはエルフの姫なんだし、金目当ての男はたくさんいるさ!」


 その後もくだらないことで談笑していると、衣服を扱う店舗が集まるエリアへと足を踏み入れる。店先には色鮮やかな衣服が飾られ、客引きたちが、如何に素晴らしい服を取り扱っているかを通行人に向けて語りかけていた。


「そうだっ! 服を買いましょう」

「服なんて必要ない」

「え~、先生もお洒落しましょうよ」

「不要だ。剣士は甲冑、魔法使いはローブを着るだろ。同様に武道家たる者、胴着さえあれば十分なのだ」

「胴着に固執しなくても良いではないですか……」

「胴着のメリットは色々あるのだ。まずは服を利用した寝技をかける時に、生地が滑りにくいから極めやすくなるのだ。他にも帯を掴むことで、相手の寝技から逃れることもできる」。

「まぁまぁ、モノは試しと言うではないですか。それに先生、いつも胴着姿だから、学園で変人扱いされていますよ」

「通りすがる人にヒソヒソ話をされることが多いと思っていたが、それはまさか!」

「服装が原因です」

「もしかして俺が卑怯者扱いされているのも!」

「服装が原因ですね。間違いありません」


 アリスに強引に手を引かれ、ニコラは目抜き通りの服屋に入る。店内に並べられた衣服は流行を取り入れた洒落たモノばかりだ。


「先生にはこれが似合うと思いますよ」


 羊毛で編まれた上着をアリスが持ってくる。黄茶に色付けされたその服は、街ですれ違った男たちが来ているのを何度も目にした。流行りの服なのだと、アリスは補足する。


「阿呆か。羊毛は滑りやすいのだ。寝技をかける上で最低の服だ」


 そんな服を着るくらいなら、裸の方がマシだと続けると、アリスは残念そうな顔で、服を元の場所に戻した。


「俺の服を探すのはもういい。アリスの服を選べ」

「私の服ですか……」


 アリスは女性用の衣服に目を通していくが、どれもピンと来ないようで首を傾げている。


「気に入った服はあったか?」

「やはり城の職人さんの服と比べると、どうしても見劣りしてしまいますね」

「そりゃそうだ」


 大衆向けの市販品が、エルフの王族が着るオーダーメイドの服と比較されれば当然そうなる。


「先生は私に着てほしい服はありますか?」

「薄着がいいと思うぞ」

「え?」

「アリスは打撃が得意だろ。薄着だと相手に掴まれにくいから有利なんだ」

「…………」

「特に長袖は論外だな。戻しの動作で服を掴まれると、そのまま投げられる可能性すらある。だから可能な限り肌の露出は多い方が良いのだ」

「武に生きる先生でなければ軽蔑しそうな台詞ですが、先生なので納得です」


 アリスは引き続き、女性物の衣服に目を通していく。手持ち無沙汰になったニコラも何か面白いモノがないか店内を物色する。


「おい、アリス。面白いモノが売っているぞ」


 ニコラは腕パットと記された羊毛が詰め込まれた腕巻きを手に取り、アリスに見せると、不快感で表情を曇らせた。


「これを巻くと、腕を太くできるそうだぞ。こんな馬鹿な商品、誰が買うんだよ」

「本当に馬鹿な商品です。そして私にトラウマを植え付けた悪魔でもあります」

「買ったのかよ……」

「筋肉を欲した私は、藁にも縋る思いで、一度その商品を試したことがあるのです。すぐに捨てることになりましたが……」

「どうして捨てたんだ?」

「腕だけが偏って太くなるので、パットを付けていることがすぐに分かるのです。そのことを私は城の舞踏会で知りました」

「あぁ……」

「舞踏会が始まった時は、普段と違う私に周囲の視線も釘付けだと、謎の自信に包まれていました。しかし私が席を外して戻ると、皆が私の腕のこと馬鹿にしていたんです。特に響いたのは『ブスが必死に背伸びしている』でした」

「…………」

「それから私は心に決めました。二度と腕パットは使わないと。そして私がエルフの女王になったなら、法律で腕パットを禁止し、トラウマを断固排除すると」

「お前の人生ってエルフの姫でバラ色のように見えるけど、結構苦労しているよな」


 一通りの服を見終えたニコラは、何も買わない訳にはいかずにアリスに勧められた服を購入する。店の外に出ると日差しは強さを増していた。


「さて、そろそろ目的地へ向かいましょう

「結局、今日の目的はなんだったんだ?」

「行けば分かります」


 アリスは頑なに話そうとしない。仕方ないと、アリスの後ろに付いていく。気づくと商店が並ぶ大通りを抜けようとしていた。


「この先には何もな――」

「先生、目的地が見えてきました!」

「まさか、目的地はあれか……」

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