第一章 ~『修行終わりの朝』~


 アリスが暇を貰うと申し出てから、次にニコラが彼女と再会したのは、武闘会当日の朝だった。彼女はいつもの制服姿でニコラの道場へと訪れた。


「先生、お久しぶりです」

「少しの間で随分と見違えたな」

「そうでしょう、そうでしょう。ここまでたどり着くのに苦労しましたから」


 アリスは以前と比べて、闘気量が二倍近くにまで増加していた。彼女の才能のなさを考えると、座禅で闘気を増やす訓練を積んだのではないことが察せられた。修羅場を潜り抜けてきた険しい雰囲気を含めて考えると、答えは一つだ。


「ダンジョンに潜っていたのか?」

「はい。ガイコツ将軍さんも百体倒しましたよ」


 えっへんと、アリスは胸を張る。事実、彼女の実力でガイコツ将軍に勝てるようになろうと思うと、血の滲むような経験が必要だったはずだ。


「大変だっただろう?」

「はい。最初はガイコツさんたちにボロボロにされてしまいますし、食料がないからモンスターを食べないといけなくて大変で! 知っていますか、ガイコツ将軍さんの骨って茹でると食べられるんですよ」

「そ、そうなのか……」

「大変でした。地獄でした。けれど強くなりました」

「…………」

「先生、私は強くなりました。今なら胸を張ってそう言えます」


 努力は嘘を吐かないし、自信に繋がる。今のアリスは学年最弱とは程遠い、堂々とした闘気を放つようになっていた。


「あと修行中にお友達もできたんです。今度先生にも紹介しますね」

「それは楽しみだ。色々話を聞いてみたいが、武闘会は夕方開始だ。それまでに作戦を練るぞ」

「はい、先生」


 作戦を話し合うため、ニコラは屋敷の資料室へと移動する。数週間放置していたため、部屋の中は埃が舞っていた。


「さてまずは敵情分析からだ。これについては既に俺の方でやっておいた」


 ニコラは資料片手にオークスについての情報を話していく。


「身長と体重は私よりも大きいですね」

「当然筋量もアリスより遥かに上だ。単純な力くらべなら、確実に負ける」


 オーク族は体のほとんどが筋肉でできている。身体能力はあらゆる種族の中でもトップクラスだ。


「身体能力より問題なのは闘気量だ。アリスが強くなったといってもオークスの闘気量は、アリスの約五倍だ」

「これだけ聞くと私が勝てる見込みはゼロですね」

「アリスが勝っているのは、攻撃を避けるセンスと、闘気を集める移動速度、そして格闘術だ」

「…………」

「勝てるな?」

「勝ちます。私は自分より強いガイコツ将軍さんを百体倒した女ですから」

「だな」


 アリスは自信を込めた表情で笑う。釣られるようにニコラも微笑んだ。


「だが油断はするなよ。ガイコツ将軍と違って、オークスは考えて行動する。モンスターのように甘くない」

「はい」

「あとオークスのパンチは一発も貰うなよ。一度でも食らうと敗北は必至だ」

「それほど威力があるのですか?」

「以前試合が行われたときは、会場のリングにクレーターができたそうだ」

「……その情報利用できますね」

「アリスも卑怯者の武道家らしくなってきたな」

「先生に似たからですよ」


 ニコラとアリスはオークスを倒すための策に磨きをかける。描かれた策は強者を倒せるだけの実現性を伴っていた。


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