第一章 ~『奴隷とダークエルフ』~


 アリスの怪我は治癒魔法のおかげもあり、一夜明けた頃には痛みが完全に引いて完治していた。そのためニコラたちはサテラの忠告通り、馴染みの山賊の元を訪れていた。


「ここが山賊さんたちのアジトなんですね……」


 山奥にひっそりと建てられた小さなコテージ。手入れされた建物は人の気配を感じさせた。ニコラはノックもせずに、コテージの扉を開けると、中には髭面の小男がいた。


「おい、いるか!」

「ニコラの兄貴! お久しぶりです!」

「久しぶりだな」

「先生、この人が山賊さんなんですか?」

「元ですがね。ニコラの兄貴にアジトを潰されてからは改心して、山賊業から足を洗っています」

「今は何を?」

「山賊仲間の情報を売って暮らしています。アジトの場所や構成員の情報は騎士の連中や憲兵が欲しがりますからね。暮らしに不自由はしていません」


 むしろ山賊時代よりも儲かっていますと、髭面の小男は笑った。


「早速だが聞きたいことがある。最近派手に悪さをしている奴らと聞いて、心当たりはないか?」

「ありますとも。違法薬物を密売している奴らや、道行く行商人を襲う奴ら。より質が悪い奴は、奴隷商人と山賊を兼業しているタイプですね。なんでも最近はエルフの奴隷を大量に扱っているとか」


 エルフを奴隷にしている。その言葉を聞いたアリスは歯を食いしばって、拳を握りこんだ。体は怒りで小刻みに震えている。


「そいつらどこにいる?」

「その情報なら金貨五枚にな――」

「ほらよ、金貨五枚だ。隠し事なしにすべて話せ」

「分かりました。場所はー―」


 男から聞かされたアジトの場所はここからそう遠くない港だった。仕入れたエルフ奴隷を他国に密売するために、港近くに居を構えているのだそうだ。


 賊の人数は十数人と小規模だが、全員がそれなりの使い手だそうだ。聞いた話から推察するに、ガイコツ兵士より強いが、ガイコツ将軍より弱い連中だということだ。


「世話になったな」


 ニコラはコテージを後にし、エルフを奴隷として売買している賊のアジトへと向かう。たどり着いた港には大型の木造船が並べられていた。碇を下して出向の気配を見せないのは、風が強く、海が荒れているからだ。


「ここだな」


 港の端にある倉庫は、人の気配を感じさせないほどに老朽化しているが、情報が正しければ賊はいるはずである。


「アリス、これから賊どもを狩って経験値稼ぎをするわけだが、二つ伝えておくことがある」

「二つですか?」

「一つは敵を攻撃する時、必ず関節技を使うこと。そしてもう一つは関節技を仕掛けたなら、必ず折ること」

「打撃の方が早いのでは?」

「関節技を使う理由は格上相手の技を磨くためだ」

「格上というと闘気量が私より多いということですか?」

「そうだ。ガイコツ将軍との戦いで相手の攻撃を躱すためには、相手の攻撃手段を減らす必要があると伝えたな。格上相手に打撃で腕を折るのは難しいが、関節技なら折るのは比較的容易だからな」

「分かりました。掴んだら折るを徹底します」


 アリスはエルフを奴隷として売られていると聞いた怒りが収まっていないのか、今にでも倉庫に飛び込もうとしていた。だが逃げられる可能性を考慮し、秘密裏に行動すべく、裏口がないかを探す。


「裏口を見つけたぞ」


 ニコラたちが裏口から倉庫の中へと入ると、人影はなく、ただ酒樽が並べられているだけだ。だが確かに人の気配が感じられた。


「どこかに隠れているのでしょうか?」

「おそらく地下だな」


 奴隷を船まで運ぶのに、人目に付きやすい地上の道を通るのはリスクが高い。ニコラが賊の立場なら、地下から船までへの秘密路を作る。


「地下への道をどのように探しましょうか?」

「賊を虐めるのが趣味の俺には、地下室への道なんて簡単に分かる」


 人は秘密の場所を作るとき、どうしても隠そうという意志が働く。酒樽が密集している場所を集中的に確認していくと、ホコリが溜まっていない場所を見つける。酒樽を退かしてみると、地下への隠し通路が顔を出す。


 通路を進んだ先には、十数人の人相の悪い男たちと、猿轡に手錠と首輪で繋がれたダークエルフたちの姿があった。


「エルフとはダークエルフのことだったのか……」

「関係ありません。ダークエルフでもハイエルフでも、同じく私の臣民なのですから」


 ニコラたちはダークエルフたちを助けるべく、賊の前に姿を現す。ここまで来ればもう逃げられることはない。


「なんだぁ、てめえらは?」


 禿頭の賊がダークエルフの少年の首輪に繋がった鎖を引きながら、道間声で訊ねる。


「アリスはこのハゲを倒せ」

「他の人たちは?」


 アリスの質問に、ニコラは口角を釣り上げて姿を消す。再び姿を現した時には禿頭の賊を残して全員が気絶していた。


「残りはこいつだけだ。集中して闘え」

「はい」


 アリスは両手を前にして構えると、禿頭の賊は彼女の闘気量を見て鼻で笑う。


「おい、あんた」


 禿頭の賊がニコラにちらちらと視線を送りながら訊ねる。


「なんだ?」

「この娘に闘いの経験を積ませるのが目的なんだよな。ならもしも俺が勝ったら見逃してくれないか? その代わり、俺はこの娘を殺さないと約束する」

「……まぁ良いだろう。見逃してやる」

「そうこないとな」


 禿頭の賊は身体を覆う闘気量を増やし、アリスへの威嚇を始める。


「見たところ、俺の闘気量はお前の三倍だ。潔く、降参した方が――」


 禿頭の賊が言い終える前に、アリスは男の間合いに入る。禿頭の賊は闘気で圧倒しているせいか、ダメージが入ることはないと油断している。その油断を突く形で、アリスは男の腕を掴むと、自分の脇に挟み込み、相手の足を払う。男は突然行われた出来事に対応できず、そのまま地面に倒れこんだ。


「腕がああっ、俺の腕がああぁ」


 賊の悲鳴と腕の骨が折れた音が響くと、彼の腕は本来曲がるはずがない方向に曲がっていた。あまりに無残な光景だが、アリスに罪悪感はなかった。それ以上に同胞を救えたという気持ちが強くあったからだ。


「てめぇ、よくもおおぉっ!」


 叫び声をあげる賊を前にして、アリスは脚を振り上げると、彼の股間に振り下ろした。闘気は精神状態に依存する。腕を折られ闘気が乱れている彼に、アリスの全力の闘気を込めた金的蹴りを防ぐ手立てはなかった。


「躊躇しなかったな、えらいぞ」

「私も自分がこれほどまでに容赦なく闘えるとは思いませんでした」

「……まぁ、あまり気にするなよ。賊なんてのは殴って更生させてやらないと、いつまでも悪事を働くんだからな」


 ニコラはダークエルフの少年奴隷から猿轡と首輪、それに腕の手錠を外してやる。だが少年はムスっとした顔で喜びの表情を見せなかった。


「大丈夫ですか? どこも怪我はありませんか?」


 アリスが優しい声で訊ねると、少年は怒りの形相を浮かべた。


「あんた、ハイエルフの姫だよな」

「そうですが……」

「あんたに助けられるくらいなら殺された方がマシだった」

「えっ」


 ダークエルフの少年の言葉に、アリスは唖然とした表情を浮かべる。


「そもそも俺たちダークエルフが奴隷として売られたのは、あんたたちハイエルフに、俺たちの国が奪われたからだ」


 エルフ領はダークエルフとハイエルフが共存する国だが、昔からそうだったわけではない。ハイエルフの王が戦争に勝利し、国を一つにまとめるまでは種族間の争いが尽きなかった。そのためハイエルフによるダークエルフへの差別は根強くあり、耐えきれなくなった者たちは流浪の民になった。奴隷として捕まったダークエルフたちもそんな人たちの一部だという。


「ダークエルフはハイエルフを許さない。いつかダークエルフの長であるケルンさんがハイエルフたちを倒し、エルフ領を奪い返してくれるはずさ」

「そうですか……」

「本当だぞ。なんたってケルンさんには凄腕の師匠が付いているんだ。それにケルンさんの妹は今でこそ行方知らずだけど、十年に一人の天才といわれた才女だったんだ。国を治めるべきは、強い指導者だ。あんたのような力のない王族に資格はない」

「確かに私は王族失格なのかもしれませんね……」


 アリスは悲し気な表情を浮かべて俯く。そんなアリスを見て、ダークエルフの少年はざまぁみろと、口角を釣り上げて笑った。


「おいっ」


 ニコラが少年の頭を軽く殴る。それでも痛みは強かったのか、少年は頭を押さえて怒りの表情を浮かべた。


「な、なにするんだ!」

「お前、助けられないほう良いんだよな? なら俺がこのまま奴隷として売ってやるよ」

「じょ、冗談だろ……」

「俺は冗談が嫌いだ」


 ニコラはそれを証明するように、近くに転がる気絶した賊の男を蹴りつける。男が血を吐いて転がる様を見て、少年はガタガタと歯を震わせた。


「ダークエルフの奴隷はサイゼ王国の変態貴族どもに高く売れるからなぁ」

「ひ、ひぃっ」

「先生もう十分です。私は悲しんでいませんから」

「いいや、こんな恩知らずは酷い目にあわせてやるべきだ。でないと将来、パーティから追放したあとに背後から襲ってくるようなクズに育つからな」


 アリスは気持ちだけで十分だと首を横に振る。ニコラは仕方ないと、一歩後ろへ下がる。


「ダークエルフが奴隷となったのはハイエルフに原因がある。もしかすると、あなたの言うとおりなのかもしれません。だから私はあなたたちを助けてあげます」

「……話を聞いていたのかよ。俺たちはあんたに助けてもらいたくないんだ」

「関係ありません。これはただの自己満足ですから。私はあなたたちが嫌だと言っても、ダークエルフを救ってあげます」

「救うだって! 馬鹿馬鹿しい。あんたの戦いを見ていたが、勝てたのは、相手が油断していたからだ。もし油断していなければ、あんたは負けていた」

「だから強くなります。もっともっと強くなって、私はすべての同胞を救ってみせます」


 アリスは決意を込めた表情でにっこりと笑う。その表情に、ダークエルフの少年は黙りこむしかできなかった。


「先生、修行なのですが、少しお暇を貰えませんか?」

「俺が教えられることは一通り教えたから、別に構わんが、何をする気だ」

「強くなってきます。武闘会が始まる前には戻ってきます」


 アリスはそう言い残して、賊のアジトを後にする。彼女は強くなるためには地獄を見る必要があると考えていた。


「お父様」


 アリスは遠くにいる相手と話すことが可能な魔法、念話により、エルフ領に住む、自分の父親に話しかける。


「ダンジョンをいくつか紹介してください。特にガイコツ将軍さんが出現するダンジョンをお願いします」

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