第一章 ~『洞窟の中の令嬢』~
「ここが最終階層だ」
「思ったよりも簡単でしたね」
「そう思えるのは、アリスが強くなっているからだ。それに最終階層からはアイツがでてくるからな。これからはアリスも油断できないぞ」
「アイツって誰のことですか?」
「ガイコツ隊長というモンスターだ。ガイコツ兵士の三倍の闘気量を持っている」
「三倍ですか……」
「ちなみにだが、来月戦うオークスは、ガイコツ隊長の約十倍だ」
「つまりガイコツ隊長相手に苦戦するようでは、武闘会での勝機はないということですね」
「そういうことだ」
アリスは息を呑み、緊張しながらもダンジョン内部を探索していく。すると今までとは風貌の違うモンスターの姿があった。ガイコツが二足歩行で歩いているのは変わらずだが、頭に王冠を乗せ、背中には赤いマントを羽織っている。
「先生、あれがガイコツ隊長さんですね」
「いや、あいつはガイコツ隊長ではない。しかしなぜあいつがここにいるんだ? 可能性としては進化くらいのものだが」
ニコラが一人呟いていると内容が理解できないのか、アリスは怪訝な表情を浮かべる。
「あいつはガイコツ将軍といって、ガイコツ隊長の上位モンスターだ。そして本来ならDランク以上のダンジョンにしか現れない」
「その理由が進化ですか?」
「ああ。モンスターを倒した時、闘気量が増えただろ。あれはモンスターがモンスターを倒しても適用されるんだ。そしてある一定以上の闘気量を得たモンスターは上位モンスターへと進化する」
「なるほど」
「ただ進化は滅多なことでは起こらない。モンスターを倒して奪える闘気量は僅かだし、周りは同レベルのモンスターばかりで、そいつらに勝ち続けるのは難しいからな」
「今回は奇跡が起きたということですね」
「もしくは誰かが人為的に進化させたかだ」
一匹を除いた他のモンスターを人が弱らせることで、間接的に進化させることは可能だ。
ただそんなことをする理由も思いつかず、ニコラは考えを頭から振り払った。
「私に倒せるでしょうか?」
「闘気量だけなら、アリスの五倍程度だ。それでもオークスと比較すれば、まだまだ弱い」
「つまり武闘会で勝つには――」
「ガイコツ将軍相手に敗北するようでは勝機がないな」
「私、やります。見ていてください」
「ああ。やってこい」
アリスがガイコツ将軍の前に姿を現すと、獲物を前に興奮したのか、身体から放出する闘気量を増加させる。
「凄まじい闘気量ですね」
「アリスが採るべき戦略は分かっているな」
「逃げに徹します」
「そうだ」
闘気は使えば使うほど消費する。自然回復以上の闘気を消費すれば、いずれは枯渇することになる。
相手に闘気を吐き出させて時間を稼ぐ戦術が、アリスの勝つ可能性が最も高い方法だった。というのも五倍もの闘気で体を覆った相手にダメージを与えることは、今のアリスの攻撃では不可能だからだ。
「躱せます、躱せますよ、先生!」
アリスはガイコツ将軍の攻撃を紙一重で躱すと、軽いパンチを放つ。もちろんダメージなどないが、放つ闘気を少なくすればダメージを与えるぞという一種のプレッシャーにはなる。
「ただこのまま躱し続けることは無理だろうがな……」
ガイコツ将軍の闘気量はアリスよりもはるかに多い。それはつまり攻撃の速度も闘気によって加速しているということだ。
アリスは攻撃の初動を読み、事前に体を動かすことで何とか躱すことに成功しているが、相手は両腕両足、すべてから攻撃を行えるのだ。いずれ限界を迎えることは自明だった。
「やはり命中したか」
アリスがガイコツ将軍の拳を食らい、後ろへと吹き飛ばされる。拳を受け止めた腕が変な方向に曲がっていた。
「先生、腕が……」
「完全に折れているな。いや、折れるだけで済んで良かった」
攻撃が命中する寸前に、アリスは腕に闘気を集めてガードした。もしガードしていなければ、腕が吹き飛んでいたに違いない。
「痛みはあるか?」
「痛いのは痛いですが耐えられないほどでは……」
「アドレナリンのおかげだな。緊張がなくなれば、激痛で苦しむことになるぞ」
「そ、それは怖いですね……」
「可哀そうだから先生が助けてやる。治癒魔法を使うから、腕を見せてみろ」
「はい!」
治癒魔法は骨折などを一瞬で治すことができる力だ。ニコラの手から淡い光が広がり、折れた腕が繋がった。
「痛みは消えたか?」
「少し痛みは残っていますが、戦えないほどではありません」
「ならリベンジだ。ガイコツ将軍を倒してこい」
「はいっ!」
アリスは再び、ガイコツ将軍へと接近する。攻撃を躱しながら、何とかガイコツ将軍の動きに合わせていくが、先ほどまでの動きのキレはなかった。
その理由は腕を折られたことによる痛みにあった。闘気は精神状態に応じて安定性が決まる。アリスの身体の動きに闘気の移動速度が追いついていないことが、彼女の動きを鈍らせている理由だった。
「最低限の目的は遂げたし、そろそろ止めるか」
この戦いで最上の結果はアリスがガイコツ将軍に勝利することだった。だが闘気量が五倍違う相手に勝つためには闘気以外の武器がいる。経験の少ないアリスが勝てるほどに現実は甘くないとも思っていた。だから最低限の目的は、アリスが自分より強敵であっても立ち向かえるガッツがあること、そしてダメージを受けても戦いを諦めない意志があることを確認することにあり、その目的は既に達成されていた。
「アリス、下がれ」
「で、でも……」
「いいから下がれ」
「分かりました」
アリスはニコラの言葉に頷くと、ガイコツ将軍から距離を取る。警戒してなのか、それとも闘気の回復を優先してなのか、ガイコツ将軍は追撃してこなかった。
「戦い方を工夫すれば、五倍の闘気量を相手にしても十分勝てると証明してやる」
ニコラは闘気量をガイコツ将軍の五分の一相当、つまりはアリスと同程度にまで力を落とす。ニコラはガイコツ将軍に無遠慮に近づくと、全身の闘気を右足に集中させ、蹴りを放つ。その鋭い蹴りはガイコツ将軍の腕の骨を一撃で粉々にした。
「闘気量が少なくとも、一か所に集中させれば格上相手でも十分に通じる。このようにな」
「はい!」
「付け加えると、アリスのような躱して戦うタイプは、相手の選択肢を減らすことが重要だ。なぜだか分かるか?」
「相手の動きを制限できるからですね」
「そうだ。両腕、両足からの攻撃だと四つの動きを注視する必要がある。だが今のように片腕を破壊すれば、三つの動きを注視すれば良い。そうなれば敵の攻撃を躱すのも容易になる」
実際に手本を見せるため、ガイコツ将軍の攻撃を見切って躱す。動作に余裕があることが、アリスにも分かった。
「そろそろ終わらせるか」
ニコラはガイコツ将軍の攻撃を躱し様に、無造作に拳を放つ。頭蓋骨を粉々に破壊すると、ガイコツ将軍は倒れこんで動かなくなった。
「さすがです、先生」
「この程度で感心されても困る。アリスには来月、ガイコツ将軍以上の相手を倒してもらわないといけないわけだからな」
「が、頑張ります……そういえば先生は治癒魔法を使用されていましが、もしかして魔法も得意なのですか?」
「一応な。冒険者なら使えた方が便利だからな」
ニコラは利用できるモノなら何でも利用するのを信条としており、それは魔法も例外ではない。
「例えばどんな魔法が使えるのですか?」
「目眩しや、変身魔法は使い勝手がいいからよく使う」
ニコラは相手の隙を狙う攻撃を得意としている。目眩ましで相手の視界を奪う戦術や、相手の知人に変身して不意打ちを仕掛る戦術は、彼の得意戦術だった。
「コツさえ掴めば簡単に使えるようになるから、習得しておいた方が得だぞ」
「そんなに便利なのですか?」
「ああ。便――」
ニコラは人の気配を感じて言葉を切り、物陰に隠れる。足音と共に現われた人影の正体はサテラだった。漆黒のドレスを身に包み、ダンジョン内を徘徊している。
「学園長ですね。何をしているのでしょうか?」
「修行でもしていたのかもな」
サテラはニコラほどではないが、武闘家としてかなりの実力者だ。その実力を錆びさせないために、時折修行しているという。その一環なのだろう。
「丁度良い。変身魔法の便利さを見せてやる」
変身魔法を発動すると、ニコラの姿が漆黒のドレスを身に包んだサテラの姿へと変わっていく。身長・体重まで、本人そっくりになっていた。
「学園長と区別がつきませんね」
「闘気量は変わらないし、力も元々の肉体の性能を引き継ぐから、本当に姿を変えるしか役に立たないのだけどな」
「先生は姿を変えて何をするつもりなのですか?」
「ちょっと姉さんを驚かせてやろうと思ってな」
口元に笑みを浮かべながら、ニコラはサテラの前に姿を現す。彼女はニコラの顔を見ると、鬼の形相を浮かべて、「……なぜここに。いるはずがないのに」と、ボソリと呟いた。
「姉さん、俺だよ」
「……あなたね。あまり驚かさないで」
変身魔法を解除すると、サテラは安心したような表情を浮かべる。
「俺がここにいるのがそんなに不思議だったのか?」
「え、ええ。ニコラくんはこのダンジョンをすでに攻略し終えているし、訪れる理由が特にないでしょう」
「ニコラくん?」
「つ、つい、子供の頃の呼び方をしてしまったわね。それよりもどうしてここに?」
「今日は俺の修行ではなく、弟子の修行だ」
「お久しぶりです」
「アリス様」
アリスが物陰から姿を現したことに、サテラは驚きの表情を浮かべる。
「姉さんには話していなかったが、実は――」
ニコラはアリスを弟子にしたことや、来月オークスと戦うこと、そして二カ月間、一緒に修行していたことを説明する。
「格闘術の基礎と、モンスターを倒すことは覚えたのね。けれどここからが大変ね」
「覚えた技を人に使えるかどうかだな」
モンスターを殴れても、人相手だと殴れなくなる者は多い。
「人を殴るなら殴りたいと思える相手が良いわよね」
「そりゃな」
「ならあなたの馴染みの山賊に、最近派手に悪さをしている奴らがいないか聞いてみなさい。本当は私の獲物だったけれど、あなたに譲ってあげるわ」
サテラはそう言い残すと、ダンジョンを後にした。ニコラは釈然としない表情で彼女を見送った。
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