第一章 ~『第二段階の修行』~
アリスとの修行を開始し、二カ月が経過した。格闘術の基本を一通り習得したアリスは、微かだが自信が表情に滲むようになっていた。
「そろそろ修行を第二段階に移すか……」
「第二段階ですか?」
「アリスは格闘術を学んでいるが、それはあくまで練習でだ。実際にその技を人に向けるとなると勝手が異なる。そこで実戦経験を積んでもらう」
「私に人が殴れるのでしょうか?」
アリスは以前山賊たちを殴れなかったことを思い出し、不安げに訊ねる。
「最初は難しいだろう。だからまずはダンジョンへ行き、モンスター相手に技を試してもらう」
「ダンジョンは冒険者でないと挑戦できないと聞きますが」
「俺が代理で冒険者登録しておいてやったぞ」
「代理で登録ができるのですね!」
「普通は無理だし、以前の俺なら門前払いだろうな。シャノアの冒険者組合が異常とも言えるほどに親切なのと、教師になったおかげで信頼を得られたのが功を奏したのかもな」
真実は女勇者を倒したニコラをシャノア共和国に留めようとする懐柔策の一環だったが、彼はそのことに気づかず、自信に満ちた表情を浮かべた。
「ダンジョンがどういうものかは知っているな?」
「教科書に書いてあることでしたら」
「なら十分だ」
ダンジョン。世界の各地に存在し、自然発生するモンスターと、モンスターが守る秘宝の眠る不思議な場所だ。この世界では多くの冒険者が秘宝を求めて、ダンジョンを探索していた。
ダンジョンの種類は数多くあり、様々なモンスターが出現するノーマルダンジョンから、特定のモンスターしか出現しない専用ダンジョン、他にはダンジョン内部が毒で汚染されており、毒に耐性のあるモンスターしか出現しないような特殊ダンジョンも存在する。
そんな数あるダンジョンの中でもニコラたちが向かうのは、ガイコツ兵士という骨のモンスターだけが生まれる専用ダンジョンだった。
「ここだな」
目的地のダンジョンはニコラの屋敷から数キロほど歩いた先にある山間に位置していた。人の姿は見当たらないし、人の気配を感じさせるモノも存在しない。
「こんな場所にダンジョンがあるのですね。でも近くに冒険者の人たちがいませんね」
「私有地だからな」
このダンジョンはサテラの所有物であった。通常ならダンジョンは一般に公開し、挑戦する冒険者たちから参加料を徴収するのだが、このダンジョンはあくまで修行の場としてニコラが私的に利用していた。
「私、ダンジョンに挑戦するの初めてです」
「そう緊張しなくても大丈夫だ。このダンジョンは一通り制覇してあるから、俺の庭のようなものだし、このダンジョンはランクEの初心者向けだ」
「ランクEですか……」
「一般人に毛の生えたレベルでも攻略可能ということだ。つまり格闘術の基礎を学んだアリスなら遅れを取ることはない」
「そうですか。なんだか安心しました」
ほっと一息を吐いたアリスと共に、ダンジョンの入り口を目指す。入り口は洞窟のようになっており、先へ進んでいくと、下へ降りるための階段があった。
「降りるぞ」
「はいっ」
アリスと共にダンジョンの一階層へと下ると、土埃の舞う通路が待っていた。道は明るく照らされ、視界は良好である。
「ダンジョンが明るいとは聞いていましたが、本当なのですね」
「何が光源になっているかは明らかにされていないがな」
きっとモンスターも暗いのが怖いのだろうと、ニコラが続けると、アリスはクスリと笑った。
「さっそく現われたな」
ダンジョンを進むと、二足歩行するガイコツが姿を現した。武器を何も持っていないが、全身を闘気が纏っていた。
「モンスターも闘気を使うのですね」
「使わないタイプもいるがな。人型はたいてい闘気使いだ」
「勉強になります」
「闘気量はアリスと互角だな。良い機会だし、戦ってみろ」
「私で勝てるでしょうか?」
「勝てるさ。ガイコツ兵士は単調な動きしかしてこないから、油断しなければ攻撃が当たることはない。それに何より、逃げても何も始まらない」
「ですね」
アリスはニコラの言葉に頷くと、ガイコツ兵士へと走り出した。ガイコツ兵士は接近するアリスを迎撃しようと拳を前に突き出すが、その速度は遅く、避けるのは容易だ。
難なく懐に入ったアリスは、左右の連打を放ち、ガイコツ兵士のあばらと顎の骨を砕いた。とどめとばかりに、左の蹴りをガイコツ兵士に食らわせると、衝撃で地面を転がった後、動かなくなった。
「躊躇なく殴れるじゃないか」
「えへへ、ガイコツ兵士さんを先生だと思うことにしたんです。そしたら思いっきり殴ることができました!」
「……さらっと怖いこと言うなぁ。だがどういった理由にしろ殴ることに躊躇しないのは良いことだ」
「さぁ、次へ行きましょう!」
アリスを先頭にダンジョンを進んでいく。現れるガイコツ兵士は、すべてアリスの拳に沈んでいく。
「せ、先生、驚くべきことが起きました!」
「なんだ?」
「私の闘気量が増えています!」
アリスの身体を覆う闘気量が、ダンジョンに入る前より微弱だが増えている。そのことを気づいていたのか、ニコラは当然だといわんばかりの表情を浮かべる。
「モンスターを倒すと闘気量が増えるんだ。知らなかったのか?」
「そ、そんな裏技が!」
「裏技でもなんでもない。冒険者の間では常識だ。それに普通の奴なら座禅のような闘気を増やす訓練をした方が、モンスターを倒すよりも闘気増加量は多いからな。アリスは闘気を増やす才能がないから、モンスターを倒す方が早いかもしれんが」
「面と向かって才能がないと告げられるとショックですが、才能のなさは努力でカバーします。早く下の階層に行きましょう!」
闘気量を増やせると知ったことが余程嬉しかったのか、アリスは意気揚々とダンジョンを進んでいく。二階層、三階層と、下の階層へと降りていくが、彼女は苦戦すらせず、ガイコツ兵士たちを倒していく。その歩みには淀みがなかった。
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