第一章 ~『元勇者の現状』~

 勇者敗れる。しかも相手はシャノア共和国の武闘家である。このセンセーショナルなニュースはすぐにサイゼ王国全土に広がった。


 広がり方が著しく早かったのは、自国の最高戦力が他国の武闘家に敗れたことに対する不安からだ。勇者を倒した男が人間なのか、それとも魔人なのか。そしてサイゼ王国に敵対する存在なのか。皆が身の振り方を決めるために、情報を掻き集め、拡散したのだ。


 そんな情報が首都であるサイゼタウンの酒場で話題にあがるのは当然のこと。冒険者たちは勇者を倒した男について葡萄酒片手に話し合っていた。


「おい、元勇者」


 禿頭の冒険者が人相の悪い金髪金眼の青年に話しかける。甲冑まで金の派手な青年は、元勇者と呼ばれたことに苛立ったのか、嫌悪に満ちた表情を浮かべる。


「……元勇者と呼ぶな」

「悪かったな、ジェイ。酒でも飲んで機嫌を直せよ」


 ジェイは禿頭の冒険者から葡萄酒を譲られ、不貞不貞しい顔で酒を飲み干す。


「良い飲みっぷりだ。冒険者はそうでないとな」

「俺は冒険者ではない。勇者だ」

「はいはい、自称するなら何とでも言える」


 ジェイは国から選ばれた勇者として魔王領で魔人たちと戦い、勝利を積み重ねてきた。だがある日、調子に乗っていた彼は、自分以外の男が勇者パーティにいることが煩わしくなり、仲間の武闘家ニコラを追い出した。


 それから勇者パーティは上手く機能しなくなった。以前はニコラの手段を選ばない卑怯な戦術で確実に勝利をもぎ取ってきたが、正々堂々闘うようになり、パーティの消耗が激しくなったからだ。


 ついには魔王に闘気を奪われたジェイは勇者としての力を失い、称号まで剥奪され、今では酒場で昼間から飲んだくれている冒険者の仲間入りだ。


「せめてメアリーとジェシカがいれば……」


 勇者パーティ時代、魔法使いメアリーと女剣士ジェシカはジェイと恋仲の関係だった。正確には二人がジェイに一方的に惚れており、ジェイが上手く利用している形だった。


 二人はジェイに好かれるためなら何でも言うことを聞く便利な駒だった。ニコラを追放するときも、二人はジェイのために長年連れ添ったパーティの仲間を裏切ってくれた。


 しかし二人はジェイから離れてしまった。理由は幾つかあるが、彼が二人以外の女性に浮気したことと、闘気を奪われ異性に対する魅力を失ったことが大きな原因だ。


 この世界では強さこそがすべてだ。勇者としての膨大な闘気を放つだけで、ジェイは女性に困ったことがなかった。だが力を失った今の彼は、魅力もなく、金もなく、仲間もいない。一人ではたいした戦果をあげることもできないため、冒険者として日銭を稼いで暮らすことしかできなかった。


「そういやジェイ、聞いたか。本物の勇者様が負けたらしいぜ」

「……嘘だろ。今の勇者は魔人百人を無傷で倒すような化け物だぞ。あいつに勝てる奴なんて魔王くらいのものだろう」

「それが聞いて驚け。倒したのは人間の武闘家だそうだ」

「武闘家……」


 武闘家と聞き、ジェイはニコラの顔を思い浮かべた。勝利のためなら手段を選ばない彼ならばあるいはと、ジェイはゴクリと息を吞む。


「その武闘家は卑怯な手段を使ったか? 相手が油断しているところに目つぶし、金的を打つような奴か?」

「いいや。何とその武闘家は指一本で勇者様をあしらったそうだ」

「指一本……なら奴ではないか……」

「その武闘家と知り合いなのか?」

「その武闘家は指一本で勝利したんだろう。ならニコラでは――」

「いや間違いない。武闘家はニコラという名前だ! さすがは元勇者。凄い人脈だな!」


 ジェイは元勇者と呼ばれたことに怒りを感じることができないほどに驚いていた。ニコラは確かに卑怯な手段を使わなくとも強い男であった。だが勇者を指一本で倒せるような化け物ではなかった。


「勇者パーティを追放してから強くなったのか……いや、それよりも――」


 ジェイはこれがチャンスだと確信した。女勇者を指一本で倒せる武闘家が再びパーティに加入すれば、自分が勇者に返り咲くことも不可能ではない。


「やはり俺は幸運の女神に愛された勇者だぜ。待ってろ、親友!」


 ジェイは酒場を後にし、シャノア共和国を目指す。かつての仲間と再び勇者パーティを結成するために。

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