第一章 ~『勇者敗れる』~
「試合がようやく終わったようですな」
ゆったりとした短いマントを羽織る青年が支配人の老人と肩を並べて、記録した映像を映し出すことができる水晶を眺めていた。水晶は離れた場所の映像を記録し、再生することができる魔道具だ。観客たちも食い入るように水晶を見つめ、映像の再生を心待ちにしていた。
「本当はリアルタイムで配信できるとよかったのですが……」
「リアルタイム型の水晶は記録型の水晶と比べて設備投資費用が必要ですから。仕方ありませんよ」
「しかしおかげさまで今回の賭け金は過去最高額となりました。これだけの収益があればリアルタイム型の導入も現実味を帯びてきました。これもすべて――」
「我らが勇者様のおかげですな」
マントを羽織る青年はサイゼ王国の貴族だった。シャノア共和国との友好の証として、勇者を訪問させたのだが、それだけでは勿体ないと、勇者という戦力をアピールするために賭博場の試合に出場させたのだ。
「それにしても対戦相手は随分と阿呆な男ですな」
「というと?」
「勇者様相手にハンデ戦を挑んだのでしょう。知らぬというのは恐ろしいことです」
貴族の青年はミスリル製の白銀の鎧を身に纏った女勇者を思い出す。彼女の実力は歴代最強の勇者ロイに匹敵するとまで云われ、まさしく人類最後の希望であり、サイゼ王国が保有する最高戦力であった。
「それにしてもあまりの戦力差に賭けが成立しなかったのでは?」
「いえいえ、勝負は時の運といいますし、勇者様の配当は小さいですから。一部の物好きがニコラ様に賭けているそうですよ」
かくいう支配人もそんな物好きの一人だ。ただし彼の場合は遊びではなく、ニコラの勝利を信じて賭けているのだが。
「さて、試合の映像を確認しましょうか。観客たちも楽しみにしているでしょうから」
支配人が映像を再生する。水晶に映し出された白銀の騎士は全身から闘気を放ち、高速で移動を開始する。目にも止まらぬ動きに観客が歓声を上げる。
「皆が驚くのも無理はない。なにせ勇者様なのだ。これほどの強き人間を見たのならば――」
「見てみろよ! 勇者様が!」
観客の誰かがそう口にした瞬間、支配人はこみ上げる笑いを堪えた。水晶にはニコラが人を超越した動きで剣戟を躱し、指一本で白銀の騎士を吹き飛ばす光景が映し出されていたのだ。皆が歓声をあげる。
「こんな男がいるなんて!」「勇者様がまるで子供扱いだ!」
信じられない光景を目にして貴族の青年は言葉を失っていた。サイゼ王国の最高戦力がハンデありでも手も足もでないのだ。
「あの男はいったい何者なのですか?」
「ただの闘技者でしょう」
「勇者様に勝てる闘技者などいてたまるか!」
貴族の青年は叫び声をあげながらも、冷静な頭で自分がどうすべきかを考えた。そしてすぐに結論を出す。あの男をサイゼ王国に取り込むべきだと。幸いにも相手は人間。金を積めばサイゼ王国で働かせ、次の勇者とすることも不可能ではない。
「新たな勇者様を発掘した男か。悪くない」
貴族の青年は本国に報告するため賭博場を後にする。世界がニコラを働かせようと動き始めたのだった。
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