第一章 ~『女騎士の敗北』~
魔方陣で送られた場所は草一つない荒野だった。風や雨に浸食されて赤土色に染まった大地は生者の気配を感じさせない。そんな場所にポツリと立つ一人の少女の姿があった。
荒廃した大地にあまりに不自然な桃色の美しい髪、色素の薄い桃色の瞳がニコラを蛇のように睨んでいた。
「私の対戦相手はあなた、それとも後ろの女の子」
「俺が対戦相手だ」
「ふーん。まぁ誰が相手でも良いけど。せめて一分は頑張ってね」
「……こちらの台詞だ」
にらみ合う二人の間に火花が散り、一触即発の空気が生まれていく。
「あんた、その白銀の鎧から推察するに高位の冒険者か?」
白銀の鎧はミスリル銀で鋳造された高級品で、並みの冒険者では手に入れるどころか、目にすることすらできない代物だ。
「あなた、私のこと知らないの?」
「ん? 俺たち初対面だろ。それよりも質問に答えろ。あんたは高位の冒険者なのか?」
「昔は冒険者をしていたこともあるわね」
「聞いたかアリス。こいつは元だが高位の冒険者だ。そんな相手に俺が余裕で勝利する。そうすれば如何に俺が強い男なのか理解できるだろ」
ニコラは挑発するような微笑を浮かべながら、人差し指を一本だけ立てた。
「指一本だ。指一本で勝利してやる」
「ふ、ふざけないで!」
「ふざけてないさ。なんならもっとハンデをやってもいいくらいだ」
ニコラの挑発が我慢できなかったのか、白銀の騎士が全身から闘気を放ち、ニコラへと接近する。音速を超えた空気を裂く音が響く。普通の人間なら消えたようにさえ見える動きを、彼の目はしっかりと捉えていた。
「終わりよ!」
白銀の騎士は必殺の剣戟を放つが、ニコラは紙一重で見切って躱す。一太刀、二太刀と斬りつけるたびに速さが増すが、そのどれもがひらりひらりと躱される。
「ありえない。どうして躱されるの!」
「俺の方が強いからだろう」
今度はニコラが人差し指に闘気を集めて、白銀の騎士のデコを押す。ただそれだけで彼女の身体は吹き飛び、赤茶色の荒野を転がった。
「どうだ、アリス。俺の強さは理解できたか?」
「はい。やはり先生は卑怯な手段を使わなくても強いのですね」
「当然だ。だがお前はこんなことしちゃ駄目だぞ。俺とこいつの実力差に壁があるからこそできる闘い方だからな」
「わ、私が負ける……私が弱い……この私が……っ」
立ち上がった白銀の騎士は必死に言葉を紡ぎ出す。悔しさで歯を食いしばっているせいか、口の端から血が流れ出ていた。
「私は弱くなんかない!」
「指一本の相手に負けるのにか」
「くっ~~」
「悪い。悪い。あんたは弱くないよ。昔の俺なら負けていたかもしれない。それに山賊よりは遙かに強いのだから元気出せ」
「先生、フォローになっていませんよ」
「そのようだな」
白銀の騎士は怒りで顔を真っ赤に染めながら、体中から闘気を放つ。今にでも叫び出しそうな怒り様だ。
「すまんな、次からはきちんと闘ってやるから。ほら、おいで」
「ば、馬鹿にするなぁ!」
白銀の騎士が再び駆け、その勢いのままに地を這う剣を振り上げた。だが剣は呆気なく躱され、ニコラの軽いビンタが少女の頬で破裂する。吹き飛ばされた彼女は地面を転がり、全身を土色に染めていく。整った容姿も台無しになっていた。
「アリス、こいつが駄目な見本を見せてくれたから解説しておく。下から剣を這わせて振り上げる動きを拳で再現すると、アッパーという技になるが、これは単独で使う技ではない。コンビネーションの中でこそ威力を発揮する技だ」
「コンビネーションですか?」
「アッパーは動きが大きいから敵に攻撃を読まれやすい。だから普通は軽い連打の中に組み込むんだ。そうすると動きを読まれても躱せないからな」
「はい、先生」
「しっかり勉強しろよ。でないとこいつみたいに躱されて痛い目を見るからな」
「うぅっ……」
白銀の騎士はボロボロになりながら剣を支えに立ち上がる。瞳からは涙が溢れ、乾いた大地を濡らしていた。
「なにも泣くことないだろう」
「わ、私の双肩には人類の命運が賭っている。だから私は誰にも負けるわけにはいかないの」
「人類の命運とは随分と壮大だな~変な宗教に嵌っているなら、改宗を勧めるぞ?」
「あ、あなたは! あなたは!」
「あ~あ、退屈な闘いだったな」
ニコラは欠伸を漏らしながら、白銀の騎士へと近づく。傷を負ったせいか、彼女はニコラを睨むことしかできない。
「最後に組技系の技を教えておく」
「組技系といえば、イーリスを投げたような技ですか?」
「察しが良いな。投げ技以外にも関節技や絞め技などもある。まずは簡単な絞め技でこいつを失神させるからよく見ていろ」
白銀の騎士の首に腕を滑り込ませる。両手をクロスするように頸動脈を閉じていくと、彼女の意識は次第に薄れ、そのまま失神した。
「他にも色々技があるのだが、それはまた今度教えてやるよ」
「はい、先生」
このときのニコラは相手が弱かっただけだと勘違いし、勝利に微塵の喜びも感じていなかった。しかし彼はまだ気づいていない。自分が世界最強の力を保持しているということに。
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