第三話
―――2000億もの艦隊、ラレムの眼前に広がる光景は正しく絶望的な物であった。
それでも、彼の表情には何の恐怖も感じさせない。凛とした表情だ。それどころか獰猛さは尚激しくなっていて、視線が合ってしまえば、恐怖でおののき、絶望するまでの感情が篭っている。
(……滅ぼしてやる)
―――異変は、起きた。
超高濃度な破壊エネルギーは、ラレムに向けて一気に放出された。その数、前方から“約100億”! 一撃で万物を消滅させるであろう威力だろう。
―――それでもラレムが動く事は無い。
『そのまま消滅してしまえ!』
―――100億もの光線は、ラレムに直撃した。爆発は一度収束する光の様な形から、段々と広がっていく。宇宙の大気を揺らし、震わせ、とてつもない轟音が鳴り響いた。
『これでは惑星ごと吹き飛ばしてしまったな』
『仕方ない、あの悪魔の事だ。こうでもしなければ、死なん可能性すらある』
『だがどうする? このままでは……ん?』
異様な雰囲気。一言で言えば、そんな感じだろう。最初に感じとった戦艦はその雰囲気だけで、後ずさる様に後退した。いや、よく見れば他の戦艦も何隻か後退していってるのだ。
『どうした!?』
『わ、分からない! あの悪魔の反応は……まだ残ってる!!』
『馬鹿な! クソッ! まだ煙は晴れないのか!?』
『エネルギー指数5800……5900……!? まだ上昇していく!? 何というエネルギーだ……このままでは、宇宙が生まれるレベルの……!!』
―――煙は晴れていく。
……そうして、2000億もの艦隊は、見る事になる。その恐ろしい姿を、身の毛もよだつ、絶対的な“星喰らい”の姿を、凶悪な、悪魔の姿を。
『あ、あぁ……』
―――前方に広がる景色に、最早星々は無かった。永遠と縦方向に広がり続ける機械のチューブ状の肉体。肉体の所々でその強大なエネルギーが溢れ出ていて、その存在が如何に絶対的であるかを知らしめていた。
怒髪天を衝くなんて規模では無い。最早その大きさは……
『……銀河系と、同じ大きさだと?』
『か、観測路による計測が出来なくなっている! このままでは奴の戦力分析が出来ない!』
『この宇宙全体で電波障害を発生させているのか……!? だとしたら、応援も呼べないぞ!? 幾ら銀河系を覆い尽くせる艦隊でも、アレとではエネルギーの差が……!』
艦隊は恐れおののき、逃げようとする者すら現れつつあった。
その巨大な悪魔……ラレムは、それを見て笑っている。銀河系の天辺に届くその頭から、見下ろしながら笑っていた。胸がいっぱいになる。奴らを滅ぼす事を考えると、全てを取り込む事を考えると。
(そうやって恐れろ。喚け。それが最大のスパイスになるんだ)
そうして、ラレムは動き出す。
その巨大な腕を動かした。動かすだけで何年掛かるのかすら分からない程の巨大さ。なのに、とてつもないスピードだった。
『ば、馬鹿な! 物理法則を完全に無視して……!?』
振り払われる。
圧倒的な暴風だった。宇宙という真空空間内で、とんでもない暴風が何億もの戦艦を吹き飛ばしていく。しかも、ただの暴風では無い。
暴風の中でエネルギーが生まれ……赤色の大爆発を引き起こしていく。それは連鎖的で、吹き飛んでいった戦艦を幾つも破壊していく。星程の大きさもある筈の戦艦が、まるでオモチャの様であった。
『……な、なんて威力だ……!!?』
『い、今ので500億程の同胞が消滅したのか……? 有り得ない、何だあの進化は!!?』
(そうだ、恐れろ。そうやって恐れてくれればいいんだ)
ラレムの体が、赤く輝き出す。
『!!? 何だこのエネルギー濃度は!』
『う……こ、このエネルギー上昇率は……ま、まさか!』
尚も赤色のエネルギーは、ラレムを覆っていく。眩い光は、まるで太陽の様でもあった。だが、そこには一片の温かみすら感じさせない。死の色彩であった。
―――やがてその赤は、この銀河一帯を照らす程の光となった。
『ま、不味い! 阻止せねばならん! 今からでも遅くはない! 今ある勢力で早く光線を……!』
『ダメだ! そんな事をすれば奴のエネルギーは暴走して、“ビッグバン”の規模以上の大爆発を引き起こすぞ!!』
『だ、だからって……!』
『……待て、エネルギーの上昇が、止まった』
ラレムのエネルギーが、停滞していた。光の濃度も先程よりは小さくなっている。
『ま、まさか、制御しきれなかったのか?』
『……』
『おい、どうした』
『エネルギーの上昇が止まって……逆流し始めている!!?』
『な、何だと!?』
『こ、このままでは……“ビッグクランチ”が―――』
―――光った。巨大な光が輝いた。
収束する様に光は全てを飲み込んでいく。戦艦も、星も、銀河も、宇宙も。全てを飲み込んで光だけが輝き続ける異様な景色たげが視界を支配していく。音も無い、何も無い。この空間には、文字通りの“無”が残った。
どうしようも無い、抗いようの無い終わり方だった。
・・・
「……」
―――何も残らない、虚無の空間。星は無く、次元へと繋がる門以外、そこには何も無い暗闇の空間。
目にする物は黒以外存在しない。退屈でどうしようもない感覚だけが、ラレムを支配している。流石にここまで来ると、つまらないだとかそういう次元を通り越していた。
(……エネルギーが、減った感覚がしない。初めてだ。ここまでエネルギーを使っておいて、何の支障も感じていない。これは、また一段と進化出来た証だ。そうに違いない)
ラレムは笑みを浮かべた。狂気的で、とても恐ろしい笑みであった。
(あの艦隊相手にビッグクランチを使うまでも無かったのかもしれんが……それでも一掃した上でエネルギーまで貰えた。十分な成果だ)
ラレムは次元の門の方へと移動して行った。
(次の次元は26系宇宙か……空間の繋ぎ目から見るに、恐らくあの宇宙だ)
(―――楽しみだ、次はどんな星と存在共を喰らい尽くしてやろうか)
そう思いながら、ラレムは門を超えて行った。
・・・
―――とある宇宙。その宇宙にある、ある星。
「だ、だから、ワシは酒にそんなもん入れてませんよお……」
「じゃかあし! なら何で酒に虫が入ってやがんだよこの野郎!」
ある星で、ある酒場の店長が、鎧を着た軍隊風の男に暴力を振られていた。理由は、酒に虫が入っていたから、という事らしい。
「どうしてくれんだよ。俺は“ガイラス軍”なんだぞ……軍人相手にそんなもん飲ませようとした酒場の店長がどうなるか! 分かってんだろうなぁ!?」
「そんな事言われたってワシは……」
「分からねえ野郎だなぁ……アァ!」
そう言って男は、拳を振り上げて、老人を殴ろうとした。
「―――ちょーっとタンマ!!」
「……ア?」
突如、女の声がその場に響いた。
「ちょーっとちょーっと、それは見過ごせないわよお」
歩いて来るのは……ボロボロのシャツに、ボロボロのスカート、そして、拳に巻かれたバンテージと、異様な見た目の女だった。正直言って、こんな女がいたら、誰でもビビってしまうだろう。だが金髪で、その顔は正に美女と言える様な顔立ちではあった。
「―――殴る前に、ちゃんと話し合いからよ、軍人さん」
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