第4話 『花純』
ここから戸の方は棚で隠れて見えない。
また、相手からもこちらは見えない。
図書室で誰かと会ったことはない。すれ違いもしなかった。
誰もが立ち入りできる場所なのだから、誰かが来るのは何ら不思議なことではない。しかし、慣れないこの状況にひどく緊張した。
手がじんわりと濡れるのに、何故こんなにも喉が乾くのだろう、と余計なことを考えた。
何故?知らない。
制服のズボンに手のひらを擦っていると、微かな人間の音が聞こえた。
手を止め、耳を澄ますと、それが鼻を啜る音だと分かった。
その人は泣いている。とても、静かに。
余計、その場から動けなくなってしまった。
しゃがんだまま、金縛りにかかったようだった。
しばらくすれば泣き止んで、立ち去ってくれるだろうか。
このままここで上手くやり過ごそう。
あ、しまった。
と思うと同時に、足の痺れに耐えられなくなった僕の体は、金縛りにあったまま、ゆっくりと倒れた。
「誰かいるの?」
遠くから声がした。聞き覚えがあった。
僕は体を起こすと、悪さをした飼い犬みたいに、少し俯きながら主の前に現れてみた。
入ってすぐの受け付け場の前にある机に、窓に背を向けて座っていた彼女は、分かりやすく驚いた顔をした。
「本を探していたんだ。」とだけ言ってみる。探るように。
彼女は少し意地悪な顔をして、
「ここは貴方の場所だものね。お邪魔します。」
と笑った。
目元は乾いていたが、かなり充血していたので、彼女は確かにそこで泣いていたが、それを隠し通したいのだと思った。
僕はあえてそこに触れるようなことはしなかった。
「僕のことはてっきり知らないもんだと。」
「覚えが悪い私でもクラスメイトくらい分かるわ。」
「いや、君は人気者だから。僕がよくここに居ることを知っているのが意外だ。」
少し時が止まった。
彼女の目線は僕に向けられていたが、見ているのは空気だった。言葉を探しているようだった。
そして小さく、しかしはっきりとこう言った。
「私は貴方に憧れているから。」
これが僕と花純の出会いだった。
続く
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