第3話 『過去』
僕には高校の頃から付き合っていた彼女がいた。
彼女は
よく泣き、よく怒り、よく笑う人だった。
小柄だが若々しい、健康的に浮き上がった筋肉と、程よく日焼けした肌は、陸上部である彼女をより美しく見せた。
そして言うまでもなく、花純は人気者だった。
休み時間に真っ先に図書室へ逃げる僕とは、全く違う世界に住む人だった。
僕の通う学校は、貧しいのか誇りなのか、まぁまぁ田舎ということもあって、流行りに疎い学校だった。
教室にエアコンは無く、夏は扇風機、冬には石油ストーブを教室の隅に置いた。
部活は少ないし、ドアの立て付けはどこも悪い。そして、何故か四階あるうちの一階と二階の男子トイレの洋式便器は故障していて使えなかった(僕が卒業するまで修理されることはなかった)。
図書室に置いてある本も古物ばかりで、参考書は無いし、新刊は一切入荷されなかった。
案の定、利用者は少なかった。
ほぼ、僕だけだったのかもしれない。
高校二年生の夏休み、八月なのに梅雨のような、じめっとした日だった。
夏休み中も図書室は開放されていて、本の貸し出しを行なっている。
といっても受付のおじさんはおらず、自分で受付横の貸し出し表を記入するだけで良い、ガバガバなセキュリティだ。
変態的な古本マニアが知ったなら、夏休みが明けた時には、ここの本は一冊残らず盗まれて、もうすっからかんになっていることだろう。
無論、こんな田舎の校舎にわざわざ出向くような物好きは居なかったので、そんな事は起こらなかったのだけれど。
僕は借りていた本を返しに来た。
貸し出し日時に記載された僕の名前の横に、今日の日付を記入する。
本は返却棚に置いておけば良いのだが、僕は抜き取った場所を把握していたし、今日借りる本を探しついでに戻してしまおう、と、元にあった場所へと向かった。
図書室の端にしゃがんで、下段の題名たちを指でなぞる。
「・・・うん、ここだな。」
珍しく残っている帯がよれないようにそうっと差し込んだ時だった。
からから、と戸が開く音がした。
続く
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