シルバーフィッシュのお食事
小高まあな
第1話
どうもアンテナが似ているらしい。その男とは行く先々で出会う。
今日も、だ。
古本屋で目をつけた本に手を伸ばしたところで、別の手が伸びてきた。
「あ、すみません」
「こちらこそ」
詫びを言って手をひっこめ、顔を見て、
「またあんたか」
「こっちのセリフ」
即座に悪態をつくと、同時に手を伸ばす。が、盗られた。
「リーチの差だな」
背の高いアイツが笑う。そこは小柄で可愛い女の子に譲ってくれてもいいじゃないか。
文句を言おうかと思ったが、時間の無駄だ。本棚に目を移す。
コイツは気になる本は当たりハズレ関係なく、絨毯爆撃で買っていくタイプだ。油断していると全部取られる。ってか、今既に沢山持ってる。
「あ、あった」
お目当ての本を見つける。パラパラと開き、間違いがないことを確認。とりあえずこれで、うるさいこの腹の虫を抑えることができるだろう。
他にも五冊ほど見繕い、会計を済ませる。
「買えたか?」
店から出たところにアイツはいた。デカい風呂敷を抱えている。どんだけ買ったんだ。
「分けてやろうか?」
「施しは受けません」
買った本を見せつけると、アイツは軽く肩をすくめた。どういう意味だ。
「おぼっちゃま自ら、足で探さなくても、ちまたで流行りの電子書籍にでもしたら?」
お金がなくて、私は端末買えないが。
「パスワード無くしたので、アクセスできない」
「だせぇ」
「そんなことより、この前の話考えてくれたか?」
「は?」
「俺と組まないか?」
「その話?」
確かにこの前なんか言われたが、冗談だと思った。
「それであんたになんかメリットあんの? 怪しい」
「メリットっていうか、とりあえずいてくれれば……あーまあ、うん」
何やらゴニョニョ言ってる。
大体、なんで私がコイツと手を組むと思うのだ。私が狙った本を買ってるくせに。食べ物恨みは怖いんだぞ。
っていうかお腹すいた。かまってる暇はない。
「とりあえずもう二度と私の縄張り荒らさないでよ」
それだけ言うと、背を向けて歩き出す。
「餓死しそうだったらいつでも連絡しろよ」
うるせえ。
宿にしている漫画喫茶に着くと、ブースにはいる。
「さて」
買った本を開くと、口付ける。
私たちは人間じゃない。シルバーフィッシュと呼ばれる妖怪、のようなものだ。
シルバーフィッシュ。かっこいい名前だけど日本語にすると紙魚。本はよく居る気持ち悪い虫だ。知らなかったら検索しない方がいい。泣く。私は泣いた。私、これなんか。
文字に舌を這わせる。
とはいえ、同じようなものだ。
私たちは文字を食べる。古い価値観や差別的な表現を食べ、そしてそこに別の表現を置く。こうして知らず知らずに本を書き換える。悪書を良書に変える、私たちを作った団体風の言い方をすれば。
そう、私たちは作られた。
古い価値観や今となっては差別的な表現も、その本の時代背景なのだから無理に直す必要は無い。それ世界の多数派だったが、その団体は納得できなかったらしい。そんなんだから男尊女卑がうんたら、性的マイノリティがどうたらと主張し続けた。
しかし、聞き入れられなかった彼らはスピリチュアルな方に走った。変な宗教団体とかなんかこう色々あった結果、私たちが生まれた。
文字を食べ、置き換え、生きる化け物が。
まあ、私たちを作ったところで、団体のメンバーの大多数は、神だか悪魔だかに祟られて、不審死を遂げたり、精神に異常をきたしたりで、まともなやつは残らなかったんだけど。ああ、あとは、シルバーフィッシュの元になったり、ね。
食事を終えた私は、本を閉じる。
この本はまた後日、古本屋に持っていくことになる。世の中に良い本が出回ることになるのだ、団体風に言えば。そうしてお金を稼ぎ、生きている。カツカツな暮らしだ。
アイツは株で一山当てたとかで悠々自適な生活をしてる。むかつくわー。
「ごちそうさま」
とりあえずお腹いっぱいになった。
表現が酷ければ酷いほど、美味しい。気がする。そういう意味では、この本は微妙だった。腹に貯まれば一緒だけど。
さて、もう一度この漫画喫茶のなかを探してみよう。ここに泊まりはじめてすぐに、めぼしい本は食べたが、まだ残ってるかも。漫画喫茶を寝床にすると、そういう利点あっていい。
ウキウキと本棚に向かうと、
「なんでいんの?」
アイツがいた。
「外食だ」
「テイクアウト買ったんでしょ、帰れよ」
家を持ってる金持ちなんだから。家を借りるお金もない庶民に優しくして!
「ってか何? 私の行く先々に現れて。こんなとこまで! マジ、ストーカーなの?」
イラついてきくと、アイツは少し眉をあげて、
「そうかもな」
そのあとなんかちょっと優しく笑って言った。何その顔、きも。
「はい」
そして私の手に一冊のマンガ本を渡してくる。
「譲ってやるから、提案、真剣に考えてくれよ」
そう言ってさっさと店を出ていこうとする。
「え、帰るの?」
「家にたくさんあるから」
なんだそれ、変なやつ。
私と組みたいってマジ何考えてんだか。
パラパラめくったマンガ本は、悔しいがめちゃくちゃ美味しそうだった。
我慢できずに自分のブースに戻る。舌を這わせる。
食べ物の恨みは怖いが、恩もあつい。何考えてんのかわからんが、一回ちゃんと話を聞いてもいいかも。
そう思うぐらい、その本は美味しかった。
ご馳走様でした。
シルバーフィッシュのお食事 小高まあな @kmaana
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