八十八分の一の幸福をあなたに

小高まあな

第1話

「今日の一位は、牡牛座さん! 古い友人から連絡があるかも。即レスが開運の鍵」

 って、朝の占いで見たんだけどなぁ。

 マスクの下でこっそりとため息。

 ぎゃんぎゃん吠える部下を眺める。まったく、何かを指示したら二言目には「工数ついてません」ときたもんだ。こっちはお前のそのぎゃんぎゃん吠える工数つけた覚えもねーよ。ってか、てめぇの案件の尻拭いなんだから黙ってやれよ。

「わかりました。じゃあ平嶋さんは修正対応しないということで。こっちでやります」

 遠吠えの途切れたタイミングでそう言うと、

「でも、私の案件なので私がやらないと」

 自分の案件の自覚あるんじゃねーのかよ。

「忙しいなら無理しなくて大丈夫。ごめんね、仕事戻っていいよ」

 不服そうな顔。この子がぎゃんぎゃん吠えるのは、「でも平嶋さんじゃないと無理だからお願いできるかな?」と言われて自尊心を満たしたいだけなのだ。付き合うのもバカバカしい。

 そんなもの、今更満たしたところで、私たちが選ばれていない負け犬なのは変わらないのに。

「いえ、でも、あの」

「忙しいんじゃないの? 無理しないで」

「あ、いえ、やります。大丈夫です。これぐらいそんなに時間かからないので」

 そうだろうよ。

「大丈夫? 出来なかったら無理しないで。よろしくね」

 と、修正対応を投げる。

 さて、この後は社長のご機嫌伺い会議が入っている。めんどくさい。社長直々の案件、ややっこしいから制作陣がごねるんだよなぁ。サンドイッチ症候群。悲しき中間管理職。出世なんてするもんじゃない。ってか、上がいなくなったから自動的にあがっただけで、私なんか上長の器じゃないし。

 ため息をもう一度。ついでに、ズレかけたマスクを直した。

 まったく、八十八番中一位なのにいいことがない。占い当たってないんじゃないの? って言いたいとこだけど、自社製品だからそうも言えない。このマダム・リーの八十八星座占いは、今の弊社の主力品だし。

 占いの需要はなくならないと誰かが言っていたらしいけど、まったくもってその通りだ。

 さて、会議の資料の最終チェックをしないと。自席で画面に向き直った。


 そういえば、古い友人からの連絡ってなかったな、と思い出したのは駅からの帰り道だった。

 まあ、いま私と連絡とれる友達なんて一人しかいないけど。

 念の為、ケータイを取り出すがメールなどの連絡はなかった。

 マンションにたどりつき、いつものようにそのままエレベーターに乗ろうとして、ふと思い直して郵便ポストに向かう。

 この中に郵便物がはいってることなんて、このご時世ないが、占いのことが気になったのだ。手前味噌だが、うちの占いは当たるのだ。

 暗証番号を一度間違えてやり直しながら、考える。

 ここにもしも、友人からの連絡が入っていたら……それは好ましいものでは無い。招かれざる郵便物だ。

 だから、入っていなければいいのに。

 そう念じながら開けたのに、ポストの中には白い封筒がひとつ入っていた。

 ああ、やっぱり。差出人も高校からの友人だ。

 手紙を手に、今度こそエレベーターに乗る。

 封筒の差出人の名前を指でなぞる。年に1、2回しか会わない私たちだったけど、不思議とウマがあった。

 お互いずっとパートナーがいなくて、仕事も不本意に出世してめちゃくちゃになってて、なんというかこう、境遇が似ていたのだ。同類相憐れむってやつ?

 家に帰るとマスクを外す。テーブルに置くと、ゴトっと重い音がした。首が凝るから嫌なんだよな、ガスマスク。

 高い家賃と引き換えに空気清浄がしっかりしている家を選んだ。あの時の私に感謝している。家の中でもつけっぱなしとか、ありえない。会社も空気清浄しっかりしてくれればいいのに。変なとこケチだから、会社内でマスクを外せないのがつらい。

 さてさて。

 封筒を手で破ろうとして、考え直してハサミを使ってあける。

 中身は想像したとおり、彼女の新しい門出のお知らせだ。

 良い、お知らせだ。

 でも素直に、喜べない。ずっと一緒だと思ってたのに、先を越された。そう、思ってしまう。彼女が選ばれたのに、私は選ばれない。

 なによりも、もう会えなくなることが悲しい。これで私の友達で、地球にいる人はいなくなる。

 彼女の壮行会の日時を確認する。

 さてはて、どうしたものか。正直見なかったことにしたいが、そういう訳にもいかない。会えなくなるのは、事実だし。

 これまで何人をこうして見送ってきただろうか。まさか、私が最後まで残るとは思わなかった。


 世界各地で火山が同時に噴火したあと、地球は人が住むのに適さない環境になった。この政府支給のガスマスクをつけないと外を歩けない程度には。食物が育たなくなったりする程度には。

 でも、人が占いにすがってうちの会社が儲かる程度には今までどおり。そんな、生活。

 なんとか地球での再建を試みる一方で、人は宇宙に目をつけた。新天地を求めて、人類はソラへ向かう。

 国によって対応が違うらしいが、我が国では無作為に選ばれた人間(家族単位)から新天地へ向かうことになっている。

 いつの頃からか、その際に自分主催で壮行会を開くことが慣例となっている。

 それはある意味、生前葬のようなものだ。

 どの星に行くことになるのかは、宇宙船によってかわってくる。同じ船に乗らない人とはもう会えないも思った方がいい。だから、最後のお別れだ。

 そして、本当に他の惑星で人が暮らせるのか、たどり着けるのか、それもわかっていない。

 我々は上手くいくことを祈って、ギャンブルを行ってるだけなのだ。


 出欠席の返信用のハガキを眺める。

 このお知らせは何故か結婚式風が流行りだ。別にネットでいい気もするけど。でも、温かみがあるから手書きのハガキというのも、わからないわけではない。

 行かない、という選択肢はない。

 ただ、返信してしまうと彼女との別れを認めてしまうようで悲しい。

 今日何度目かのため息をついたところで、今朝の占いを思い出す。

「即レスが開運、だっけ」

 ペンを手に取り、出席に丸をする。御を二重線で消すのを忘れずに。

 私の開運が、彼女の航海に良い影響を与えればいいな、と思って。そう、願いを込めて。

 メッセージ欄に書きたいことが多すぎる。あとで代わりにメールしよう。悔いがないように。

 bon voyage。メッセージ欄にそれだけ書き込み、不備がないことを確認すると出勤カバンにいれる。明日、ポストにいれないと。

 さて、とりあえず夜ご飯を食べながら、なんとメールするか考えよう。ちょっと泣きそうになるのを堪えながら、椅子から立ち上がり、コンロに向かった。

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