第15話 覚悟と不意打ち
「おい! 遊佐川、無理するな! これはどうせ球技大会だ。部活とは関係ないだろ!」
「でも……」
「でもも何もねぇだろ! 良いんだよ。我慢すればアイツらは居なくなるんだ。待てば俺らの時代が来る」
「……くっ」
クラスメイトのバスケ部員達が一斉に遊佐川の元へと駆け寄った。周りで観戦している人達は、その様子にあっけに取られていた。
そして、その騒ぎの中心では遊佐川が蹲っている。足を抑えながら苦悶の表情を浮かべて、それでも戦意は失われず何とかたとうと試みる。
俺はそれを、外側からぼーっと突っ立って見ていた。大丈夫かと声を掛けることも、遊佐川に立つなと静止することも出来なかった――。
◆ ◆ ◆
試合開始のホイッスルがなった。
決勝の時間は今までより少し長いとはいえ、公式戦のような時間をきっちりと取ってくれるわけではない。
だから初めから激しい攻防が繰り広げられる。
攻めては守って攻めては守って、それを短時間で何度も何度も繰り返す。俺はその流れに必死についていくだけで、上手く目立とうとか活躍しようとか、そんな考えは微塵にも浮かばなかった。
「一郎!!」
「……!」
声がした先を見て、フリーの人に咄嗟にパスを出した。だが、そのパスは逸れてしまいコートの外へ出てしまった。
「くそ……」
「ドンマイドンマイ。気にしなくていい。まだ互角でやれてるから、気を抜かなければチャンスはまだ来る」
遊佐川は優しい声をかけてきた。だが、俺はまだ足を引っ張ってばかりで、当初の目標はまだ遠い。このままだと、俺は何も出来ずに終わってしまう。
……何もしなかったツケが、今ここで回ってきたのだろうか。
中学の頃ぼっちをずっと続けて、球技大会なんてただの遊びだと嘲り。そして、適当にやってさっさと負けて教室でゆっくり寝ていた。そして、俺はさらに孤立する。
でも、それでいいと思っていた。中学の友達なんてどうせ会わなくなる。作ったって無駄だ。
俺は友達が欲しかったのに、自分に嘘をついて殻に閉じこもった。
そのツケが今、ここで回ってきたのだろうか。そうだとしたら、当然の報いだと思う。
どうせ、俺はぼっちのままで生きていくことになる。何も変えることは出来ない。何処かの大人が言ってたじゃないか。世の中は、惰性と諦めの塊だって。
「――ぐあぁっ!!」
突然悲鳴が聞こえて、俺は我に返った。
そこでは相手チームの先輩と言い合いをしている人や、遊佐川に必死で声をかける人がいる。
加害者側の先輩たちは、俺のせいではないと何もシラを切ろうとしているが、明らかに動揺を隠せていない。ここまでなるのは予想外だったのだろうか。まあ、やってしまった時点でどの結果になろうとアウトだ。
そして俺は、ここに突っ立っている。何も出来ずに、ボーっと立ちすくんでいる。
俺は無様だ。
俺は、観戦している生徒たちを眺めていた。久留米達は心配そうな表情をしている。凪は何かを祈っている。それを見ても、俺は動けない。
海星は俺を試すように真っ直ぐ目で俺を射抜いていた。それでも、俺は動けない。
「……一郎」
「遊佐……川」
「もう、頼れるのはお前しかいないぜ。後は……全部お前に任せる。お前なら……絶対やれる」
遊佐川がコートを去る時、俺にそう呟いた。
遊佐川は自信満々の表情だった。勝つことを諦めないどころか、既に価値を確信しているような表情だ。
俺は……まだやれるのか?
……いや、やれる。というか、もうやるしかないだろ。
海星入っていた。先ずは相手を探れって。
敵なさっきの出来事で動揺している。これなら明らかにプレーは鈍る。戦意も削がれている。だが、俺の仲間はむしろ戦意に満ち溢れている。
――そんでもって俺は平常運転だ。今までの技術とこれだけの好条件があれば、如何に経験者だろうと俺が出し抜くことは出来る。
覚悟は、決まった。
「……やってやる」
長らく中断されていた試合がまた始まる。
俺らがフリースローを難なく決めて、それから点差は7点ビハインド。まだ分からない。
味方がボールを受け取り、パスを繋いで前へ進んでいく。
この時、俺は基本出しゃばらずに安定するポジションを探すのだが、今回はなりふり構わずに突撃する。
「……何!?」
相手も予想外だったようで、反応が遅れる。俺はそれをスルスルと避けていき、点を決める。
これで5点差。
「おい、あいつなんだよ。滅茶苦茶うめぇぞ」
「あんな1年いたか?」
さっきまで空気の薄かった俺が急に出てきたことで、相手は慌ただしくなってきた。このパニックに一気につけ込む。
俺も点を重ねていき、チームメイトも次々にゴールを決めて点差はどんどん開いていく。相手は反撃こそするが、その攻撃は全く差を縮めることが出来ない。
10点、15点と点が拡がっていき、相手は戦意喪失していく。こうなれば、もう時間稼ぎをするだけでも勝てる。
そして――。
「シュッ」
俺が何度も何度も練習したスリーポイントシュートは綺麗な放物線を描いてゴールを揺らし、それと共にホイッスルが鳴った。
「うぉー!! かっけぇ!」
「あいつなんだよ! やべぇやつだな!」
他のクラスの人の声が次々に聞こえてきた。そして、目の前には部員でもない人にボコされて呆然とする相手チーム。
今まで練習していてよかった……。そうじゃないと、こんな声援受けることなんてほっとんどなかったわけだし。
にしても……気持ちいい!! ヤバいだろ! ほぼ英雄だぜ英雄! いやー、こんな日が来るなんて夢にも思わなかったな。
「流石だぜ、一郎!」
久留米が雑に肩を組んできた。
「そういう久留米はどうだったんだ?」
「こっちも決勝は勝ったぜ。俺のハットトリックで圧勝」
流石久留米だな。やっぱり1年生エースはレベルが違う。
「本当ならお前に俺の活躍を見て欲しかったけどな……」
それを言えば、俺も遊佐川と共に優勝の喜びを分かち合いたかった。
遊佐川の望んでいた通りに勝つことが出来て、俺も十分クラスメイトにアピールも出来た。それだけに、この場に遊佐川がいないのは残念だ。
「時間が合わなかったからしょうがないだろ?」
「ああ、それもそうだな。さってと、男子どっちも優勝とかえげつないこと出来たってことは、この後パーッと打ち上げだぜ? 一郎ももちろん来るよな?」
打ち上げなんて、中学の時は参加するどころか声さえかけられなかったんだよな。まあ、いてもいなくても変わらないやつを態々呼ぶほど向こうも暇してないわけだ。
勿論、誘われたら出るに決まってる。
「分かった。因みに場所は?」
「近くのお好み焼き屋は知ってるか?」
「ああ。あそこなら知ってるよ」
お好み焼き屋のチェーン店で、もんじゃ焼きが人気なお好み焼き屋だ。あまり行ったことないし楽しみだ。
「なら決まりだな。時間は後で連絡するから、さっさと予定済ませてこいよ」
……予定? 予定ってなんのことだろうか。
俺が忘れていることはないかと考えていたら、肩をトントン叩かれた。
「……凪?」
「あの……えっと……」
凪はモジモジと指を弄りながら、顔を赤くして俯いていた。その様子は、傍から見ても明らかに緊張していることが分かる。
凪は何かを言おうとするが、覚悟が決まらず何度か言い留まる。そんなことをずっと続けていたが、ある時覚悟が期末またように芯の通った声で言った。
「――放課後、体育館裏にきてくれません……か?」
それは……まさか……。
「リンチ?」
「違うよ!?」
良かった……命は繋がれた。
「と……とにかく。私、伝えたいことがあって、余り人がいるところだと言いにくいから、ちょっと……」
「ああ、なるほどな。じゃ、俺先行って待ってるね」
「あ……」
「んじゃ」
まあ、どうせ練習付き合ってくれてありがとうとか感謝の類だろう。凪は恥ずかしがりなところがあるし、そういうことを面と向かって言うのは苦手みたいだからな。
それなら、俺も断る道理はない。寧ろどんとこいだ。
……なんて、楽観的な考えをしていた俺は多分、馬鹿だったんだろう。
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