第16話 影響力
俺は凪に連れられて体育館裏へ向かった。部活はどこの部活もやっていない。サッカー部や、バスケ部の掛け声やボールの弾む音、野球部のキャッチボールの音、バットとボールが当たる音、吹奏楽部の楽器の音。それらの全く聞こえない。珍しく校舎が静かで違和感を感じる。まるで、人が全て消えたみたいだ。
「ここでいいかな……? うん、誰も聞いてない、よね?」
凪は何やら心配そうに周りをキョロキョロしていた。そんなに、俺と話すのが恥ずかしいのだろうか。それでよく今までバスケの練習ができたな。
「すぅー……。はぁー……」
はっきりと聞こえる深呼吸。マジでそんな緊張してるのかよ。
「なぁ、俺と話すのがそんなに緊張するのか?」
「え? ……まあ、今日は別……みたいな感じ」
どうやら、感謝とかそういうレベルの話ではないことは分かった。凪は俺に対して何か重要なことを伝えようとしている。
凪は、もう一度大きな深呼吸をしてから覚悟を決めた。
「私――一郎くんのことが好きです」
……は? こいつは、今なんて?
「一郎くんの目標に向かって頑張る姿を見てると元気を貰えて、私も頑張らなきゃって思えて、一郎くんは気づいてないかもだけど、凄く助かったんだよ」
「そう……か」
まともな言葉が出てこない。こういう時、俺はなんて返すのが正解なんだろうか。
考えてみたが、やっぱり何も浮かばなかった。こうなることを全く予想してなかった。
「だから! ……良ければ私と、お付き合いしてくれない、かな」
「……」
モテモテになりたいとか、スクールカーストトップになりたいとか、そういう上面のことばかりしか考えていなかった。
そうなった先で、俺は何がしたいのか。どうなる可能性があるのか、全く考えてなかった。
だから、今の俺には凪と付き合おうなんて考える覚悟も、凪を振る覚悟もない。
考えが甘かった。だから、何も言葉が思い浮かばないんだ。
凪は、いつもの少し気の弱い凪とは違って真っ直ぐ俺の事を見つめていた。俺の次の言葉を待っているんだ。
「ちょっと……いきなりでびっくりっていうか、俺こういう経験ないからまだ答えとか、自分がどうしたいとか分からないんだよ」
本当に、情けない。言い訳をダラダラとこねくり回して馬鹿みたいだ。
「答えはもう少しだけ待ってくれないかな」
「う、うん。今じゃなくても大丈夫だよ。少し考えてからでも全然」
「……ごめん」
罪悪感の中絞り出した言葉は、その一言だった。
「ううん。気にしなくていいよ。私だってすごく緊張してたからさ。一郎くんも、びっくりしてるだろうし」
「ああ、そうか。……そういえば、凪は打ち上げに来るのか?」
「うん、行くよ」
「そうか。じゃあ、また後で会おう」
「うん」
◆ ◆ ◆
「付き合う、か」
確かに、望んでいたことのひとつにそれは入るかもしれない。
でも、よくよく考えてみれば別に俺はそこまで望んでいた訳では無いのかもしれない。
ぼっちとしてずっと過ごしてきて、いわゆるリア充のヤツらが羨ましかった。だから、彼女が欲しいとかクラスの中で影響力を持ちたいとか人から信頼されたいとか思っていた。
でも、もしかしたらただ普通の人が過ごすような、ちょっと友達がいてたまに遊ぶような、当たり前の日常が過ごしたかっただけなのかもしれない。
「浮かない顔してるな」
「……海星」
「まだ打ち上げまで時間あるだろ? ちょっとカフェでも寄っていかないか?」
やっぱ流石だな。本当に、こいつはなんでもお見通しなのかもしれない。
「そうだな」
本当なら家で時間を潰すつもりだったが、カフェ近くにいたのでそのまま立ち寄ることにした。
カフェの店内を見渡し、1番隅の目立たない席に座った。
「球技大会が終わった後に何かあったんだろ? 悩みくらいなら聞いてやるよ」
そう言われて、俺は体育館裏であった出来事を一通り話した。
「なるほどな……。まあ、影響力を持っていくってことはそういうことだ。今まで無かったようなことが突然起こるようになる」
「でも、俺なんかがこうなるとは思わなかったんだよ」
「そうかもな。だがまあ、事実起こってしまったわけだし解決はしないとダメだ。悩んでも仕方がない」
確かに、その通りだ。グダグダ言っていたところで何も始まらない。
「解決策は2つしかない。YESかNOのどちらか。保留は先延ばしになるだけだからな。白黒ハッキリ付けないといけない」
「でも、心の整理がつかないんだよ。自分がどうしたいかなんて分かるはずがない」
「それなら、分かるようになることが必要になる。俺は前にお前に言ったことがある。こういう時、お前は何をするべきだったんだ?」
何をするべき……?
こいつが言ってたのは確かビジネスを参考にした発想だった。
以前久留米に話した時に言ってたはずだ。
「まずは、相手を知る」
「そうだろ? ならやることはなんだ? 思いつく限り上げてみろ」
相手を知るためには、相手と一緒にいる必要がある。話したりして相手がどんな人なのか知る。遊んだ時にどんな人なのかを把握する。プライベートで自分と相性が合うのか確認する必要がある。
……っておい。
「待て、デートに誘わないといけないのか? 俺が?」
「ま、俺は答えを知らないけど、お前がそう思ったのならそうなんじゃないか?」
んな無責任な……。前でも、悩み相談なら最後に決めるのは自分自身だ。それならそのまま快晴の言っている言葉が全てだ。
でも、いきなり過ぎる。デートに誘うのなら、今日の打ち上げが最高のチャンスになる。そんないきなり!?
「ま、今日は俺が助太刀してやる。何とかお前とくっつける機会を探すから、その後のことは全てお前だ。一郎がしっかり自分で伝えろ。それが何より大事だからな」
「……分かった。まあ、頑張ってみる」
海星は俺がそういったのを確認すると、満足そうな表情をして残っていたコーヒーを飲み干した。
時計を見てみると、打ち上げの始まる時間まであと少しになっていた。
「おい、時間やばいんだけど。なんで言ってくれなかったんだよ」
「時間内にはなんとかなると思ってたからな。元に間に合うんだし良いだろ?」
全くこいつは……。
俺もカフェラテを飲み干した。そして、海星が伝票を持った。
「奢ってやるよ。最近業績が上がってきたもんでね」
「それはありがたいけど、油断してると痛い目見るんじゃないか?」
「油断してるつもりはないよ。俺はいつだって慎重で臆病なんだよ」
そう言って、海星はカウンターへ向かい俺もそれについて行った。以前の俺のいた日常とは全く別物になった今だが、何とかやっていけるかもしれない。
さっきまで不安にばかり思っていたが、今ならそんな自信が湧いてきた。
そろそろ、俺も自分に自信を持ってもいいのかもしれない。
いや、持つべきなんだろうな。
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