第10話 感情は止まらない

 最近、私は1人の男子が気になっている。

 佐藤一郎。教室では特に目立つ人じゃない。だけど、私の目を引く何かを持っている。

 別に好き……とかそういうのでは無いんだと思う、けど。でも、多分それに近い何か。

 

 佐藤くんは、いつも隣の席にいる永川くんと喋っている。


「そういえば、最近取引先がさ〜――」


「いや〜ここリスケするか……」

 

 正直言って、永川くんの方は本当に高校生なのかと疑問に思うくらい、何を話しているのか分からない。

 多分、佐藤くんも分かってない。だって、上の空で返事してるし。

 でも、そんな意味のわからない話をする永川くんだけど、とある話になると急にわかりやすく話を始める。

 佐藤くんは、どうやら友達が欲しいみたい。なんていうか、そんな単純な悩みを抱えているところがちょっと可愛い。

 とはいえ、私も友達を作るのは得意な方では無いし、言えるような立場じゃないけど。

 まあ、そのくらいだったらちょっと気になるくらいで済むけど、私の価値観が大きく変わってしまうような出来事を見てしまったせいで、佐藤くんのことに目が離せなくなった。

 ――それは、つい最近のこと。


「はぁ……。先に帰っちゃうなんて酷いよ」


 私が図書室で勉強をしていたら、友達が先に帰ってしまった。

 私は部活に入っていなくて、毎日図書館で勉強をして友達の部活が終わるまで待つんだけど、今日は部員とご飯を食べに行くからと帰ってしまった。

 しょうがなく、私は1人で帰ることにした。

 久しぶりに一人で帰ると、何故か心細く感じる。もう高校生にもなるのに、こういう子供っぽいところがあると思うとまだまだ子供なんだなぁと思う。

 私ってちょっと抜けてるところがあったりするって言われるし、そう考えると周りからも子供っぽいと思われてるかもしれない。


「……!」


「……!」


「……なんの音だろ?」


 薄暗い公園から声が聞こえた。ちょっと怖かったけど、どちらの声も聞き覚えのある声だったしその公園を見に行った。

 すると、1部すごく明るく光っている場所を見つけた。どうやら、バスケットボールのコートを使っている人がいたみたいだ。


「……あ」


 佐藤くんだ。

 佐藤くんが、遊佐川くんとバスケットボールをしている。じっと見ていると、会話から何となく状況が読み込めてきた。

 佐藤くんは球技大会のための練習。遊佐川くんは部活のための練習をしているみたい。これが、永川くんがよく言っているwin-winの関係なのだろう。

 

「くっそ! おまっ速すぎだろ」


「さっさとついて来なよ。これくらいで音を上げてるようじゃ、経験者には勝てないよ」


 2人は凄いスピードでドリブルをする。特に、遊佐川くんのスピードが桁違いだ。

 佐藤くんは、そのスピードに何とかついて行くのが精一杯でさっきから振り回されっぱなしだ。

 でも、凄い頑張っている。

 佐藤くんのこんなに頑張っている姿を、私は見たことがなかった。授業を眠たそうな目で見ていて、要領よくやっていそうな佐藤くんが実はこんなに努力家だったとは知らなかった。

 友達が少ないという悩みを自分でしっかり受け止めて、それを解決するために全力で立ち向かっている。

 そんな姿を見て私は――。


「――かっこいい!!」


 思わず、そう思ってしまった。

 その後、大きな声を出しすぎて口を噤む。でも、佐藤くん達はバスケットボールに集中していて気づく素振りはなかった。

 遊佐川くんの凄く速いパスを必死に受け止めたり、ドリブルをしながら遊佐川くんのスピードについて行ったり、必死な姿が本当にかっこいい。

 私は、気付けば佐藤くんに夢中になっていて、佐藤くんの練習は直ぐに終わってしまった。


「じゃあ、帰ろうか」


「あ……!」


 まずい。こっちに来ちゃう。

 私がこんなところに立ち止まっていたら、明らかに不自然だ。

 急いでカバンを拾い上げて、そして――。


「あいたっ」


 つまづいて転んだ。

 それで、もう1回カバンを拾い上げて公園から離れる。うう……やっぱりこうなる。

 

 ◆ ◆ ◆


「流石、中学でスポーツをやってただけあって飲み込みが早いな」


「そうか?」


 まあ、そうでないと困る。これだけ厳しい練習をしておいて、何も成果を得られませんでしたとか心が折れるわ。

 あれから何度か練習を続けて、何とか遊佐川についていけるようになったものの、未だ毎日の疲労や筋肉痛が取れない。

 その筋肉痛を無視して、遊佐川は毎日厳しい練習を組む。

 俺は「筋肉痛が……」と相談したこともあったが、その時は大概「そういうの言ってるほど余裕はないぞ」と言割れて絶望した。

 ちょっとくらい無理してもバチは当たらねぇ。ということらしい。正直その考えはやめて欲しい。


「そういや、一郎は気付いてたか?」


「何が?」


「その様子じゃ気づいてなかったか」


「……よく分からないんだけど」


 何を言いたいんだ? 知らんうちに財布抜き取っておいたとか? 流石に遊佐川はそんなことしないもんな。

 じゃあなんなんだ?


「一郎にもファンがいるってことだけ言っておくよ。しかも、可愛らしい子だよ」


「なんの冗談か分からないけど……なんかすげぇ馬鹿にされてる気がする」


 特にここまでのイケメンにいい笑顔で言われると余計に嫌味にしか聞こえない。

 もしかしなくてもわざとやってるんだよな……。


「まあ、そう思ってるといいよ。少なくとも今の間はね。でも、覚えておくといいよ。どんな人でも、ひょんなところから『その時』っていうのは来るものだよ。だから、もう少し自分に自信を持った方がいい」


「その時って言う言葉はちょっと響きが悪いな」


「運命ってことだよ」


 まあ、恋愛の話をしているのは分かった。でも、俺は肝心な論点が分からない。遊佐川が果たして恋愛の中の何について話をしているのか。そして、何に気づかせようとしているのか。

 多分、自分で気づけと言うことなのだろう。答えくらい教えてくれてもいいのに、意地の悪いやつだ。

 

「まあ、そんなことはともかくだ。一郎も大分バスケが出来るようになったし、今度の休みの日に少し行きたい場所があるんだけど……どうかな」


「その行きたい場所に誰とどこへ行くかによるけど」


「ああ、人はいつも俺がクラスで話している人達だよ。自分で言うのもなんだけど、結構仲良くやってるから信頼出来るよ。それと、場所なんだけど、少し離れるけどバスケットコートに行くのには変わりはないよ」


 なるほど。


「チーム戦か」


「そういうこと。今のところ、まだ君はチーム全体での練習はしたことないからね。来週球技大会のメンバーが決まるし、その前には慣れておきたいだろ?」


「確かに」


 いい経験ができるし、久留米と遊佐川以外のカーストトップメンバーと接触を図れるのはかなり大きなメリットだ。断る理由がない。

 けど……休日返上で練習か……やらないととは思っていたが、いざ決まってみるとやる気が起きない。


「どうかな? 断ってももちろん構わないけど」


 遊佐川は悪そうな笑みを浮かべまた。こいつ、わかって言ってるだろ。


「そんなもん決まってるだろ行くしかないってもんだ」


「良かった。それじゃあ、明日は楽しみにしてるよ」


 力試しできるから楽しみとはいえ……休みは……休日だけはゆっくりしたかったぁ……。

 まあ、これも自分の為だしやるしかないか。

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