第9話 スパルタ
次の日、俺は教室で久留米の言う『取っておきのやつ』が来るのを待った。
誰が来るのかは予想が着いている。というか、そいつ以外有り得ない。
遊佐川晴夏。中学時代はバスケットボール部のキャプテンとして活躍していたらしい。
背も高くてイケメンで、誰にでも優しいし手を貸す。そして、なんでも全力でこなす。
絵に書いたようなイケメンだ。本当に、そういうのは爆ぜるべきだ。
まあ、んな事言ったら話が進まないから言わないけど。
「――っ!!」
突然飛んできた物体。俺は寸でのところで受け止めた。
「……バスケットボール?」
「うん。いい反応だね」
そのボールを投げた張本人は、教室の扉の前に立っていた。
「危ねぇよ」
「ごめんごめん。でもこれくらい反応できないと、俺の練習相手としては不十分だからね」
爽やかなイケメンスマイル。これに比べたら俺の笑顔はゴブリンスマイル。
……考えるのをやめよう。泣けてきた。
「それにしても……練習相手か」
「そうだよ。一郎の練習に付き合うだけじゃなくて、出来れば俺にもプラスになるようにしたいからね」
なるほど。てことは本当に厳しい練習になりそうだな。
「それで、どこで練習するんだ? 学校はもう無理だろ?」
今は夜の7時。体育館は閉まっているし、校舎ももうそろそろ閉まってしまう。
練習ができるような時間はない。
「実は、この近くにバスケットコートのある公園があってね。街灯もあるからプレーには支障はないと思うよ」
「へぇ。なら早くそこに行こうぜ」
「ああ。じゃあ、基礎的なことを教えながら適当に自己紹介をしようか」
そう言って、俺たちはバスケットコートのある公園へ向かった。
その道中では、ひたすらドリブルの練習だ。人通りはそこまでないし、車の往来もない。だから、何も気にせずに練習ができる。
股の間に通したり、後ろにボールを回したりしながらステップを踏み、その片手間に自己紹介などお互いについて話をした。ドリブルするだけならなんともない。だが、人の話を聞いたり話をしたりしながらやるのは骨が折れる。
こいつ、初心者の俺に何を求めてるんだ……?
そんなことを考えながら、バスケットコートに着いた。
「お、結構でかいんだな」
「そりゃあ、コートのある公園なんて何処もそうだよ。さて……と。早速やろうか」
遊佐川はブレザーを脱いで、ワイシャツの袖を折った。どうやら着替えずに制服のままやるみたいだ。これじゃジャージを持ってきた意味がない。
「まずはパスからだな」
「分かった」
バスケットコートで、先ずはパスのフォーム確認。それから、コーンを置いてドリブルをして動きながらパスを回した。
……速すぎだろ。
遊佐川のパスのスピードもそうだが、ドリブルも速すぎる。付いていけてるのかさえ分からない。
やべ、これめっちゃ疲れる。
「おい、スピード落ちてるぞ!」
「そりゃ、落ちるだろ」
「辞めたいならいつでも辞めていいからな」
「……」
厳しすぎだろ。俺、めっちゃ優しいって聞いてたんだけどこいつ鬼軍曹だよ。ヤベーよ。
勿論、できるだけ楽しようなんて考えてはいない。それでも、ここまで厳しいと弱音の1つや2つ簡単に出てくる。
「来い!」
「ぬぉぉぉぉ……!」
地獄の亡者のような呻き声が当たりを木霊する。いや、ここはまさに地獄だ。地獄以外の何物でもない。
今日はドリブルとパスを何度もなんともひたすら続けて、俺が疲れて立てなくなるまで練習は続いた。
◆ ◆ ◆
「はぁ……はぁ……。やっべぇ、死ぬ」
厳しいとは聞いてはいたが、まさかここまでとは思わなかった。
球技大会まではまだ3週間もある。その間ずっとこれが続くとなると……。
いや、なんの苦行だよ。
「飲み物買ってきたぞ」
「ああ、ありがとう。後で返すわ」
「いいよ別に。俺バイトしてるし、わざわざ自主練に付き合ってくれるわけだからな」
「まともな練習相手になってればいいけど」
「なってるさ。そもそも、うちの部活じゃ練習に付き合ってくれるやつもいないからな」
「そうなのか」
そういえば、部活で強豪といえばサッカーくらい。バスケ部の話は全く聞かない。
「学校が近いからここを選んだけど、部活はやる気のない人ばかりなんだ。でも、素質はピカイチだからやる気さえ出してくれれば勝てる。だからこそ、フリーの一郎が必要なんだ」
「と言うと?」
「帰宅部にやりたい放題されたら、流石に黙っちゃいられないだろ?」
つまり、俺をセンパイや同級生のやる気に火をつける燃料にしようってことなのか。
なるほど、通りで指導に熱が入るわけだ。まず、やる気を起こすための条件として俺が活躍する必要がある。
つまり、俺が経験者と互角かそれ以上に活躍しなければ行けないわけだ。
「一郎はサッカー経験者なんだろ? なんで球技大会でバスケ選んだのかは分からないが、それでも感謝してるよ」
バスケにした理由は、あまり人に言えるような理由じゃないんだよな。
久留米の時と同じだ。少々、罪悪感を感じる。
だが、それよりも自分の体力の限界まで動いた爽快感の方が、今は優っていた。
「改めて聞くけど、これからも俺の練習に付き合ってくれるんだよね?」
「――当たり前だろ」
「……良かった。なら、俺と一緒に優勝しようぜ。初心者の一郎が部活の先輩を嘲笑うようなドリブルをするんだ。最高だろ?」
「ああ。確かに言えてる」
俺は、遊佐川とグータッチをした。
スポーツの力は本当に凄いと思う。全く縁のなかった人でも、スポーツを通して一瞬で仲良くなれる。
取り敢えず、それなりに信頼感は勝ち取れたと言っていいだろう。後は、練習を継続するだけ。
とはいえ、ここが1番苦労するところなんだけどな。
◆ ◆ ◆
「たでーまー」
「あ! お兄ちゃん遅いよ〜。待ちくたびれたんだから」
リビングに入ると、仁奈がソファーに座って楽しそうにバラエティ番組を見ていた。
「そう言いつつもそんなに待ってないんだろ?」
「てへ。バレちゃったか……」
バレるも何も、今朝レッスンがあるから遅くなるって言ってたしな。
「お母さんとお父さんは?」
「まだ帰ってきてないよ。今日は残業らしいね」
共働きだから、たまにこういう時がある。普段はお母さんがご飯を作ってくれるが、こういう時は基本俺か仁奈のどちらか早く帰ってきた方がご飯を作る。高校に入ってからは部活に入ってないこともあって、夕飯は大概俺が作っていたが、今日は仁奈が料理を作ってくれたみたいだ。
今日は炊き込みご飯と豆腐とわかめの味噌汁に鯖の塩焼き。The家庭料理って感じだよな。
「今日はまごごろこめて作りました」
「ふーん」
「うう……冷たいぃ……」
そうやって面と向かって言われると恥ずかしいんだよ。察してくれ。
「取り敢えず、食べるか」
「違うよ。先ずはお風呂入ってきて。ちょっと汗臭いしなんか泥とか汚れてるし……。何してたの?」
「友達とバスケしてた」
「お兄ちゃん、友達出来たんだ。良かった〜」
なんかバカにしてるようにしか聞こえないが、仁奈に悪意は全くない。心から、良かったと思っている。
「でも、寄り道はお姉ちゃん感心しないよー?」
お前は妹だろ。
「……風呂入ってくる」
「うん。早く出てきてね。待ってるから」
……これは一体、なんのやり取りなんだろう。
なんて思いながら、俺は風呂場へ向かった。
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