第6話 嗚呼同志よ
「良いか。取り敢えずやるだけのことはやった。あとは行動あるのみだぜ」
海星が授業始まる前に言った言葉。俺はそれをよく噛み締めた。
「分かってる。できるだけ頑張るよ」
情報をあらかた集めて、知識も吸収して話す準備も十分できた。あとは、隙を見計らって行動を起こすだけだ。
これに関してはタイミングを逃してはならない。
さりげなく自分からアプローチしていくか、それとも偶然のチャンスを待ってすかさず飛び込むか。
自然に話すにはどちらかしか方法はない。時間が限られているのなら、尚更やることは絞られる。
俺はらひたすら話しかけるタイミングを探した。
「昨日部活仲間と映画見に行ってさ〜」
「なになに? どんなの見に行ったの?」
「あ! それめっちゃ有名なやつじゃない?」
昼休み。
グループからは、そんな楽しそうな会話が聞こえてきた。何の変哲もない日常会話だ。
俺は、毎日同じグループで一緒にいて良く会話が尽きないなと思いながら話を聞いていた。
その次の授業は音楽、つまり移動教室だ。みんな自分のペースで準備をして、一人一人教室へ向かう。だから、ここが1番のチャンスだ。
――1人になったところを見計らって話しかけてやる。
なんか、言葉の響きが余り宜しくないが、これはあくまでも友人を作るだけで何か変なことしようってことではない。
昼ごはんを食べ終わって人達は、お手洗に行ったりグループから別行動にへと変わった。
そして、久留米が1人になると教科書やリコーダーの準備をして廊下を出る。
ここだ!
俺は廊下に出た久留米を追った。
「なあ、久留米……だっけ?」
「ん? ああ、確か佐藤だったか? なんだかんだ初めて話すよな。どうかした?」
久留米は俺の名前なんて覚えていないと思っていたから意外だった。
それしても、会話をするのに言葉が浮かばなくなる。この際口先で頭使ってこねくり回すなんて無理だ。もうストレートに行くしかない。
「その筆箱のストラップさ。ELE-がーるのだよな。アイドルとか興味あるの?」
さて、どうだろう。今ので反応をしてくれるのか、それとも適当にあしらわれるか……。
正直これで無理なら詰みだからなんとか反応してくれ!!
「うぇぇぇぇ!? マジ? おまっ、同志なん?」
凄いテンションの上がりようだった。いつもの久留米も十分ハイテンションだが、これはそれ以上だ。
これはもう畳み掛けるしかない。
「電脳世界は満喫した」
ELE-がーるは、パソコンのネットワーク世界に住み着いたAIなんて言う突飛な設定がある。まあつまり、ライブ会場が電脳世界と繋がってるみたいな、そんな話らしい。
だからこの言葉を使った。
この言葉に対しての反応は……言うまでもない。
「流石! うわっ。マジでいるとは思ってなかったわー。すげぇ。これ奇跡っしょ」
「ああ。奇跡だな奇跡」
「因みに推しは?」
「マリちゃんだな」
「マリちゃんかー。俺おそらちゃん好きなんだよ! めっちゃ可愛くてさー」
いつもとは打って変わって生き生きとした顔。マイナーなアイドル推しなんて趣味を共有出来る人なんてほとんど居ないはずだ。
こうやって出会えたとなれば無理もないだろう。
そんなことが起きたら、俺だって興奮を隠せなくなる。
「俺さ、中学の時とかアイドル好きってのを隠しててさー。高校でもあんま公にしてなかったわけよ。でも、これなら堂々とELE-がーるを大好きだって言えるな!」
久留米は「じゃ、友達待ってるし俺は先行ってるわ!」と言って走って音楽室へ向かった。
俺はそれを見つめながら、ふと心がモヤモヤとしていることに気づいた。
これは、友達が出来た嬉しさでも、目標へ第1歩踏み出した達成感でもない。
罪悪感だ。
別に、俺はELE-がーるのことは好きだしやましいことなどしていない。だが、何故か人を騙したような気持ちになる。いや、それどころか騙したのと同じだ。
「よっ。上手くいったみたいだな」
海星が俺の肩を荒く叩いた。俺が目標を達成したのを見て、満足をしたみたいだ。
「まあな」
「? ……なんか元気ねぇな」
流石に、ここまで態度をあからさまに出しているとバレるよな。
「なんか、人を騙してるみたいだって思ったんだよ。久留米の喜んでる姿を見ると、余計に俺が詐欺師に見えてくる」
「でも、お前もELE-がーるは好きなんだろ?」
「……まあな」
だけどそういう問題ではない。そう言おうとしたが、海星に止められた。
「言いたいことは分かるよ。確かに、そういう気分になることもある。でも、別にそれは騙したんでもなんでもない。お前はELE-がーるが好きっていう共通点があったから知り合えた。相手はそこに1番価値を持っている。どうやって好きになったのかとか、そういう過程の話なんてどうだっていいんだよ」
「……よく分からん」
「久留米も、一郎もELE-がーるが好き。その事実だけでいいんだよ。寧ろ、そこがいちばん重要なんだ。だから、深く考える必要は無い」
「……ああ」
正直、この心のモヤモヤを消す解決策は今のところ何も無い。
今の海星の話も、分からなくはないが納得はいかない。この答えを見つけるのには長くかかりそうだ。
「ま、とにかく過ぎたことはしょうがねぇよ。今は次を考えろ。一応、次のステップは考えてある。それの話をしよう」
「分かった」
「放課後、場所はいつものカフェな」
「了解」
確かに、海星の言う通りなのかもしれない。今過去のことに引き摺られてしまったら、どんどん悪い流れに捕まってしまう。
まだ、俺のやることは沢山あるわけだし、先ずは積み上がっている問題を1つずつこなしていくのが先決だ。
「ありがとう。なんか、海星のお陰でなんか気持ちに楽になった」
「まあ、精神のケアも教育には必要不可欠だからな。悩みがあったらいつでも聞いてくれ。解決できるかは分からないが、少なくとも話し相手くらいにはなれる」
「ああ。助かる」
別に、悩みを相談すると言われただけなのにスっと心が楽になる。
こういうことも考えてやっているのだろうか。まあ、海星のことだからそうなのだろう。
別に価値を押し付けるでもなく、ほんの少しの心の支えになってくれる。多分、まともに人付き合いをしていたらモテモテなのだろう。
「……さて! そろそろ授業も始まるし、俺達もそろそろ行きますか」
「そうだな。あの先生、普段はのほほんとしてるのに急に怒るから怖いしな。流石に、遅刻で雷はやめて欲しいな」
「確かに、それは言えてる」
海星は伸びをして、それから大きな欠伸をした。遅刻しそうというのに、別に危機感1つ感じられない。
正直言って俺は今もヒヤヒヤしていて、1人で走っていこうかなんか考えている。だが、海星の調子に合わせていると、何故かそんな気持ちも失せていく。
だから、俺も特に急ごうとはしなかった。
俺は、マイペースで気の抜けた人の後ろを、のんびりとついていった。
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