第5話 大将

「アイドルのこと、めちゃくちゃ詰め込ん出来たけどけど」


「よくやった。なら次はアウトプットだな」


 アイドルのことを詰め込みに詰め込み、久留米の好きなELE-が〜るについてならかなり深い所まで知ることが出来た。

 個人的にもアイドルを趣味にしても良いかもと思うくらい面白かったし、久留米に自分が好きなことを伝えられるはず。

 ただ、予行練習は必要だ。その為のアウトプットなのだろう。


「なにするんだ?」


「それはだな。一郎には、実際にELE-が〜るのライブに行ってもらう」


 ……は?


「生で見るのか」


「当たり前だろ? そうじゃないと魅力の本質までは気づけないだろ。それに、同じファンと繋がって実際に雰囲気を感じるのも大事な事だ」


「ふむ……」


 まあ確かに、一理あるのかもしれない。

 ただ、正直恐怖がある。学校内ならまだしも外となると、どんなトラブルが待っているか分からない。

 自分が何もしてなくても、トラブルに巻き込まれることだってある。そんなリスクを背負ってまで、本当に行く必要があるのだろうか。


「一郎に必要なのは行動力だ。俺がこうしてビジネスをやれてるのも、社会に対して行動して努力したからだ。何も努力しろとは言わない。動こう。それだけだ」


「簡単に言うけどなぁ……」


「安心しろ、俺もついて行く。教育と言った以上こっちにも責任があるからな」


 海星の一言で、心が軽くなった。

 自分の責任を理解して、そしてその為に俺の事を最大限サポートしてくれる。

 これほどまで安心感を持てる人は、今まで会った中ではそうはいない。それこそ家族くらいというものだろう。


「なら……行ってみるか。……着いてきてくれるんだよな」


「勿論だ。任せろ」


 ◆ ◆ ◆


 都心へ向かい、アンドルの聖地アキバに着いた。今日はここでライブがあるとの事。

 アイドル専門のライブ会場があり、俺たちはその会場の目の前まで来た。


「こんなところあるのか」


「まあ、俺もびっくりしたな。ライブハウスって言ったらバンドってイメージがあったからな。んじゃ一郎。行こうぜ」


「おお、んなすぐ行くのか」


 海星には心の準備が必要ないのだろうか。

 そう思うくらい、ずんずんと中へ進んでいく。そして、チケットを買ってドリンク代を用意、入場。

 それまで何も躊躇いはなかった。

 会場内は熱気で溢れている。始まるまで待てないというファンの気持ちが嫌という程に伝わる。


「海星」


「……言わんとしてることは分かるけど一応聞こう。なんだ?」


「温度差が凄い。エネルギーがやばい。話せそうにないんだけど」


「いや……これは俺も予想外だった。ある程度熱狂的なファンがいるのは頭に入れてたけど、まさかここまでとは……」


 海星は少し顔が引きつっていた。

 正直、万能だと思っていただけに意外だった。海星も人間だってことか。

 SEが入り、ファンの掛け声とともにELE-がーるのメンバーがステージに入ってきた。


『こんにちは! 電脳世界から貴方をサポート! ELE-がーるでーす!』


 マジでこれ言うんだ。なんて考えながら、ライブは始まった。

 俺たちはファンの熱気についていけず、端っこである程度合いの手を入れながら楽しむことにした。

 それにしても、この人たちは凄い。ファンの熱気はただでさえ凄いのに、それを上回るエネルギーでファンを纏めあげる。

 そうして生まれた一体感は、もはや芸術にも劣らない。


「結構楽しいな!」


 海星もこの雰囲気をエンジョイしているみたいだ。アイドルに関しては無関心だった海星だけに、意外だ。

 俺も、この空間を満足できるまで楽しもうと兎に角リズムに乗って体を動かした。

 

 そして、俺たちはアンコールまでライブを楽しみ尽くした。

 何となく、ライブでどんなことをすればいいのか理解出来たし、人気の曲が何でどれが盛り上がるのかも把握出来た。

 これだけでも、この場所に来れた価値はは大きいだろう。

 ライブが終わると、アイドルとの交流会みたいなものがあるらしい。メンバー一人一人に列ができていて、なにやら応援の言葉やライブの感想を言っているらしい。

 マイナーとはいえ、満員のライブ会場。列は長い。


「一郎、お前行ってこいよ。声掛けておいた方が後々会話も弾むだろ」


「そうだな」


 まあ、そうなれば恐らく俺の推しになるのであろう緑色の人に話しかければいいんだな。

 マリちゃんという愛称で呼ばれていて、妹曰く大将と言うと喜ばれるそうだ。

 正直、何の大将なのかは分からないが、珍しい人もいるものだ。

 まあ、とはいえ初対面でいきなり大将は失礼だし、当たり障りのない話をして様子見だな。

 あ、呼ばれた。


「こ、コンチャッス。初めて来たんすけど、スゴカッタッス」


 あ、ぼっちの弊害が……。


「来てくれてありがとー! そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。同じくらいの年だろうし、畏まらなくていいよ!」


 そういや、ファンとの距離は近くみたいな感じでやってるんだったか。

 この人、結構元気な人で優しそうだし、寧ろ押せ押せでいいのか?

 まあ、どうせ一言二言しか喋れないんだし、もう締めるか。


「また見に来ます」


「ありがとう! またねー!」


「おう、大将」


「あいよー! ……ってちょ!?」


 突然景気の良い声に切り替わった。なんかちょっと面白いな。


「き、君……! ちょ、ちょっと待って!」


「ま、マリちゃん落ち着いて!」


 なにやら後ろが騒がしいが、海星は外へ出てしまったみたいだし俺もそろそろ外へ出るか。なんか、仁奈が言ってた通り喜んでくれたようで何よりだ。


「よっ。終わったか」


 外では海星がスマホを弄りながら待っていた。


「海星はスマホゲームするのか?」


「たまにな。でも、あんまりそういうことする暇は無いからな。スマホを使うとしたら、基本的にニュース漁ったりとかSNSで発信したりとか、あとは仕事で使うくらいか」


「へぇ……俺なんか遊んでばっかりだよ」


 なんか着いていけないな。レベルが違いすぎる。

 俺が学生で遊んでる間に、海星はもう社会人に片足突っ込んでるわけだ。


「まあでも、別に俺のしてることが正解ってわけじゃない。学生を満喫するのもその人が選んだのならそれが正解なんだよ」


「そんなもんなのか」


 あまりよく分からない。まあ、でも今やれることやりたいことをやるって言うのは大切か。

 そうだとしたら、俺が目指すのはリア充の一点だけだな。いやー楽しみだなー。なんたって目立つキャラになれるだけでモッテモテだぜモッテモテ。顔なんて……まあ大事な要素だけどクラスの中心になるだけで注目されんだし。


「リア充王に俺はなる」


「なんか、その響きだと不純な感じがするよな」


 なんとでも言ってればいい。これは俺が決めたことだ。

 さて……帰るか。


 ◆ ◆ ◆


「マリちゃん、大丈夫?」


「うん、だいじょーぶだいじょーぶ」


 私はさっき出会った男の子のことを考えていた。

 大将……。なんでその事を知っていたのだろうか。口に出すなんてこと殆どなかったはずなのに。

 一体、さっきの子は何者なんだろう。そういえば、あの顔ってどこかで見たことあるような……。気のせいかな?

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