第4話 アイドルが大好き

「なるほど……」


 海星は興味深そうに呟いた。

 今は以前海星と俺が話したカフェに集まって次に何をするか考えている。

 久留米がアイドルファンだと発覚して、これから本格的に動くというところなのだが……。


「よし。それなら次は簡単だ」


「お、そのアイドルの話で話しかければ……」


「違う違う。そもそも、まだ一郎にまともな知識がないだろ?」


「まあ、確かに」


 知ったかって1番ウザイもんな。


「だから、まず必要なのはインプットだ。知識を詰め込んで、それを話せるようにするんだ。一郎の周りにはアイドル好き入るのか?」


「あー……」


 アイドル好きっていうか……まんまアイドルがいるな。


「その顔はいるって顔だな。それなら、お前もアイドルを大好きになってそいつと話してみればいい。ある程度引き出しが出来れば、本番だな」


「なるほど」


「それで一郎の情報だと、普段からアイドルグッズを密かに持ち合わせてるんだよな」


「ああ」


 ロゴのキーホルダーだとか、あまり目立たないものをさりげなく筆箱に着けていたりしていた。


「てことはある程度密かに隠しながらも、同士を探してるってことだ。遠慮せずに話し掛ければいい」


「そこがハードル高いな……」


「話しかけないと友達になれないだろ? そこは気合い入れろよ」


「まあ、そうだな」


 ここまで来て弱気になる意味は無いもんな。 


「そんで、インプットする時は常に話のネタにすることを意識して見るんだ。当たり前のことだが、忘れるなよ?」


「ああ」


 俺の場合、映像に見入りすぎて忘れることもあるし、そこは1番注意だな。


「よし、話は纏まったな。頑張れよ」


 そう言って、海星はコーヒーを1口飲んだ。俺も、それにつられてカフェラテを1口飲んだ。


 ◆ ◆ ◆


 海星と別れて家に戻った後、仁奈が帰ってくるまでリビングでゲームをしながら適当に時間を潰した。

 今日はレッスンがあるとかで、遅くなるらしい。日が落ちかけた頃にようやく仁奈が帰ってきた。


「ただいまー」


 疲れた顔せず相変わらず元気に家に戻ってきた。


「仁奈ー」


「なになにお兄ちゃん」


 呼んだあとも、嫌な顔一つしない。できた妹を持ったものだなぁ。


「ELE-が〜るのCDとかってあったりする?」


「……おおっ!? ついにお兄ちゃんもエレキストの仲間入りなのだね!」


 エレキストってなんだよ。


「あるよ! もう全部揃えてるからね。よりどりみどり!」


「八百屋かよ。まあ、なんだ。ちょっとライブビデオとか見てみたいんだけど」


「ほぉほぉ……。じゃあ取っておきのを持ってくるよ」


 仁奈が部屋に戻り、なにやらガサガサと何かを漁る音がした。

 そして、数分するとリビングへと戻ってきた。


「スイッチオーン!」


 電源をつけてから、よく分からない掛け声とともに、仁奈がDVDをセットした。

 そして、映像が始まる。

 ELE-が〜るは5人組のグループで、赤青黄緑ピンクで別れている。ピンクじゃなくて紫の方が被らない気もすると思ったが、どうやら赤とピンクは姉妹らしい。納得。


「うっひゃー!」


「……」

 

 我が妹ながらドン引きだもうドン引きだ。いや、普段相応の態度ならまだ微笑ましく思えるんだが、ここまでヒートアップしてキャラが変わってしまうと着いて行けなくなる。

 置いてけぼりの俺は、取り敢えず映像に集中することにした。

 当たり前の話だが、アイドルだから皆顔が整っている。だが、皆に個性がありカワイイ系だとかクール系だとかキャラが濃い。

 仁奈曰く、声優さんも混じっているそうで、それならば一人一人のキャラにも納得がいく。


「お兄ちゃんはどの子が好き?」


「うむ……」


 俺自身、興味があって見始めた訳では無いし難しいところだ。ただ、今から趣味にするのもいいかもしれないとも思ってる。


「緑かピンク」


「名前で言ってあげてよー」


「いや、名前そんなすぐに覚えられないし」


 アニメとか見る時は、真っ先に主人公とヒロインに目がいくのだが、今はリーダーである赤い人より好きかもしれない。

 緑の人は愛想が良さそうで、ピンクの人は人懐っこそう。


「因みに、理由は何?」


「なんか、仁奈を真っ二つに割ったらこう別れるのかなと」


「怖い! 表現が色々と怖い!」


「あ、でもいらんとこは削ぎ落としたいよね。かんなとかで」


「アイドルだけに!? ていうか怖いよ!」


 いや、そういう意味で言ったわけじゃないから。

 そして、仁奈は今の弄りの仕返しとばかりにアイドルのマシンガントークが始まる。

 まあ、俺としては知識が増えるしむしろ有難いところだな。


「効かない……!?」


「いや、今のマジで仕返しのつもりだったのかよ」


 こういうところにも優しさがある。優しさというか、ちょっと抜けているのだろうか。

 アイドルに興味があってライブビデオを見てるのに、アイドルの話が仕返しになるわけないだろうに。

 俺は喉が渇いたのでお茶を取りに行こうとした。すると、仁奈がふふっと笑った。


「なんか、お兄ちゃん変わったね」


「そうか?」


「うん。中学の頃とは全然違う。高校になってから楽しそうにしてる」


「楽しい……かどうかは分からないな。どちらかと言うと右往左往してる」

 

 正直、自分では楽しいという自覚はない。寧ろ、忙しない日々に追われて毎日プレッシャーを感じている。

 でもまあ、仁奈が楽しそうというのだからそうなのだろう。


「アイドルに興味を持ったのも関係してる?」


「……まあ、直接的ではないけど、それなりに」


「へぇ……」


 今の俺の言葉がどう解釈されたのかは分からない。だが、少なくとも勘違いが起きているのは確かだ。


「じゃあ今度私のライブに来てよ。私を応援してよ〜」


 ふにゃりと頬を緩ませる。そういうさり気ない仕草も、一々構いたくなる。

 まあ、そうは言っても妹なわけだから慣れた。


「ハッ、嫌だね。なんで身内を態々見に行かんといけないんだよ。金の無駄だ」


「あー!! 酷い! で、でも身内ならお金入らないから……」


「交通費がかかる」


「あー! 来てくれない! なんで? 私の何がダメなの?」


 必死なアピール。てっきり来てくれるものだと思っていたのだろう。

 そんなわけないだろう。


「いや、だって家で歌ってくれたら終わりだろ」


「で、でもメンバーの皆もいるよ……?」


「そっか……じゃあ仁奈以外を目当てに行けばいいのか」


「うう……お兄ちゃんがドライだ……えさひすー……」


「やめい」


 全く。油断ならないぜ。


「冗談だよ冗談。予定さえ空いてれば行くから安心しろ」


 と言うと、ほっとした顔で仁奈はべしべしと俺の背中を叩いた。


「からかってた! 今絶対からかってた!」


「はっはっは」


 仁奈は性格が良すぎるし、みんなに信頼される。だから、皆に優しくされる。

 あたたかい世界に包まれているからこそ、仁奈も皆を信用してしまう。

 そこで、最近俺は面白いくらい冗談に引っかかることに気付いてしまった。

 正直、兄として失格だとは思うがこれが中々面白い。普段見れないような表情を見るのは楽しい。


「むー……」


 ……そろそろ本気で拗ねそうだし、そろそろ辞めておくか。


「ごめんごめん。あ、じゃあ他のライブも見よう。俺ももうちょっと色々知ってみたいし」


「うん、わかった。じゃあ今度は……」


 良かった。期限を持ち直したみたいだ。

 それなら、今日は心ゆくまでアイドル談義を楽しもうではないか。

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