愛の使者☆はぎゅみ〜

小高まあな

第1話

「てめぇが、チクったんだろ!!」

「ち、違う、僕じゃない……」

「お前以外の誰が万引きの話を知ってるんだ! バラしたのはお前だな?」

 ガタイの良い不良が、ガリガリのメガネの陰キャにつめよる。

 窃盗行為を教師に知られ、停学処分。その原因がメガネにあると踏んでの行動。

 高校の裏庭でそんなことをするなんて、随分と後先考えなくなっている証拠だろう。部活棟の階段の踊場からは、裏庭がよく見えるのに。

 不良がメガネの胸ぐらを掴んだところで、

「そこまでよ!」

 女の声。

 きたぞ、きたぞ。

 宙から降ってきた女の子が、不良の真横に降り立つと、軽くその腕をひねってメガネの胸ぐらから手を外した。

「なんだ、てめぇ」

「愛の使者☆はぎゅみ〜」

 可愛くポーズを決めながら、はぎゅみ〜が言う。

 膝上のフリフリスカート、ハートの石がついた胸元のチョーカーとブレスレット、目元を隠す仮面。まあ、いわゆる、魔法少女だ。

「はぁ?」

 不良が変な顔をするが、

「はぎゅみ〜が、あなたに愛を教えてあげる!」

 きゃぴっとした声ではぎゅみ〜は言い、事態についていけない不良の体に両腕を回した。ぎゅっと抱きしめる。

「はぁ?!」

 不良が大きな声を出して、ちょっと顔を赤くする。ウブか。

「むぎゅむぎゅ☆むっぎゅぅ〜!」

 はぎゅみ〜が唱えながら腕に力を込めると、赤いハートのエフェクトが二人を包む。

「ぷ、ぷろじぇくしょんまっぴんぐ??」

 尻もちをついた状態でそれを見ていたメガネが首をかしげる。

 やがて、

「愛☆注入!」

 はぎゅみ〜がそう言いながら腕を離すと、

「申し訳なかった!」

 不良がメガネに向かって、土下座した。

「はい?」

 今度はメガネが変な声をあげる。

「自分が悪いことをしたのに、君に危害を加えようとするなんて、俺が間違っていた! 君がチクったのだとしても、それは俺を正しい道に戻そうとする愛ゆえのことだったのに!」

「え、いや、え、なに? っていうか、そもそも僕じゃない……」

「本当に申し訳ない!」

 謝罪を繰り返す不良と、困惑するメガネを残し、

「愛が世界を救うのよ!」

 とか決め台詞を残して、はぎゅみ〜はその場から立ち去った。


 この街には、魔法少女がいる。

 それが、はぎゅみ〜だ。

 その存在は都市伝説のように知れ渡りつつある。

 はぎゅみ〜は、悪事を働いた人を改心させる。ハグで。今回の不良みたいに、ハグされた人間は改心するのだ。

 溢れ出る愛のパワーとか、そういうことなのだろうか? よくわからんけど。

 僕は新聞部として、ジャーナリスト志望として、はぎゅみ〜の謎を追っていた。

「そして、ついに、その正体を突き止めたんです。猫田真白さん」

 放課後の新聞部の部室で、呼び出した猫田さんに写真をつきつける。

 複数の事件を追って、はぎゅみ〜はこの学校の生徒だと目星をつけていた。そこで、学校内にいくつか仕掛けていたカメラ。そこにちゃんとうつっていた。変身を解除して、はぎゅみ〜からうちの学校の制服に戻る彼女の姿が。

「盗撮じゃない?」

「ジャーナリズムです」

 猫田さんがつり目がちの目を細めて睨んでくるが、しれっと答えた。真実究明のためには、多少のリスクは仕方ない。

「何、脅し? 正体バラされたくなかったら言うこと聞け的な?」

「そんなこと思ってません! ただ、インタビューしたいだけで」

「インタビューねぇ」

 猫田さんは、怠惰な猫のようにため息をつくと、椅子に深く座りなおした。話してくれるつもりは、あるらしい。

 しかし、クールな猫田さんが、あのラブリーな魔法少女だなんて未だに信じられない。

「やっぱり、変な妖精のパワーとかですか」

「ノーコメント」

「目的は世界平和?」

「まー、そうね。みんなが、おててつないで仲良く徒競走をゴールするみたいな、甘ったるい世界ね」

 それ、目指してる人間の言い方か?

 他にも幾つか質問するが、なんだか絶妙にはぐらかされている気がする。まあ、仕方ない。これは一回目のインタビュー。詳しいことは関係を深めてからだ。

「そういえば、気になってることがあって」

「まだなんかあんの?」

「はぎゅみ〜のパワーで改心した人、そのあと慈善事業とかボランティアとかに精を出しますけど、途中で体調崩す人多くないですか?」

 あの不良も、地域のゴミ拾いのボランティアを自主的にはじめて、なんか具合悪くしたとかで三日ぐらい寝込んだそうだ。ガタイよくて健康そうなのに。

「ああ。慣れないことをするから、体がついていかないんでしょ」

「そういうものですか?」

 ゴミ拾いで?

「ん。体っていうか、脳?」

「脳?」

「物質が定着するまでは脳から二重に指令でているようなものだから、疲れがちなのよね」

「物質? 指令?」

「ね、どうしてハグされたぐらいで改心すると思う?」

「え、それは魔法少女の愛のパワーで?」

 答えると、猫田さんは盛大に笑った。

「愛のパワー? そんなもの、あるわけないじゃない」

 そういうと猫田さんは首元のネックレスに触れ、

「らぶ☆はぐ☆み〜」

 小さく唱える。

 ぱぁっと強い光が物質を包み、

「は、はぎゅみ〜」

 光がおさまったときには、はぎゅみ〜姿の猫田さんがそこにはいた。

 彼女は向かいに座った僕の前まで歩いてくると、

「ちょっと失礼」

 僕の肩の上に両腕を置く。

「このブレスレット、それからチョーカー。同じ赤いハートがついているでしょう?」

 にっこり微笑む。つられてちょっと笑うと、

「これね、人の脳内を書き換える物質が出てるの」

 変なことを言われた。

「は?」

「抱きしめるでしょう? その時にその物質を相手の脳に注ぎ込んでるの」

 はぎゅみ〜は、なんだかとても綺麗に笑う。

 動きたいのに、金縛りにあったように体が動かない。

「抱きしめて、愛を感じたぐらいで改心するやつは、そもそもそんな問題行動起こさないでしょう? 悪事を働くやつは倫理観がない。良心がない。だったら、そんな不良品の脳を書き換えてしまうのが一番平和でしょう?」

「な……」

 なんだそれ、倫理観がないのは、どっちだ?

「そんな、横暴な!」

「横暴? 殴る蹴るで悪いやつをとっ捕まえても、女がそんな暴力をふるうなんて! って批難する方が横暴じゃない? 私の先代はそういうタイプだったんだけど、外野の声がうるさくてこのタイプに切り替わったの」

「いや、でも……。話し合いとかで」

「話し合い? 頭に血が上ってる犯罪者相手に話し合い? そんなもの、している間にこっちが怪我するでしょう?」

 バカなの? と、はぎゅみ〜が微笑んだまま言う。

「まあ、いいや。どういうことなのか、身を以て体感してみて。ついでにちょっと、私の正体についての記憶も消させてもらうけど」

 魔法少女の正体が秘密なの、お約束でしょう? と彼女が続ける。

 腕が首の後ろに回される。

「な、正体はあれですけど! でも、僕は別に、改心しなきゃいけないようなことは!」

「本当はバラしたのはあなたでしょう?」

 言われて、言葉に詰まる。

「この前の不良くんの万引き、先生にバラしたのはあなたでしょう? わざとメガネくんが疑われるようにお膳立てして」

「なんで、僕が……」

「スクープが欲しいから、はぎゅみ〜の正体が知りたいから、違う? 盗撮までして」

「ちが、盗撮じゃ……」

「ジャーナリズム? そのために、他人の肖像権侵害して? ねぇ、そのカメラ、はぎゅみ〜以外にも色々映ってたんじゃない?」

 映っては、いたけど。いちゃついてる、っていうか、不純異性交遊のカップルとか。

「裏庭の一件、見ていたのでしょう? 部活棟の踊場で。あの時は、テスト前で部活停止期間中だったのに、なんでいたの? あなたが仕組んだことがうまくいくか、気になってたのでしょう?」

 ねぇ、それって、正義かしら? と、はぎゅみ〜が首をかしげる。

「真実を……」

「真実を知るために、メガネくんが殴られてもよいってこと? 私が間に合わなかったらどうするの? ねぇ、歪んでいるじゃない、あなたの倫理観も」

 安心して、と優しい声。

 はぎゅみ〜の顔が、体が、近づいてくる。

「はぎゅみ〜が、あなたに愛を、教えてあげる」

 耳元で囁かれ、腕に力が込められた。

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