第222話 最終決戦 2

(速いっ!でも、反応できない程じゃない!!)


 奴が踏み込んでくる速度は、今まで相対したどんな存在よりも速かった。もしかすると、父さんをも越えているかもしれないような速さだったが、エレインから力を貰った今の僕はとても調子が良く、全て見えていた。


「シッ!!」


『『・・・ふふっ!』』


奴の大振りな右の正拳突きに、カウンターを合わせるように剣で薙ぎ払った。切っ先まで白銀のオーラに覆われている僕の剣は、ほとんど抵抗もなく奴の右腕を肘の辺りから斬り飛ばした。


しかし、奴はその様子に酷薄な笑みを浮かべていた。


『『おらぁ!』』


「っ!ぐぅあぁ!」


斬り飛ばしたはずの右腕は、瞬きする程の瞬間に何事もなかったかのように再生され、奴は踏み込みの勢いそのままに、僕の左頬に強烈な一撃を見舞ってきた。


一瞬速く自分の左頬に白銀のオーラを厚く纏わせたのだが、それでも衝撃は押さえきれず、僕は数メートル程その場から殴り飛ばされてしまった。


「エイダっ!!!」


その様子に、エレインが悲痛な叫び声をあげて僕の身体の心配をさせてしまった。言ったそばからこんな醜態を晒して申し訳なかったが、彼女の言葉もあって、僕は意地でも倒れずに後方に宙返りをして勢いを殺しつつ、体勢を立て直すように綺麗に着地した。


口元を手の甲で拭うと、先程の一撃で口の中が切れてしまったようで、ベッタリと血が付いていた。これ程の一撃を貰ったのは、父さんとの鍛練以来の事だった。


「心配かけてすみません。僕は大丈夫です」


瞬時に聖魔術で自分の怪我を癒すと、一瞬視線だけをエレインに向けながらそう応えた。チラッと見たエレインは、両手を胸の前で組みながら、まるで祈るような姿で僕の事を心痛な表情で見守っていた。


(余計な心配を掛けちゃったな・・・それにしても、あんなに一瞬で再生することも可能なのか。多少身体を斬り飛ばしたところで、意味はなさそうだな・・・)


今の攻防から得られた相手の情報を元に、対抗手段を模索しようと考えるが、残念ながら何も思い浮かばない。剣術でも魔術でも、奴の身体を消し去ったとしてもすぐに再生されてしまうのだ、そんなに簡単に有効な手段は思い浮かばない。


(こうなると、あの再生能力には限界があって、力を消耗させていけば、いずれ再生できなくなるかもしれないという可能性に賭けるしかないか・・・)


その想定が正しいかどうかは、今の段階で確かめようもないが、その可能性を信じて絶えず攻撃を浴びせ続けるしかない。


『『くくく、どうした固まって?もう諦めるのか?』』


僕が少しの間動きを止めて思考していると、奴は振り抜いた拳を引き、見下すような視線を向けながら、醜く口元を歪めて挑発してきた。


「ふっ!たった一撃僕に当てただけで勝利者気分か?単純で羨ましい!」


『『・・・殺すっ!!』』


「こちらの台詞だ!!」


奴の性格は、やはり器となったジョシュ・ロイドに近いのだろう、僕が挑発すると簡単に乗ってくれる。お陰で奴は僕しか狙わず、攻撃も直線的になるので扱いやすかった。


『『おらぁぁぁぁ!!』』


「はぁぁぁぁぁ!!」


奴が突っ込んでくる勢いに合わせ、魔術杖を腰に戻しながら僕も前に出る。先程同様に奴は右拳を引き絞り、正拳突きを放ってきた。同じ攻撃だったのは僕を舐めているからなのか、絶対の自信があるかは不明だが、こちらも同じ手を2度も喰らうつもりはない。僕は奴の拳を剣で受け流すと、胸の辺り、心臓を狙って突き技を放つ。


凛天刹りんてんさつ!」


『『無駄だ!!』』


双方勢い良く踏み込んでいたので、剣は根本まで突き込まれ、奴の身体を貫通していた。心臓を貫かれているはずなのに、奴はそれを気にすることなく拳を振り抜いてくるが、当然僕もそれを予測していたので、身体を沈み込ませ、倒れ込もうとする自分の体重移動も利用して、貫通している剣を下に振り下ろし、奴の胸から股下にかけて切断しつつ、その拳を躱した。


『『無駄だと言ってんだろ!』』


体勢を低くした僕に、奴は正拳突きを放った姿勢のまま、右足で回し蹴りを放ってきた。


「ふっ!」


その攻撃を斜め前方に飛んで、身体を回転させながら回し蹴りを躱すと同時に、回転の勢いを利用して奴の首を斬り飛ばした。


『『ちょこまかと鬱陶しいんだよ!!』』


着地した僕が振り返ると、頭部を斬り飛ばしたはずの奴の頭は既に再生されていた。その傍らには、僕が斬った奴の頭が転がっているが、次の瞬間には崩れ去っていた。欠損した部分を再生すると、元の部分はあの様に消え去ってしまうのには何か理由があるのか不明だが、周辺に奴の身体が大量に散乱するよりはましだろうと考え直した。


僕に視線を向けてくる奴の顔は、憤怒にまみれた表情をしているが、顔色による変化がないので、本当に感情が高まって激怒しているのか分かり難い。あるいは激怒しているように見せかけて、こちらの油断を誘い、僕の攻撃が大振りになるのを見計っているのかもしれないと思わせるほど、感情の機微が見えない相手だ。


(器になったジョシュ・ロイドと全く同じ性格になっているのなら話は単純なんだけど、罠の可能性も考慮しつつ、慎重に対応した方が良いだろうな)


ここで僕が負けることは、すなわちエレインが奴に凌辱されるということだ。そんな可能性が少しでもある戦いで、油断するなどあり得ない。


「どうした?最初の一撃以降は、僕に触れられもしてないぞ?所詮は不意を突かなければ、僕に攻撃を当てられる事も出来ないのか?」


『『・・・いい気になるなよ?』』


僕の挑発に奴は更に額に血管を浮かび上がらせると、両手を手刀のように指先まで伸ばして、力を抜いたように両腕をだらんと垂らした。


次の瞬間ーーー


「っ!!!」


奴は腕を鞭の様にしならせると、物凄い速度で暗い緑色のオーラが刃となって襲ってきた。しかもそれは、奴が腕を振り回している限り無尽蔵に作り出せるようで、まるで濃密に埋め尽くされた刃の壁が迫ってきているようだった。


『『オラオラオラ!!!避けてみやがれ!!』』


「くっ!」


僕は再度魔術杖と剣の二刀流で構え、火魔術で炎の刃を複数作り出して奴の刃を迎撃しつつ、白銀のオーラを用いて5メートルの長さの剣にし、直接飛んでくる刃の群れを斬り伏せた。魔術を遠隔操作しながら、同時に剣術を駆使するのはかなりの集中力が要求される技術だったが、それでも僕は2つの能力を精密に使いこなして見せた。


ただーーー


『『オラオラオラ!!!どうした、どうした!?俺様はまだまだ幾らでも続けられるぞ?』』


「・・・くぅ」


延々と続く奴からの遠距離攻撃に、さすがに集中力の維持が難しくなってきていた。しかも、その刃の一撃一撃に致死に至る力を秘めていることを肌で感じる。一撃でも受けてしまうと身体を斬り飛ばされるか、致命傷になってしまう気配がする。


だからこそ迫りくるそれらを全て迎撃していたのだが、そのせいで防御一辺倒になってしまい、反撃の機会を見いだせぬまま、手数で押し込められている状況に陥ってしまった。


(この状況を打開するには、強力な一撃で一気に奴の攻撃を蹴散らす必要があるけど、神魔融合も神剣一刀も、発動までに一瞬の集中と溜めが必要だ。この濃密な攻撃の嵐の中、その隙を見つけるのは困難だな・・・)


連綿と続く攻撃に曝されるなか、何とか逆転の一手を模索するが、その為の隙が奴の攻撃に存在しなかった。しかもこれだけの攻撃を放ち、僕の攻撃で何度も肉体を再生しているにも関わらず、奴は消耗するどころか息切れ一つしていなかった。その様子に、奴のスタミナは本当に無尽蔵なのかと嫌な考えが頭を過る。


(・・・一度防御に回ってしまうとじり貧になってしまうわけか・・・こうなれば、ある程度の負傷覚悟で形勢をひっくり返す!!)


どのみちこのままでは劣勢な状況に拍車が掛かるだけだと考えた僕は、被弾覚悟で奴の間合いに踏み込もうとした。


『『ふっ!そう来ると思ってたぜ!!』』


しかし、奴は僕の行動を予測していたのか、嫌らしい笑みを浮かべると、間合いに入ろうとしていた僕に向かって手を差し向け、破壊の奔流を放ってきた。


「っ!!これはっ!」


『『ははは!自分の専売特許だとでも思ったのか?魔術だろうが、剣術だろうが、俺様に扱えないものはないんだよ!!』』


見下したような奴の言葉と同時に、6色に色付く強大な破壊の魔術が僕に襲いかかってきた。それはまさしく、母さんから教えられた魔術の最高到達点だ。見た目には全体的に暗い緑色がかっているが、紛れもなくそれは神魔融合だった。魔術杖も使わず、詠唱も無く放たれたそれに、僕は目を見開いて驚愕した。


既に避けられるタイミングではなく、迎え撃たなければ僕の肉体は跡形もなく消し飛んでしまうだろう。


「くそっ!間に合え、神剣一刀!!」


僕は神魔融合を斬るべく、上段から袈裟斬りに神剣一刀を放った。


「ぐぅぅぅ」


しかし、あまりに近過ぎた為に、影響を全く受けないということは叶わなかった。真ん中から真っ二つに斬り、勢いを左右に逸らすことはできたが、それでも幾分は僕の身体を蝕んでくる。その痛みに耐えながら、攻撃が過ぎ去るのを待つと、僕の身体は斬り傷で血だらけなっていた。


白銀のオーラを身体に纏っていても、これほどダメージを受けるとは驚きだった。元々このオーラを頼りに鎧の類いを装備していなかったこともあり、外套は所々破れ、傷付いた腕や足が露になり、頭からは生暖かい血が垂れている感触がある。


(・・・ふぅ、何とか凌いだか・・・)


身体は多少ボロボロになってしまったが、眼前で放たれたあの強大な一撃をやり過ごしたことで、僕の心は一瞬安堵してしまった。


『『馬鹿が!あれは囮だ!!』』


「エイダ!!!!!」


戦闘の最中に気を抜いてしまった僕に、奴の不敵な言葉と、エレインの悲痛な叫び声が耳に届いた。


「・・・ごふっ・・・」


吐血し、激痛に視線を下げると、自分の胸の辺りから奴の手が生えていた。それを見て、奴は神魔融合を目眩ましにし、僕の背後に回り込んで手刀で貫いたのだと気付いた。

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