第223話 最終決戦 3

「エイダーーー!!!」


「ーーーぐぅ」


 エレインの悲痛な叫び声が辺りに木霊する中、僕は歯を喰い縛って痛みに耐えつつ奴の貫通した腕を引き抜こうと、背を向けた状態のまま後ろ蹴り放った。


『『おっと!』』


しかし、力の乗っていない蹴りでは奴に触れることすら叶わず、余裕で避けられてしまった。ただ、奴が後ろに飛び退いたお陰で貫通していた腕は引き抜かれた。


「ごふっ!!・・・ヒュ~・・・ヒュ~・・・」


腕が引き抜かれた影響で、その場に膝を着くと、大量の吐血と共に肺の空気が漏れたような変な呼吸音になってしまった。


『『ほぅ、エレインの声で咄嗟に心臓は避けたようだな』』


奴は余裕綽々といった感じに、僕を見下しながら自分の攻撃の手応えを語っていた。奴が言うように、僕はエレインの声に反応して、咄嗟に身体を捻って心臓への直撃だけは躱していた。しかし、肺の片方に穴を開けられてしまい、身体の向こう側の景色が見えるような重傷を胸に負ってしまった。


(・・・は、早く聖魔術を・・・)


息をしようとする度に口から血が零れ、肺の片方が潰されているために呼吸もままならない。そんな状態のため、僕は魔術杖を握りしめて聖魔術を発動しようとした。


『『甘い甘い!!俺様がみすみす回復させるとでも思っているのか!?』』


「くっ・・・」


治癒しようとした寸前、奴は先程同様に遠距離から腕をしならせるように振るい、暗い緑色の刃を雨霰あめあられと打ち込んできていた。その為、身体の治療を後回しにして迎撃に集中せざるを得なくなってしまった。


『『ほらほらほら!さっきまでの威勢はどうした?』』


このタイミングでもう一度神魔融合を撃たれたら死を覚悟しなければならないところだったが、奴はそうせず、僕を痛め付けるのを楽しがるように、嬲るような攻撃を仕掛けてきていた。それは迎撃の合間に見える奴の表情からも明らかだった。


(くそ、まずい・・・何とか隙を見つけて治療しないと、このままではどのみち出血多量で死ぬか、迎撃を誤って身体を切り刻まれるかのどちらかだ・・・)


迎撃で少しでも身体を動かす度に、僕の口や胸の傷口からポタポタと鮮血が迸っていく。この攻防があと5分も続けば、失血で倒れるだろう。それはすなわち、死を意味する。何とか回復のいとまを見つけようにも、奴はそうさせまいと攻撃の密度を上げてくる。完全に相手のペースに嵌まってしまった。


『『あぁ、良いね良いね、その顔!苦痛に歪み、成す術なく俺様の攻撃の前に蹂躙され、ボロボロの不様な姿で懸命に足掻く・・・何とも俺様の心を歓喜させるじゃないか!!』』


奴は恍惚とした表情で、僕の様子に歓喜した声を漏らしていた。何となくだが、時間が経つにつれて奴の感情が豊かになってきているような気がする。ただ、その感情の在り方は、器となっているジョシュ・ロイドに酷似しているようだった。


(・・・落ち着け。呼吸を整えろ。自分自身の肉体を完璧に制御するんだ。潰された肺を動かさないように、残った肺だけを使って呼吸する。出血は筋肉を収縮させて、一時的にでも止めるんだ)


僕は自分に言い聞かせるように、今出来る最良の方法を考えて肉体を制御した。潰された片方の肺は完全に機能を停止させ、穴の空いた胸は白銀のオーラを応用して、失った肉体の代替えとし、筋肉を絞って出血を無理矢理に止めた。すると少し身体に力が戻り、動きが良くなった。


『『ちっ!少し回復させちまったか?それでもまだ完全じゃないな。お前にはまだまだもっと苦しんでもらわないと、腹の虫が収まらねぇんだよ!!』』


僕の動きが良くなったとみると、奴は忌々しげに吐き捨ててきた。奴の怒りの感情はジョシュ・ロイドに起因するものなのだろうが、意識は”世界の害悪”に取り込まれているにも関わらず、これほど深い恨みを買っていたとは思わなかった。


(確かに彼とは色々いざこざはあったが、最大の要因はエレインの事なんだろうな・・・)


彼は”害悪の欠片”を取り込んでおかしくなっている時でさえ、エレインへの執着は忘れていなかった。愛する女性を何としてでも手に入れようともがく様は、男としてある意味尊敬できるだろう。とは言えーーー


(本人が嫌がってなければだけどね!)


そんなことを考えながら、僕はチラリとエレインの方へ視線を向けた。彼女は祈るような姿勢のまま僕の戦いをずっと見つめていた。自分では何も出来ないことが悔しいのか、歯を喰い縛っているようで、口の端には血が滲んでいるようだった。そして彼女の瞳からは、止めどなく涙が溢れていた。


(最愛の女性を泣かせてしまうなんて、僕は最低だな。エレインにはいつも笑顔でいて欲しい。笑っている彼女が好きなんだ!僕の事を微笑みながら見つめてくる彼女が愛しいんだ!頬を赤く染めながら、僕の事を好きだと言ってくれる彼女が何よりも大切なんだ!だから、絶対に諦めてたまるか!!)


ただ、その想いとは裏腹に、状況は劣勢のままを強いられる。何とか僅かでも隙を見い出して聖魔術で治療しなければ、エレインとの約束すら果たせない。



 そんな絶望的な状況の中、一人の人物が動き出した。


「エイダ様!」


(っ!?イドラさん?)


もはや口を開くのも億劫になってきた僕は、突如動き出したイドラさんの行動に驚いた。エレインの傍らで彼女と同じようにこの戦いに介入できず、動けずに固まっていたはずのイドラさんは、何を思ったのか僕の方に向かって駆け込んでこようとしていた。


僕の方へ向かってくると言うことは、必然的に今僕が迎撃をしている暗い緑色の刃が降り注いでいる場所へ来ると言うことだ。さすがの僕も今の状態では奴の全ての攻撃を相殺しきれずに、ある程度は刃を逸らしたり躱したりしている。そんな状況の僕の背後に来ると言うことは、彼女自身にも僕が対処しきれなかった奴の攻撃が降り注ぐと言うことだ。


「来るな!」と声を大にして警告したいところなのだが、肺を片方潰されている僕は呼吸することが精一杯で、大声どころか声もあげることが出来ないでいた。そんな僕の心配を他所に、イドラさんは果敢に突っ込んでくる。彼女は闘氣を纏った身体で刃を避けるが、避けた先にも刃が殺到する。それを両手に持ったナイフで対処しようとしたが、イドラさんのナイフの方が切断され、そのまま彼女の左腕に深い切り傷を付けてしまった。


(ダメだ!イドラさん!逃げろ!!)


僕は奴の攻撃を迎撃しつつも、心の中でイドラさんに叫ぶ。聞こえないと分かってはいても、傷つく彼女を見てどうにかしたかった。しかし、今以上に迎撃の速度を上げることが出来ず、イドラさんが奴の刃で鮮血を散らす姿を視界の端に見つめることしか出来なかった。


「・・・・・・」


彼女はいくら身体を傷つけられても悲鳴一つ、眉一つ動かすことはなかった。その瞳にあるのは、自らの使命を果たさんとする強い意思だけだった。


彼女はナイフでの迎撃が意味の無いものだと判断したのだろう、もう片方に持っていたナイフを投げ捨て、只ひたすらに刃を躱すことに神経を注いでいた。一歩進む毎に彼女のメイド服は無惨にも切り裂かれ、血みどろになった素肌を晒していく。それでも彼女は止まらなかった。


『『あのメイド、何かしようとしているな?煩わしい!』』


イドラさんの行動に苛ついた表情を見せる奴は、彼女を始末しようと幾つかの刃を直接彼女に差し向けた。そのお陰で、僕に対する攻撃の圧力が若干弱まったが、その隙をついて僕が自分を回復しようとすれば彼女は死んでしまう。


(させるか!!)


僕は一瞬出来た奴の隙を利用し、朦朧とし出す自分の意識を気力で捩じ伏せ集中すると、イドラさんの前に飛び出し、剣を突き出す様に構え、白銀のオーラで剣を伸ばす応用で、切っ先に自分達が隠れるほどの白銀の盾を作り出した。


『ギィィィィッィン!!!』


「・・・くっ!ごほっ・・・」


間一髪のところで、何とか奴の刃を防いだが、急な動きで止血していた筋肉が動いてしまい、再び吐血して地面に膝を着いてしまった。その瞬間、自分の背中から何かが振り掛けられた。


「・・・こ、これは!」


何かが振り掛けられた瞬間、身体の苦痛が一気に和らいで消え去った。驚きに声をあげる僕の背後で、『ドサッ』っと人が倒れる音が聞こえてきた。


「っ!イドラさん!!」


奴の攻撃を防ぎながら後ろを振り返ると、そこには血だらけになって地面に倒れ伏しているイドラさんの姿があった。彼女の左腕は奴の攻撃のせいで肘の辺りから先を失っており、身体中至るところに痛々しい切り傷が見られた。


そんな彼女の右手には空になった小瓶が握られており、僕の背中に掛けられたのはその瓶の中身だったようだ。自分の身体の状態を確認すると、奴に開けられた胸の穴は塞がっており、怪我は完全に治癒していることが分かった。さすがに失った血液は元に戻っていないが、それでもこれだけ回復出来れば全力で戦える。


「これだけの効能・・・もしかして、特級ポーション?」


特級ポーションはかなり高価で、中々出回らないもののはずだ。それをイドラさんが持っていたと言うことは、ミレアが彼女に持たせたものなのだろう。


「わ、私の事はお気になさらず・・・どうかこの世界を、お願いします・・・」


彼女は倒れながらも、力を振り絞るように声を出して、僕に後を託してきた。その言葉を最後に、彼女は気を失ってしまったように目を閉じた。その表情は、自分のすべき事をやりきったような満足げな表情が浮かんでいた。


「イドラさんっ!!」


彼女が力なく目を閉じたことで最悪の考えが頭を過ったが、弱々しいまでも彼女からは気配が感じ取れる。つまり彼女はまだ生きているということだが、今も彼女の左腕からおびただしく血が流れているので、早く治療しなければ、彼女はこのまま目を覚ますことはないだろう。


(落ち着け!イドラさんが決死の思いで僕を治療してくれたんだ!ここで焦って動いては、さっきの二の舞になる!よく考えろ!奴を倒す方法を!)


そう考え、僕は奴を見据えながら今まで得た情報を整理していく。どれだけ身体を斬り刻み、魔術で消し去っても再生し、未だにスタミナが消耗している様子もない。さらに身体を消失させると、一旦気配が消えて動きが補足できなくなり、予想外の場所で復活してくる。


そして、奴の放つ攻撃は、一撃一撃が致命傷に至るほどの強力なもので、一瞬も気を抜くことができない。こうなると奴を討伐するよりも、再度封印するという方が現実的だ。


(思い出せ・・・あの遺跡で父さんと母さんと話した内容を・・・確か”世界の害悪”は聖魔術を浴びせると動きが止まるって言っていた。その隙に心臓を3つに分割して頸木くびきを打ち込むとも・・・僕一人でその全てが出来るか?)


”世界の害悪”の封印方法は以前両親が言っていたが、2人が役割を分担することで成した方法だと考えられる。それを僕一人で行うには、かなり無理をしなければならないだろうが、やるしかない。


そう考えて左手に持っている魔術杖を強く握り直すと、その様子を見た奴が口を開いた。


『『その小娘のお陰で回復したか・・・つまらん。もっと苦しめばよかったものを。ところでその目、今度は俺様を討伐ではなく、封印しようとでも考えているな?』』


「っ!!」


奴の指摘に、目を見開いて反応してしまった。そんな僕に、奴は見下すようにして鼻で笑っていた。


『『ふっ!図星か?貴様はもっと感情を隠す事を学んだ方が良いぞ?もっとも、ここで死ぬのだがな!』』


「イドラさんが決死の覚悟で僕を回復させてくれたんだ!お前の思い通りになるものか!」


そう言い放つと、僕は再び動き出した。

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