最終章 未来

第221話 最終決戦 1

 ”世界の害悪”が生まれたのは、3ヵ国の争いが絶え間なく続き、主に戦場として使用されてきた、このグレニールド平原でだった。どのように、あるいはどうして生まれ出でてきたのかは不明であり、その原因については学者達が諸説唱えている。


その中で現在最も有力視されている説は、人間の怨念や憎悪、無念、嫉妬、絶望、苦痛などの負の感情を元に、長年戦場に流れ続けた数多の人々の血液を媒体として誕生したのではないかという考えだ。


人間の血液には、その人物の能力である闘氣もしくは魔力が溶け込み、身体中を流れている。本来は体内から流出した時点で徐々に消えていくはずの力が、何らかの理由で消えること無く混じり合っていったのではないかとされている。


この戦場には、そういった力の源でもある血液が大地を満たすほど大量に染み込んでいる。そこに負の感情が混ざり合い、長い年月を掛けて変質し、人間とは全く異なることわりを持った存在が誕生したのではないかということだ。


人間とは違うあり方をした存在であると同時に、人間の負の感情が凝縮された存在であるため、見た目は人に準じたのではないかと考えられ、嫌悪感を抱くのは、本来は人であれば目を背けたくなるほどの濃密な負の感情を全面に現している為に、本能的に拒絶してしまうからなのではないかとも言われている。



 そんな存在が感情を得て、自らの目的を「世界をあるべき姿に戻す」と言う。それがどんな姿を指しているのかは、想像するに碌なものではないだろうと予想が付く。何せ、奴の本質は人間の負の感情の集合体なのだから。


『『この世界のあるべき姿は・・・静寂だ』』


「静寂?」


抽象的に過ぎる奴の言葉に、僕は眉間に皺を寄せながら、首を傾げて聞き返した。


『『そうだ。俺様の感情の中心、本能から溢れ出るように望んでいる願いだ。それは人間どもも同様、平和で争いの無い、安寧とした世界を望んでいるのだろう?』』


どこから得た情報を基に聞いているのか、奴はさも間違いないだろうという様子で僕に確認してきた。


(元はジョシュ・ロイドを器としているから、彼の思考や知識が奴に影響を与えているのか?)


奴の言動を注視しながら、そんな事を思いつつ、質問に答える。


「平和で争いのない世界を人々が望んでいるということは否定しない。だが、それとお前が言う静寂と、どう関係がある?」


奴の言葉を肯定することに躊躇いがあったので、回りくどくそんな言葉を放った。同時に、奴の目的だと言う静寂とは特に関係のない話だと思い、その疑問をぶつけた。


『『関係あるに決まっているだろう?何故争いが生まれるのか、それは人間と言う知的生命が存在しているからに他ならない!』』


「なっ!?」


その言葉に、僕は一瞬理解が追い付かなかった。


『『動物や魔獣も生きる為、縄張りを維持するために他の生物を殺すことはあるだろう。しかしそれ自体、生存に必要な最低限のもの。それは争いではなく生存戦略だ。しかし、人間の争いは生存戦略に非ず!単に己の野心や欲を満たすだけの、必要のない争いをしている。故に、野心も欲も無く、争いも殺し合いも無い平和な世界とするには、人間は不要なのだ!!』』


断言する奴に、僕は矛盾点を指摘する。


「何を言っている!!お前の望みは人と同様の、争いのない平和な世界じゃなかったのか!?」


『『その通りだ!だから俺様はその目的を達するための手段を考えた。そして理解した。全ての人間の欲を消すことは不可能だ。欲をつかさどる感情を消すことも叶わぬ。で、あるならば、全ての人間をこの地上から消し去ってしまえば、憎悪の感情も悲しみの感情も抱かなくて済む。永遠に争いのない平和な世界を実現できるのだ!故に俺様の目的は、人間どもの消えた静寂な世界なのだ!!』』


奴は自らの目的を達成するための手段について、僕に語って聞かせてきた。それは正に極論。争いを起こす欲などの感情をもつ存在が消え去れば、この世界は平和になるという暴論だ。


奴の目的を鑑みれば、これほど嫌悪感を抱いてしまうのも納得だ。奴とは根本的な部分で、人間とは相容れない存在だと理解した。


(そういえば以前、誰かが【救済の光】のことを破滅主義者だなんて表現していたな。確かにこんな奴を復活させてしまうんだ、あの組織の連中は破滅願望でもあるんだろうか?)


そう考えると同時に疑問も浮かぶ。何故そんな奴らと王子は手を組んだのかと言うことだ。まさか王子も破滅主義者で、地上に存在する全ての人間は滅びるべきだとでも考えていたのだろうか。それにしては、以前会話した時にはそんな様子は見受けられなかった。むしろもっと国を良くしたい、その為に争うのも仕方なしというような考え方だったはずだ。


僕程度では、その人間の本心など図れる事は出来ないと分かってはいるが、それにしても違和感が残る。それは組織の行動にしたってそうだ。最終的に破滅を望むのなら、僕に対してエレインを人質に取ったり、他国との争いを扇動するような小細工などをしなくても、”世界の害悪”さえ復活させてしまえばいいはずだ。にも関わらず、彼らはこの大陸中で火種を撒くように暗躍している。その目的が分からない。


(だが、分からないことを今考えても仕方ない・・・が、このまま奴を野放しにしたら、人類を滅ぼそうとするだろう。その中にはエレインも含まれてる。絶対にこの場で奴を滅ぼさなくては!)


エイミーさんが言っていたように、本当に世界を滅亡から救う事になるとは驚きだが、やらなくてはならない。ここで引いてしまえば、恐らく人類は皆殺しにされるだろう。しかし、剣術も魔術も奴には通じず、倒す手段が分からない。絶望的な状況に悲観しそうになるが、諦める事は出来ない。


今この場には、僕の最も大切な存在であるエレインが居るのだから。


『『あぁ、そうだ。心配しなくても、そこにいるエレイン・アーメイは殺さないよ。この器の持ち主の願いだ。人間が俺様と彼女の2人だけなら、争うこともなく静寂に暮らせるだろう?そこに貴様は居ないがな』』


奴は口元を歪めて、嫌らしい笑みを浮かべながら僕を挑発するように言い放ってきた。


「・・・なら、尚更ここでお前を滅ぼさないとな。彼女の夢を壊させるわけにはいかない!」


そう言いながら僕は再び剣と魔術杖を構えると、奴を鋭く見据えた。


「エ、エイダ、大丈夫か?」


そんな僕に、エレインは心配そうに声をかけてきた。奴がこの場に現れてから、エレインは今立っている場所から動けないでいた。それはイドラさんも同様だが、奴が放つ濃密な殺気や重厚な存在感が発する圧力で、身体が動かないのだろう。現に2人とも動いていないにも関わらず、荒い呼吸を吐きながら、かなりの量の汗をかいていた。


「何とかするさ!奴の存在の影響か、王子の近衛騎士も組織の連中も、魔獣さえも近づいてこようとしていないから戦いやすい。さっきは予想外のことでイドラさんに怪我を負わせてしまったけど、もう誰も傷付けさせない!!」


僕は彼女を安心させようと、笑みを浮かべて振り向きながら自信満々に言いきった。そんな僕の強がりを彼女は見透かしているのだろう、苦笑いを浮かべていた。


「私には君を見守ることしかできない。”世界の害悪”と相対しているだけで、私の身体は恐怖に震えて動けないんだ。だからせめて・・・私の想いだけでも君と共に・・・」


「エレイーーー」


彼女は両手で僕の頬を包み込むようにすると、背伸びをしながら薄い朱色に色付くその唇を、僕の唇に押し当ててきた。その柔らかい感触に驚き、僕は目を見開いて彼女を見つめた。エレインはギュッと目を閉じ、顔は耳まで真っ赤にしながらも、懸命に背伸びをしながら自分の気持ちを僕に伝えてくれていた。僕自身も鼓動が早まり、顔が熱くなっている実感があるが、微動だにすることが出来ずに固まっていた。



 エレインの唇が離れる。僕と目が合った彼女は未だ頬を赤く染め上げながら、恥ずかしさからなのか、自らの唇を指で押さえつつ、柔らかな微笑みを僕に向けてくれた。そんな彼女をとても愛しく感じると共に、力が湧き上がってきた。


「ありがとうエレイン。おかげで誰にも負ける気はしないよ!奴を倒して、一緒に帰ろう!」


「ああ。信じているよ、エイダ!」


彼女の言葉に笑みを浮かべると、奴の方へと向き直る。その時には既に集中力を高め、奴を射殺さんばかりの視線を放った。


『『くくく、ずいぶんなものを見せつけてくれるな。私の感情ではないが、この身体の持ち主は激怒しているようだぞ?』』


奴は言葉こそ平静を装っているようだが、全身から不機嫌を現すように、暗い緑色のオーラが漏れ出ていた。やはり奴の感情は、ジョシュ・ロイドが基になっていると言うことなのだろう。そんな奴に対して僕は、更に挑発的な言葉を吐いた。


「それは悪いことをしたな。何なら、悔しさのあまり泣き喚いてもいいんだぞ?」


『『・・・それには及ばない。何故ならそれは貴様の役目だからだ!』』


「・・・どういう意味だ?」


奴の言葉に、僕は怪訝に眉を潜めた。そんな僕に対して、奴は嫌らしい笑みを浮かべながら下衆な言葉を放ってきた。


『『貴様を殺す前にその手足を引き裂き、動けないようにしてから目の前でその女と愛し合う姿を見せつけてやろう』』


「それをさせるとでも?」


『『思っているさ。貴様に俺様は殺せない。どれだけ俺様の身体を引き裂こうが、塵のように粉微塵にしようが、俺様は即座に再生する。持久戦の果てに待っているのは、精も根も尽き果てた貴様の憐れな姿だ。それにーーー』』


『ドンッ!!』


「っ!?」


奴は話の途中で腕を軽く振って見せると、僕の手前数メートル付近の地面が突如陥没した。大きさにして3メートル程の穴が出来上がった地面を見ながら、何が起こったのか瞬時に理解した。


『『貴様も魔闘錬氣まとうれんきを使っているようだが、その程度の制御ではたかが知れている。俺様が何もせずに持久戦に持ち込もうが、積極的に攻撃をしようが、結果は見えきっている。貴様の敗けだ!』』


奴の言う魔闘錬氣というのは、おそらくこの白銀のオーラの名称のことなのだろう。話し口調から、奴の纏っている暗い緑色をしたオーラも同種なのだと推察できる。


こちらがいくら攻撃しても死なず、相手の攻撃は僕と同等かそれ以上なのだとしたら、確かに勝ち目の無い戦いだ。


それでもーーー


「・・・ふっ!」


『『・・・何がおかしい?』』


奴は僕が不敵な笑みを浮かべたことに苛ついたようで、不快感も露に問いかけてきた。


「お前の指摘している言葉は、何一つ僕が諦める理由にはならない!それに、一度は僕の両親によって封印されているんだ。負け犬の遠吠えは見苦しいぞ?」


『『・・・なるほど。確かに貴様はあやつらの息子だな。本当にこの俺様を苛つかせてくる!!』』


「っ!!」


僕の言葉に反応した奴は、『ビキッ!』っと額に血管が浮き出し、憤怒の表情で激怒してくると、僕の目にもその場から消えるような速度の踏み込みで迫ってきた。

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