第220話 復活 28
それを知覚した瞬間、僕は言い様の無い嫌悪感を強制的に抱かされた。見た目ではない、ただ単にそれがそこに存在しているというだけで、身体の内側から止めどなく溢れ出る拒否反応を抑えられなかった。
「な、何だあれは・・・」
「エ、エイダ・・・」
名状しがたい何かに向かって呟く僕の手を、エレインが心細そうな声で名前を呼びながら掴んできた。彼女の様子を確認したかったのだが、何故か僕の視線はそれに釘付けられるように動かすことが出来なかった。
そして次の瞬間、僕の視線の先にある他より大きな天幕が弾け飛ぶと、その中に潜んでいた存在が飛び出した。直前までその天幕から気配は感じられなかった。それが急に巨大な存在感を放った事から、あの天幕は認識阻害の魔道具で出来たものだったのだろう。その効果さえ効かなくなるほどの存在とはいったい何だろうか。
『ドンッ!!!』
「「「・・・・・・」」」
すると、天幕から飛び出した存在が、地面に膝を着いて着地し、僕達の眼前に現れた。かなりの勢いだったのだろう、それが降り立った地面は陥没していた。それだけの衝撃だったはずなのに、何事もなく立ち上がったそれは僕達の方へと視線を向け、こちらを値踏みするように見下ろしてきた。
体長は2mほどで、膨れ上がった筋肉は力強さを抱かせる。長髪の金髪を風に靡かせ、肌は暗い緑色をしており、長く尖った爪は不気味に赤黒かった。こちらに向ける目は全体が黒く、焦点がどこに向いているのか分かり難い。
(何だこれ?何だこいつ?)
それを自分の目に映した瞬間、先程に倍するほどの嫌悪感と不安感が僕を襲ってきた。今すぐそれを排除したいと思うのだが、触れたくもないし視界に入れたくもない。しかし、そういった思いが強いゆえに、余計視線を外す事も出来ない。そんな、自分の感情が掻き乱されるような存在がそれだった。
『『フシュ~~~』』
それが大きく息を吐いた。奇妙な事に、息を吐く声が重なって聞こえる。まるで一つの口から2人が同時に声を発しているような違和感だった。
『『これが感情と言うものか・・・素晴らしい!!』』
僕達の方へ顔を向けたまま、それは口元を醜く吊り上げた。その言葉は、まるで今、生まれ変わったような感想だったような気がした。
「お、お前はいったい何者だ?」
僕は意を決してそれに問いかけた。するとそれは小さく息を吐いて、何事か考えるように顎に手を当て、どこかに視線をさ迷わせてからゆっくりと口を開いた。
『『私・・・いや、俺様に名は無い。この身体が有していた知識から言えば、この世界の住民達は”世界の害悪”と呼んでいたようだな』』
「っ!!!お前が”世界の害悪”だと!?それに、その身体が有していた?とは、どういう事だ?」
目の前の存在が、両親も討伐できなかったという”世界の害悪”だと名乗ったことに驚きはしたが、この展開も想定していなかったわけではない。しかし、聞いていた話では、”世界の害悪”は会話なんて出来なかったはずだ。それが今、僕と普通に会話している事の方が驚かせれている。今はまず情報を収集することを優先すべきと判断した僕は、何か手掛かりになる事はないかと探りを入れた。
『『ふふふ、簡単なことだ。俺様を復活させるための器として、ジョシュ・ロイドという青年の身体を使ったのだ』』
「なっ!ジョシュの身体を器にしただと?じゃあ、あいつは死んだということなのか?」
”世界の害悪”の言葉に、エレインがその事実に驚愕して問い掛けた。
『『ん~?正確には俺様の一部になったと表現すべきかな?俺様の持つこの感情には、彼の思想や思考、願いなどが溶け込んでいる。まぁ、残留思念のようなものだ。そういった状態だ、ある意味彼は俺様の中で生きていると言っても良いだろう』』
「・・・・・・」
エレインの質問に、そんな言葉を返しながら彼女の事を凝視しているような気がして、僕は嫌な予感に囚われた。それはエレインも同じようで、僕の手を握る力が強くなった。
『『そうか、お前がエレイン・アーメイ。この身体の男が渇望した女か・・・なるほど、中々に美しく、魅力的な肢体をしているようだな』』
「ひっ!」
奴は目を細め、エレインの身体を舐めるようにして観察しているようだった。その視線にエレインは短い悲鳴をあげ、奴の視線から逃れるように僕の背中に隠れた。
「おいっ!ゲスな視線でエレインを見るな!!」
当然、そんな視線をエレインに向けられて黙っていることはできない。僕は不快感も露に、奴に向かって怒りの声をあげた。
『『ふふふ。そしてお前が、この身体の男の恋路を邪魔する目障りな小僧・・・エイダ・ファンネルというわけか。ほう・・・お前、あの忌々しい金髪の男と青髪の女の息子なのか。これは良い!お前を惨殺すれば、俺様の溜飲も下がるというものだ!!』』
そう言うと、奴は僕に向かって強烈な殺気を向けてきた。ただ視線を向けられているだけなのに、まるで氷水の中に沈められたような寒さと息苦しさだった。
「ふん!そう簡単にお前の思い通りにいくと思うなよ?返り討ちにしてやるよ!!」
僕は奴の殺気を跳ね退けるように、こちらも強烈な殺気を向けながら挑発した。
『『ほう、俺様の殺気に耐えられるか。やはり、あやつらの子供というわけか、面白い!!』』
奴は僕の様子にニヤリと口元を緩めると、しばらくの間、お互いに相手を牽制するような睨み合いが続いた。
そしてーーー
『パンッ!!』
お互いの強烈な殺気の影響か、奴と僕との中心地点で、まるで空気が弾けるような破裂音が鳴った。それと同時に、僕は動き出した。
(っ!?何故動かない?)
今の僕が出せる最速の踏み込みでもって飛び込んだのだが、奴は僕の動きを見ても構えるでもなく、避けるでもなく、ただ棒立ちにその場に突っ立っていた。
今までの”害悪の欠片”を取り込んでいた彼の動きを思い浮かべても、僕の動きに付いてこれないというわけではないだろう。油断なのか
「シッ!!」
間合いに入った瞬間、僕は右手の剣を引き絞り、踏み込みの勢いをそのまま剣に乗せて突きを放った。
『ズシャ・・・』
「・・・・・・」
剣の切っ先は、狙い違わず奴の額のど真ん中を貫いた。頭蓋を割り、脳を切り裂く感触が確かに手に伝わってきた。先日、ジョシュ・ロイドと相対した際に、彼は自分の急所を守って戦っていた。そういった経験もあり、少なくとも脳か心臓を破壊すれば倒せるのではないかと考えていた。
そう考えていたーーー
『『なるほど、これが触覚というものか。自分の身体を異物が貫いているというのは、何とも気持ちの悪いものだな』』
「・・・やはり、この程度では死なないか」
頭を剣で貫かれながらも、奴は平然とした口調で、今自分が感じている感情を表現していた。奴が防ぐ素振りも見せなかったことから、半ば予想はしていたが、それでも頭を貫かれて平然と喋っている存在に、驚かないわけがない。
僕は強がりの言葉を吐きながら、貫いた剣を捻り、橫薙ぎに頭部を半分から切断した。
「はぁっ!!」
そのままバックステップで距離を取ると、奴の状態を観察するように凝視した。奴の頭部は僕が剣を捻ったことでグチャグチャになっており、人とは異なる黒い血が滝のように流れていた。
『『まったく、今日は俺様が感情を得た記念すべき日だと言うのに、酷いことをする』』
そう言いながら奴は黒い血で濡れた顔を拭い、髪をかき上げるような仕草をすると、グチャグチャになっていたはずの頭部が綺麗に治り、黒い血も消え去っていた。
「・・・不死身、なのか?」
その様子に、僕は目を見開いて驚きの声をあげた。もし奴が本当に不死身なのだとしたら、どうやって討伐すればいいのかの
(だから父さんも母さんも”世界の害悪”を滅ぼすのではなく封印した、するしかなかったということか?)
嫌な汗が背中を流れる。その考えが正しいのか分からないが、奴の声音からは、はっきりと呆れの感情が感じ取れた。怒るでもなく、恐怖するでもなく、まるで聞き分けのない我が儘な子供に相対するかのように。それが自分の考えが正しいと確信させているような気がした。
(それでもっ!!)
奴の肉体自体を全て消滅させてしまえば、再生することは出来ないだろうと考え、周りへの影響を思考から除外し、魔術杖を奴に向けて攻撃を仕掛ける。
「神魔融合!!」
僕が出せる最大の攻撃力を誇る魔術の頂点。その破壊の奔流を奴に浴びせる。そんな僕の全力の攻撃にも関わらず、奴は表情を動かすことなく、先程同様にその場から動ことなく直撃した。
「・・・・・・」
僕の眼前に広がっている光景は、半円に抉れた地面が見える限り延々と続き、その延長線上にあっただろう木も岩も何もかもが消滅していた。
「・・・やった、のか?」
周辺を見渡しても、奴の肉体の一欠片すら確認することは出来ない。あの強大な気配も消えており、僕はそっと肩の力を抜いた。
がーーー
「あ゛ぐっ!」
「っ!?」
背後から、イドラさんの痛みを堪えたような悲鳴が聞こえてきた。その声に反応して振り返る瞬間、今まで消えていたはずのあの気配が戻っていることに気付いた。
「・・・ありえない!今の今まで確かに気配は消えていたはずだ!それなのに、何故お前はそんなところに居る!?」
振り向くとそこには、消滅したはずの”世界の害悪”がこちらを見下すような視線で、何かを咀嚼しながら悠然と佇んでいた。そんな余裕綽々な奴に対し、僕は驚きを隠せなかった。
奴の足元には、イドラさんが左肩を手で押さえながら座り込んでおり、その額にはびっしりと脂汗を流しているようだった。そして、彼女のメイド服が鮮血で染まっていることから、奴が何をしたのかは一目瞭然だった。
『『うむ、中々の美味だ。やはり喰らうのは年若い者の肉だな。あまり年を取っていると、旨味も無く固いのだ』』
奴は先程の僕の攻撃について気に留めるでもなく、自らが口にしたものの味の評価をしていた。聞きたくもないその話に、僕は眉間に皺を寄せながらイドラさんを救出する機会を伺うが、奴は一口しただけで満足したのか、イドラさんには無関心のような様子を見せ、僕の動きも警戒するどころか隙だらけだった。
「ちっ!」
奴のその様子に苛立ちを滲ませながらも、白銀のオーラを纏い直し、一足飛びにイドラさんの元に移動して、そのまま彼女を抱えてエレインの居る場所まで飛び退いた。
「大丈夫ですか?イドラさん?」
「すみませんエイダ様、油断致しました・・・」
イドラさんを地面に降ろして容態を確認すると、彼女は苦痛に顔を歪めながら、申し訳なさそうに頭を下げてきた。
「すぐに治療します」
そう言うと僕は杖を構え、彼女に触れながら聖魔術を発動した。もちろん奴の動向に注意を向けていたが、奴は特に動こうとせず、こちらの様子を興味深げに見ているだけだった。
『『そろそろ、いいか?』』
イドラさんの治療を終えると、それを待っていたかのように奴がこちらに向かって問いかけてきた。
「・・・わざわざ治療が終わるまで待つとは・・・お前の目的は何なんだ?」
これまでの奴の言動から違和感を覚えた僕は、問い掛けてくる奴に対して質問で返した。そんな僕に対して奴は気を悪くするでもなく、口元を緩めていた。
『『ははは、俺様の目的も知らずに攻撃してきたのか?まぁ、今まで相対してきた人間は皆そうだったから、驚くこともないが。』』
奴から感じられる強烈な嫌悪感から、その言葉が事実だと実感できた。奴という存在を本能的な部部が拒絶しているために、奴が何を言ったところで排除という選択肢は変わらないだろう。
『『俺様の目的は、この世界をあるべき姿に戻すことだ!』』
「あるべき姿に・・・戻す?」
奴の放った言葉に、僕は意味が分からないと訝しみながら耳を傾けるのだった。
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