第219話 復活 27

 僕の隣に並び立ちたいと言っていたエレインは、その決意を現実のものとしていた。相手はSランク魔獣で、しかも”害悪の欠片”を取り込んだ強大な存在だったはずのヒュドラに対して彼女は、最初こそ恐れはしていたものの、自分の出来ることを見つけ出し、最後には毅然とした表情で戦っていた。そんな彼女の勇姿に心が高鳴るも、今は優先すべきことの為に動かなければならない。


「これで邪魔な存在は居なくなったようですね。このまま王子の元へ・・・」


「っ!エイダ様!!」


僕がエレインに話し掛けていると、イドラさんが焦った声をあげて警告してきた。その声で僕は周囲の違和感に気づき、自分の背後の空間に向かって、左手に持つ魔術杖を横薙ぎに振るっていた。


「ごあっ!!」


直前まで誰もいなかったはずのそこには、杖で殴られた衝撃で悲鳴を漏らした襲撃者が伸びていた。地面に倒れるその人物は、認識阻害の魔道具である外套が翻って視認出来るようになっており、その手には毒々しい紫色の液が滴ったナイフが握られていた。


「ヒュドラは囮か!」


相手の思惑に気づいた僕は再度白銀のオーラを纏い直し、深く集中するために目を閉じながら周囲へ神経を張り巡らせる。おそらくは先程までのヒュドラとの一戦のいざこざの間に、認識阻害の外套を着込んだ者達が僕達の周りを取り囲むように展開しているはずだ。それをエレインもイドラさんも理解しているようで、彼女達は武器を構えつつ微動だにせずに周囲へ視線を巡らせていた。


(この状況、こちらが物音を立てなければ、相手も迂闊に動けないはずだ。となれば、気を付けるべきは・・・)


僕はエレインとイドラさんの中間に位置取り、どちらに危害が加えられようともすぐに動けるように構えていた。しかし、相手もそれは理解しているようで、嫌らしくも合理的な攻め方をしてきた。


「くそっ!!」


地面を蹴る音がするのと、空気を切り裂いて何かが飛来する音がしたのは同時だった。しかも、それぞれがエレインとイドラさんへ向かっている。その瞬間、僕は目を閉じたまま魔術杖をイドラさんの後方へ向けて火魔術を放ち、同時に神速とも表現できそうな踏み込みでエレインの背後へ切っ先を突き込んだ。


「がぁぁ・・・」


「ごふっ・・・」


火魔術を浴びた者はあっという間に全身黒焦げになり、突きを受けたものは心臓を貫いたようで、口から大量の吐血音が聞こえてきたかと思うと、そのまま地面に倒れ付して息絶えたようだ。


「はぁぁぁぁぁ!」


そこで襲撃が途切れるはずもなく、認識阻害の外套を装備している者達が一斉に攻撃を仕掛けてきた。飛び道具や直接近接戦闘に持ち込もうとするなど方法は様々だったが、その尽くを自分の限界を超えたと思えるほどの速度でもって打ち落とし、迎え撃ち、沈黙させていった。このオーラの扱いにも大分慣れてきたのだろう、今の僕の実力はこれまでよりも一段高いところにあるような気さえする。


彼らの攻撃の標的は、どうやら僕ではなくエレインとイドラさんのようだ。オーラを纏った状態の僕に攻撃しても無駄であると悟っているのか、嫌らしい程までに2人のことを狙ってくる。エレインとイドラさんも僕に一方的に守られているわけではなく、微かな音を頼りに自分の身を守ろうと迎撃しているようだが、エレインはかなり苦戦していた。


逆にイドラさんはかなり的確に相手の攻撃を察知出来ているようで、2本のナイフを器用に扱いながら飛んでくるナイフを叩き落としたり、襲いくる相手の急所を的確に突いていた。その為、必然的に僕の迎撃はエレインを中心としたものになっていたが、さすがにそんなイドラさんでも全ての攻撃を完璧に捌けることは出来きなかった。


「っ!イドラさん!!」


「っ!・・・」


彼女の後頭部を狙うナイフの一閃が届こうとしており、それにイドラさんは対処できない体勢とタイミングだった。僕は警告するように彼女の名前を叫んだのだが、僕の警告に振り向いてナイフを視認した彼女の表情から、諦めの感情が読み取れてしまった。


「させないっ!!」


その彼女の表情を見た僕は、咄嗟に剣の切っ先を伸ばしてそのナイフを阻もうとしたのだが、長さがまるで足りなかった。


「はぁっ!!」


しかし僕は諦めることなく意識を集中させ、纏っていたオーラを大量に剣先に流した。すると、剣先から更に2m程も白銀のオーラが伸び、刀身が3m程の長剣のようになった僕の剣が、飛んできていたナイフを粉微塵に砕いた。


「っ!!」


自分では死を覚悟していたのだろう、生き残ったことに驚き、目を見開きながらイドラさんは僕と手に持つ剣を凝視していた。しかし、そんな彼女の視線よりも、僕は今の感触の方に意識が向いていた。


(そうかっ!この白銀のオーラは闘氣と魔力の中間の特性を有しているんだ!闘氣のように身体から離れようとするのに身に纏うでもなく、魔力のように身体に戻ろうとするのに放つでもなく、自分の思うままにその形を変化させ、留めることが出来るんだ!)


今までは白銀のオーラを、魔術を使う際には魔力として、剣術を使う際には闘氣として扱っていたが、それは魔術と剣術はそれぞれこう使わなければならないという先入観があったからだ。それが自分の戦術の幅を狭めてしまっていたようだった。


そう理解した瞬間、僕の戦い方がガラリと変わった。


「はぁぁぁぁ!!」


「「「っ!!!」」」


裂帛の気合いと共に、僕は魔術杖を掲げて複数の小さな炎の刃を作り出し、それを自分の周りに浮かべた。その刃の数は10・・・20と増えていき、僕とエレイン、イドラさんを取り囲むように配置していった。放出したはずの魔術を僕が完全に制御している様子を見てか、周囲に隠れている者達から息を飲むような気配が感じられた。


「エ、エイダ?これはいったい?」


「炎の刃が私達を囲んで・・・」


エレインとイドラさんも、見たことがない異様な光景に驚きの声をあげて僕の方を見ていた。それもそのはずで、本来一度放たれた魔術を更に操作するなど、ほとんど不可能に近いことだからだ。昔、母さんが鍛練中に放った魔術の向きを途中で変えるという技術を見せてくれたことがあったが、僕でさえ驚きの声をあげていたほどだ。


当時の僕には、そんな技術は母さんにしか出来ないことだと思っていたし、今の今までそう考えていた。だからこそ、2人の驚きようも理解できる。


「2人とも安心してください、僕の魔術です。これでもう誰も僕達を害せない!!」


僕がそう宣言するないなや、エレインに向かって駆け寄る人物の足音を捉えた。その瞬間、僕はエレインの周囲の炎の刃を数個操作し、足音がした方角へ向けて殺到させた。


「ぐあぁぁぁ!!!」


認識阻害の外套ごと貫かれた襲撃者は、その存在を白日の元へ晒した。僕の火魔術によって貫かれた四肢は黒焦げになっており、もはや歩くことも物を掴むこともできないだろう。


更にイドラさんに向かって何かが飛来する音が聞こえた瞬間、今度は彼女の周りの炎の刃を高速で回転させ、飛来するものから防御体制をとらせた。


『ギギギィィィン!』


硬質な金属音が辺りに鳴り響くと、イドラさんの近くの地面には切断面が赤くなり、切り刻まれたナイフだった物が転がっていた。


そしてーーー


「はぁぁぁぁ!!」


彼女達への攻撃の手が緩まったのを見計らって、周りに潜んでいる者達を一掃すべく、右手に持つ剣の先から白銀のオーラを伸ばし、20m程の長剣とした。そしてそのまま自分達を中心とした場所から円を描くように、剣を横薙ぎに一閃する。


「「「ぐあぁぁぁ!!!」」」


この一撃で認識阻害の魔道具も斬られたからか、今まで誰の気配も感じなかった周辺から断末魔のような阿鼻叫喚の声があがり、僕に斬られた大勢の者達が血を流して倒れ伏していた。


「・・・これほどの人数が潜んでいたとは、驚きだね」


僕は喘ぎ苦しむ者達を見ながら、この光景の感想を口にした。


「この者達は皆、王子殿下直轄の近衛騎士のようですね」


イドラさんが周囲に倒れる者達の顔を見ながらそう呟いていた。彼らは金属鎧の音を出さない為だろうか、外套の下には音のでない革鎧を装備していた。その為、パッと見ただけでは襲ってきた彼らの所属は分からなかったが、イドラさんは近衛騎士の顔を覚えているのだろう、彼らは王子直轄の近衛騎士であると断言していた。


「近衛騎士のあの鎧は、自身の所属を証明するものであると同時に、彼らの誇りでもあったはずだ。それを襲撃するためとはいえ脱ぎ去り、騎士にあるまじき不意打ちを仕掛けてこようとは・・・もはや騎士の矜持も捨てたか・・・」


なりふり構わない近衛騎士達の行動に思うところがあるのだろう、エレインは彼らに憐れみの表情を浮かべながら、嘆きの言葉を呟いていた。



「ふふふ・・・あはははははは!!!」


 そんな中、一人の騎士が狂ったように笑い声をあげていた。その声の人物に視線を向けると、彼は両足の膝下が斬り飛ばされており、自分が流した大量の血溜まりの中に仰向けに倒れ伏していた。一見すると、彼は自分の現状を嘆いて狂っているようだった。


「・・・何がそんなにおかしいのですか?」


そんな彼を不快に思ったのか、不憫に思ったのかは分からないが、イドラさんが彼に向かって笑っている理由を問いかけていた。


「ははは!我々の目的は達成した。これで任務完了だ!」


「・・・何を言っているの?両足を失い、頭がおかしくなったんですか?」


彼の言葉にイドラさんは眉を潜め、意味が分からないと首を傾げていた。


「ふふふ・・・俺達近衛騎士に与えられた今回の任務は、共和国の逆賊である貴様らを、太陽が頂点に達するまで足止めする事だ」


「足止め・・・時間稼ぎ?」


彼の言葉を怪訝に思いながら、僕は相手の言う目的を確認するように呟いた。


「そうだ!貴様らは王子殿下の思惑に、まんまと嵌まったというわけだ!!」


「「「ふふふ・・・あはははははははは!!!」」」


彼の言葉を皮切りに、周りで彼と同じように倒れている騎士達が狂ったように笑い出した。その異様な光景に、僕は言い知れない不安感が込み上げてきた。そんな僕の心情を察したかのようにその騎士は、口元を不気味に歪めながら口を開いた。


「さぁ、新たな秩序の世界が始まる!王子殿下万歳!共和国に栄光あれ!!」

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