第205話 復活 13

 しばらくの間、僕たちは今までの時間を埋め合わせるように力強く抱き締め合っていた。ただ、僕の涙のせいでエレインの服が濡れてしまったことに気付いて、僕は申し訳なさと自分の行動の恥ずかしさで、顔が沸騰するように熱くる感じを覚えながら身体を離した。


そんな僕の行動にエレインは少し名残惜しそうな表情をしていたが、泣いていた僕の顔を見たからか、悪戯っぽい笑顔を浮かべながら口を開いた。


「正直、自分から男性に告白することになるなんて思ってもみなかったよ。こういったものは、男性の方から言い募られるものとばかり考えていたからね」


「す、すみません」


彼女の指摘に、それはもっともな事だと思った僕は、申し訳なさで一杯だった。


「でも、考えてみれば私の方が年上のお姉さんだからな。大人の女性として、君が選択を間違えそうになっても、ちゃんと隣で正してあげよう」


エレインの恥ずかしさを隠そうとしているような笑顔を向けられ、僕は幸せに顔を綻ばせていた。


「はい!よろしくお願いします!」


そうして僕達はお互いの気持ちを確認し合い、将来を誓い合った。色んな事に決着がついた後、ある程度僕が自由に動けるのだとしたら、きちんとエレインのお義父さんに挨拶に行かなければと考えるが、最悪の場合は彼女に別れの挨拶をさてあげることも出来ずにこの国を出奔しなければならない。あまり考えたくはない未来だが、覚悟はしなければならないだろう。



 グレニールド平原へは馬車で2日程の距離だが、エレインが救出できたことで物資の調達が必要になった。彼女は簡素な衣服を着せられているだけだったので、しっかりとした衣服や装備、武器を購入しなければならない。その為、最寄りの街に補給に立ち寄らなければならない。


更に【救済の光】の動向も気になるところだったので、昼過ぎに到着した街で物資の調達と情報収集のために、ある程度の時間を使うのだった。当然だが、指名手配されている僕が万が一にも街で見つかるわけにはいかないので、僕とエレイン、それから公国の間者の一人である女性と、事前に街から少し離れた街道脇の開けた場所で降りており、夜営の準備に取りかかっていた。


その際、エレインからは公国の2人の名前を聞かれたのだが、以前会った間者は本名を名乗らず偽名を使うと宣言された上で名を名乗っていたことがあったので、どうせ聞いても偽名だろうと考えて端から聞いていなかった事を伝えた。


そんな僕の対応にエレインは苦笑いを浮かべつつ、一時とはいえ共に居る人間との円滑な関係維持のために名前を知るのは、最低限のマナーだとお説教をされてしまった。結局、夜営の準備をしながらそれとなく名前を聞くと、やはり偽名であることを伝えられた上で、女性の名前はリディア、男性の方はマルコということだった。


名前を聞いたはいいが、彼女は公国の間者と言う立場もあってか、あまり積極的に会話をすることはないし、プライベートな話も基本的に話せられないということで、なんとも微妙な空気になってしまった。


そうして陽も落ちかけた頃、物資の調達を終えたであろうエイミーさん達が戻ってきた。無事エレインの装備も買い揃えられたようで、魔術師用の動きやすい革鎧と魔術杖、火・水・土の付け替え用の魔石もあった。


さっそくエレインはその装備に着替えると、夕食の準備も整っていたことで、食事を摂りつつ、入手した情報とこれからの行動について、みんなと意識共有を図ることになった。



「えっ!?もう戦端が開かれてる!?」


 近衛騎士団の駐屯地にて、エレインが無事救出されたことを報告がてら、目新しい情報がないかと確認してきたセグリットさんからとんでもない話を聞かされてしまい、思わず僕は声をあげてしまった。


「どういうことです?開戦は2の月の初日と聞いていたのに、まだ2日も早いではないですか?」


エレインも僕と同様に驚きを隠せないようで、セグリットさんに詰め寄りながらその真偽を疑っていた。


「私も驚いたのですが、どうやら王子殿下の近衛騎士が先走った行動をとってしまい、それが発端となってなし崩し的に戦いが始まったと聞いています」


「戦場で互いに睨み合っているから、そういったことが起こらないとは言えないけど・・・王子殿下には、自分の部下くらいしっかり管理して欲しいんですけど!」


セグリットさんの言葉に、憤慨やるせなしといった表情でエイミーさんが愚痴っていた。詳しい状況や理由は不明だが、どうやら本当に戦争は始まってしまったようだった。


「エイダ殿、このままグレニールド平原へ向かわれますと、我々も戦火に巻き込まれる可能性があります。特にこちらには別派閥とはいえ近衛騎士もいますし、王子殿下の考え次第では参陣せよと命令されるのでは?」


先ほど初めて名前を知った公国のマルコさんが、僕の考えを探るような視線を向けてきていた。


「大丈夫です。僕は公国との約束通り、直接この戦争には関わりません。その場合は、エイミーさん達とは行動を別にしますから。あくまでも僕の目的は、【救済の光】の殲滅と、ジョシュ・ロイドの生存確認ですから」


公国が懸念しているであろう事について、予め釘を差しておく。


「そうですか。それならば良いのですが」


僕の言葉にマルコさんは、笑みを浮かべつつそれ以上口を挟むことはなかった。


「とはいえ、【救済の光】の構成員達が戦場となる平原付近に集結しているとなると、何か大掛かりな工作を仕掛けているかもしれない。奴らの最終的な目的は未だ不明だが、この戦争が関係していないことはないだろう?」


早すぎる戦争の開始に、組織が加担しているかもしれないとエレインが疑惑を呈してきた。その言葉にみんな厳しい表情をしながらも、大きく頷いて同意していた。


「エイダ殿の魔術を吸収した魔道具の用途も気になりますね。使い方によってあれは非常に強力な兵器にもなり得るでしょう」


「確かに。もしあの魔道具が無尽蔵に魔術を吸収できて、溜め込んだそれを一度に放出できたらと考えると・・・ゾッとしないんですけど」


セグリットさんの指摘に追随するように、エイミーさんがその危険性を口にした。僕の魔術を吸収しきっていることから、どれだけの容量を溜め込むか検討もつかないので、最悪を考慮すれば、大きな街一つ消滅できるということもありえる。


そんなものが戦場で使われたとしたら、その魔道具を持つものこそが勝利を納めてしまうだろう。


「もしかして【救済の光】は、この戦争を利用し、各国の戦力を削ぎ落として、この世界を征服しようなんて考えませんかね?」


何となく思い付いた僕の言葉に、みんなは神妙な面持ちで僕を見つめてきた。


「・・・確かに。今回のように、この大陸全ての国の戦力が1ヵ所に集結するように戦争を行うのは、今までありえなかった。もし組織がそんな状況を作り出したとすれば、その考えはあながち間違っていませんね」


「戦場には当然多数の魔術が飛び交うことになる。それらを吸収し続けて集めていき、各国の戦力が戦争で疲弊したところに放てば・・・一網打尽で各国の武力を大きく削げる」


「つまり、あの組織の狙いは世界征服ってこと?話のスケールが大き過ぎるんですけど!」


思い付きで放った僕の言葉に、セグリットさんが信憑性を加え、エレインが実現の可能性を考慮し、エイミーさんがそれが間違いないことであるように断言してしまった。


軽い気持ちで発言した言葉だったが、何だか本当に起こりえそうな状況に困惑しつつも、話の流れを見守った。



「となれば、現状優先すべきはあの魔道具の破壊ということになりますね?」


 そうして話し合いの結果、結論を出すようにセグリットさんが口を開いた。


「それって、王笏を破壊するってことになるんですけど・・・良いんですか?国宝って言ってましたけど?」


セグリットさんの言葉に僕は疑問を呈した。別に国宝の王笏を壊そうが僕としては構わないが、僕と一緒に行動しているエレインやエイミーさん達にお咎めがあるかもしれないと心配しての発言だった。


仮に僕とエレインがこの国を出ていくとしても、エイミーさん達は近衛騎士として残るはずだ。そんな状況で王笏の破壊に加担していたとすれば、何らかの処分が下される可能性がある。


「いやいや、世界の平和を優先すべきなんですけど!ちゃんと事情を説明すれば、問題ないに決まってるんですけど!」


僕の憂慮を否定するように、エイミーさんが鼻息荒く反論していた。近衛騎士である彼女がそうまで言うのなら、僕としてはこれ以上何も言うことはできない。ただ、エイミーさんの言葉をそのまま鵜呑みにするのも危険だろう。


「それなら良いんですが。そうなると僕らの目的は、【救済の光】を追って平原に到着次第、あの王笏を利用した杖を探すこととその破壊。同時に、抵抗が予想される構成員達の捕縛ないしは殲滅。そして、ジョシュ・ロイドが生存していた場合の確実な排除ということですね?」


今までの話を統合して、僕なりに自分達が行動する目的を簡潔に列挙していった。


「更に加えるとするならば、エイダの地位の回復だな」


僕の言葉に付け加えるように、エレインが笑みをこちらに向けながら目的を追加した。そんな彼女の言葉に、僕は苦笑いを浮かべながら口を開いた。


「ははは、そうですね。現状、その方法はまるで分かりませんが、【救済の光】を殲滅したら、その功績でどうにかしろと交渉してみますかね?」


「その際には私も微力ながらご助力しましょう。エイダ殿は世界を救うために行動していたということになれば、間接的に王女殿下の評価も回復します。そうなれば、ある程度発言力が戻りますからね」


僕の若干諦めの籠った言葉に、セグリットさんが身を乗り出して言い募ってきた。確かに世界の危機を救ったとなれば、人々への衝撃は大きなものになるだろう。翻って、僕が仮にも所属している王女派閥にも恩恵があるというもの頷ける。


「ありがとうございます。そうですね、もし本当に【救済の光】の目的が世界征服で、その為にこの戦争を引き起こしたのだとしたら、彼らを叩くということは戦争を止めることにもなりますし、エレインの目指す平和にも繋がってきます。その上で僕達が幸せにこの国で過ごせるようになるなら御の字でしょう」


「ふ~ん・・・」


僕の言葉に、エイミーさんがニヤニヤとした顔をして、僕と隣に座るエレインに意味深な視線を交互に送ってきた。


「な、何ですか?」


そんな彼女の視線に、僕は何となくからかいを含んだような感情を感じとり、身構えるように疑問の声をあげた。


「な~んか以前と比べると、2人の間にあった壁が消えてるんですけど。っていうかその距離感・・・そういうことなの?エレインちゃん?」


「あっ、これは、その・・・」


エイミーさんはからかいの対象をエレインに絞ると、ジト目を向けつつにじり寄っていた。若干黒い感情を纏わせているような彼女の何ともいえない妙な迫力に気圧されるように、エレインは身を縮こまらせながら困った表情を浮かべていた。そんなエレインに助け船を出すべく、僕は口を開いた。


「僕とエレインは婚約したんですよ」


「「「っ!!?」」」


「っ!エイダ!?」


僕の言葉に、この場に居た全員が驚愕に目を見開きながら僕の顔を凝視してきた。エレインも驚きのせいか固まっていた。正確に言えば、僕とエレインは互いの気持ちを確認し合ったというだけで婚約まで約束した訳ではないが、僕としては女性にあそこまで言わせたしまったという申し訳なさもあり、ここは男として2人の仲を宣言しておこうと考えたのだった。


「そ、そうなんだ・・・2人共おめでとう・・・」


皆しばらく固まっていたが、やがてエイミーさんが心ここに在らずといった様子で、お祝いの言葉を伝えてくれた。その表情から、驚きを通り越して信じられないといった感情が見てとれた。もしかしたら、自分より年下の2人が、自分を差し置いて婚約したということに葛藤でもあるのかもしれない。


「エイダ殿、お祝い申し上げます。これから何かと大変かとは思いますが、お2人にご協力できることがあれば、私としては助力を惜しみません。どうかお幸せに」


「「おめでとうございす!」」


「ありがとうございます!」


セグリットさんは、どこか調子のおかしいエイミーさんを無視するように祝福の言葉を伝えてくれた。また、公国の2人も笑顔を浮かべながらお祝いしてくれた。そんな彼らに僕は、笑顔で応えていると、隣のエレインが顔を真っ赤にして目を泳がせながらブツブツと独り言を言っていた。


「(わ、私がエイダと婚約?いや、確かにお互いの想いは確かめ合ったから、あれが婚約だと言われればそうなのか?で、でも、お付き合いを飛び越えていきなり婚約なんて・・・彼がそこまで考えてくれていたなんて嬉しいが、婚約の挨拶はどうすれば・・・いやいや、彼はまだ未成年だ、お母様から私がたぶらかしたなんて思われないだろうか・・・あぁ、何てお伝えすれば良いのだろう・・・)」


エレインはひたすら小声で呟いていたため、その全てを聞き取ることはできなかったが、僕の勝手な婚約発言を怒ってはいなさそうだった。その事実に安堵すると共に、僕は現実から逃避しているような虚空を見つめている人物に、心配した眼差しを向けていた。


「(へぇ~、この2人結婚するんだ・・・私よりも早くね・・・そりゃ、2人とも両想いだし、お似合いだし、心から祝福するわよ。でも、そう・・・私よりも早く結婚・・・何で私には運命の男性がまだ現れないの?これは私のせい?それとも世界のせい?)」


虚空を見上げながらブツブツと呟くエイミーさんはいっそ不気味なほどで、自分の運命の相手が現れない現実に呪詛を撒き散らしているような恐怖すら感じる程だった。

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