第204話 復活 12

 夢を見た・・・


まだ僕が小さかった頃、熱を出して寝込んでいたときの夢だ。父さんは聖魔術でさっさと治した方がいいと言っていたが、母さんがそれに待ったをかけていた。小さい頃は肉体の自然治癒力を向上させるために、やたらと聖魔術やポーションは使わない方がいいとかなんとかという話を高熱でうなされながらも耳にした記憶がある。


母さんから理論的に根拠を並べ立てられて説明される父さんはぐうの音も出ないので、その方針に従って結局僕は3日間ほど寝込んだことがあった。その間は、鬼のように厳しく鍛練を課してくる両親も、僕の身体を心配して手厚い看病をしてくれた。


何か食べたいものはないかと、今まさにお粥を食べている僕に父さんが何度も聞いてきたり、一晩中付きっきりで母さんが額の濡れタオル変えてくれたり、常に僕の事を気遣ってくれていた。特に母さんは、僕が眠りにつくまでずっと頭を撫でながら優しい微笑みを浮かべていたのが印象に残ってる。


鍛練の際、いつも厳しかった母さんも、やっぱり僕の事を心配してくれているんだと、子供心に安堵したものだ。


そんな子供の頃の夢を何故今さら見たのかは、今の自分の置かれている状況のせいだったのだろう。



(・・・ん・・・あれ?もしかして寝ちゃってたのかな?)


 ぼんやりとした意識が覚醒し始める。ガタゴトと馬車の揺れを感じながら、今自分は横になって寝ていたのだと認識した。


(柔らかい・・・寝る前に枕なんて用意したっけ?それに誰だろう、僕の頭を優しく撫でてくれているのは・・・)


僕の頭を柔らかい感触が包んでおり、更に優しく頭を撫でられている感触もあった。しかし寝ぼけていることもあって、自分の身に今何が起こっているかも分からない。未だ覚醒しきらぬ僕はゆっくりと瞼を開けると、そこは寝る直前まで見た記憶のある馬車の車内だった。


(・・・久しぶりに熟睡したな。何でこんなに心地よかったんだろう?)


疑問に内心首を傾げながら、何度か瞬きをして寝ぼけ眼の視界をクリアにする。すると、視界の端に誰かの足元が見えた。自分の体勢を考えれば、その足は当然僕のものではない。しかも、どうやら僕は枕に頭を預けているのではなく、その足に乗っているような感じだった。つまるところ、僕は膝枕をされていたのだ。


(えっ!?なんーーー)


その事実を認識すると、意識が急激に覚醒してきた。横向きだった頭を上に向けると、僕を膝枕して頭を撫でてくれていた人物と目が合う。


「おはよう。よく眠れたか?」


「えっ、あっ、そのっ、あのっ、母さ・・・エレイン!何で?」


優しげに僕を見つめていたエレインが、夢の中の母さんの表情と重なって、一瞬母さんと言おうとしてしまった。焦った僕はすぐに言い直したのだが、僕が何と言おうとしていたのか彼女に言い当てられてしまった。


「ふふふ、どんな夢を見ていたのかは知らないが、私はエイダのお母さんじゃないぞ?」


「いや、その・・・すみません。どのくらい僕は寝ていましたか?」


「ほんの2時間位だよ。エイミーさん達からも君の様子は聞いていたからな。相当張り詰めた精神状態で私の事を探してくれていたのだろう?きっと自分が思っている以上に精神的に疲労していたんだよ。まだしばらく移動に時間は掛かるらしいから、ゆっくり休んでいいぞ?」


「だ、大丈夫です!しっかり寝れましたので・・・」


僕の質問に優しい声音でエレインは答えた。その言葉に何だか心が温かくなり、甘えてしまいそうになるのをグッと堪えて、僕は上半身を起こした。


「そうか。私の膝枕の寝心地は良かったか?」


これまでのエレインからは想像が出来ない悪戯っぽい笑みを浮かべながらそう聞かれると、今まで自分が頭を預けていた彼女の太ももへ視線を向けた。すると、今まで頬で感じていた柔らかい感触を思い出してしまい、僕は恥ずかしさのあまり顔が熱くなってしまった。


「あ、その、とても柔らかく・・・って、そうじゃなくて!」


あまりの恥ずかしさで混乱していた僕は、エレインの問いかけに素直な感想を口走ってしまったが、言っている内容が更に恥ずかしかったので、頭をかきむしりながら今の状況を把握しようと必死に自分を落ち着けた。


「ふふふ、そうか、柔らかかったか」


そんな僕の様子に、エレインは嬉しそうな表情を浮かべていた。彼女がどうしてこんなに穏やかな表情を浮かべられているのか、昨日からどのような心境の変化があったのかは僕も詳しくは分からない。今朝顔を会わせた際に、心機一転決意したと言っていた。そして、僕の事も夢の事も諦めないと宣言していた。


そう言われて僕も嬉しかったが、どうすればいいのかの解決策は分からない。僕を取り巻く環境を跳ね除けて彼女の夢も叶えるのは、並大抵のことでは不可能だ。それこそ奇跡が何重にも重なって、やっと実現し得るくらいの偉業とも言える事になってしまう。


だからこそ、そんな不確実な未来に付き合わせる選択が出来ずに、僕は彼女から離れようと考えていた。そして、自分の考えを彼女に伝えたのだが、僕のその考えに彼女は怒りを露にしていた。それは以前、王城の中庭での出来事を彷彿とさせるような状況で、僕がいかに独りよがりな考え方をしていたのかを思い知らされる事にもなった。


それでも確認しなければならない。エレインが言っていた僕を諦めないと言うことの真意と、彼女の考えを。


「その・・・改めて言うのも何ですが、僕はあなたと距離を取るとお伝えしました。そんな僕の事も、ご自分の夢も諦めないと言っていましたが・・・それがどれほど大変で、あなたにとって大切なものを色々と捨てる結果になる可能性があると分かっているんですか?」


自分の幸せを勝手に決めつけるなとエレインからは怒られていたが、それでも今の状況で僕と共に居ようとするということは、今までの自分を捨てる選択をせざるを得ない可能性があるのだ。その時になって彼女に後悔はさせたくない。


「今のままでは、確かにエイダの言う通りだろうな。共和国の為政者が民意を誘導するために、君に冤罪を吹っ掛けたことを認める可能性なんて限りなくゼロだろう。そんなことを認めてしまえば、これからの発言全ての信憑性が疑われてしまうと言うものだ」


「・・・だったら」


「それでも私は自分の想いを・・・いや、君から逃げたくはないんだ。だから君にも、私から逃げて欲しくない」


「逃げる・・・ですか?」


彼女の言葉の真意を知ろうと、僕は意味が分からないといった表情で疑問を呈した。


「そうだ。君はもしかしたら自分のせいで私の立場や家族、友人などを捨てさせてしまうことを恐れているかもしれないが、それはたぶん本質から目を背け、もっともらしい言い分を並べ立てて自分の心を守っているだけなんだよ」


「・・・どういうことですか?」


「私も君の立場になって考えてみて気づいたよ。自分がこれほどまでに好きになった相手から、将来もし付いていった事を後悔したと言われるかもしれない恐怖を・・・」


「っ!!」


エレインの言葉に、僕の心臓はかつてないほど大きく脈打った気がした。だからだろう、彼女のその指摘に僕は何も言うことが出来なかった。


「君はそんな未来を想像して、極端に恐れた。だから、そんな事を言われるくらいなら、自分から離れようと、そう決断したんだろ?」


「ぼ、僕は・・・」


「自分の決断が相手を不幸にし、その相手から恨まれたら・・・しかも、その相手が自分が愛した人物だったとしたら・・・私だってそんな言葉を聞くくらいなら、逃げようと考えるだろう。しかし、だとしたらだ!」


そう言うとエレインは僕に顔を近づけ、真剣な表情をしながら僕の両手を少し強引に掴んできた。


「私がその決断をしよう!」


「エレイン?」


「君が私に付いて来て欲しいと言うんじゃない、私が君に連れていけと言っているんだ!」


彼女の言葉に、僕は自分の目を何度も瞬きさせながら、何を言われたのかを理解しようと努めた。そんな僕に畳み掛けるように彼女は言い募ってきた。


「昨日も言ったが、これからの事を君一人で決める必要なんてないし、して欲しくない!だから、私も一緒になってこれからの事を決めよう!だけど、今回の事については私の答えはもう決まっている!」


「えっ、あっ、エレイン?」


彼女の力強い迫力に、僕は困惑を隠せなかった。そんな口ごもっている僕の手を握る彼女の力がグッと増したかと思うと、エレインは僕の瞳を真っ直ぐ射貫くような視線を向けて、決意したように口を開いた。


「エイダ・ファンネル、私は君を愛している。これから先、いかなる困難が2人に襲いこようとも、私は君と共に人生を歩むことをここに誓おう」


「エ、エレイン?」


彼女の言葉に困惑していた僕の頭は更に混乱してしまい、何を言われたか分からず、ただ彼女の名前を呟くことしか出来なかった。そんな僕の様子を見てか、彼女は優しく微笑みながら問いかけてきた。


「・・・君は今、私の事をどう思っているんだ?」


「ぼ、僕は・・・」


次第に落ち着きを取り戻した僕は、彼女の言葉を頭の中で反芻する。その意味を、その決意を、彼女の瞳を見つめながら理解する。女性にそこまで言わせてしまったのは、男として情けなく感じるが、ここまで僕の事を想ってくれているのだとしたら、それはとても幸せなことだ。なら、僕も覚悟を決めるしかない。


「僕は今までも、これからも、ずっとエレインの事が好きです!愛しています!その気持ちが揺らぐことはありません!」


「その言葉を聞けて嬉しいよ」


「でも、僕と一緒にいると辛い選択をエレインに課せられる可能性がーーー」


「言っただろ、私は既に選択したのだ。私の決意を、意思を、君はないがしろにするのか?」


僕の言葉を遮って、彼女は怒った表情で唇を尖らせていた。


「・・・本当に良いんですか?」


「自分で決めたことだ。どんな状況になっても、後悔するつもりはない!」


「・・・・・・」


固い決意を滾らせる彼女の瞳を見て、僕はもうそれ以上何も言えなかった。きっと僕が何を言っても、彼女が考えを変えることはないだろうと理解させられたからだ。


そして、そんな選択をしてくれた彼女に、僕は心の底から喜びと感謝を感じていた。


「あ、ありがとう・・・ございます・・エレイン・・・」


僕は精一杯の笑顔で感謝の想いを彼女に伝えようとしたのだが、瞳から溢れ出る涙と嗚咽を止めることが出来ずに、歪んだ笑顔とたどたどしい言葉で感謝を伝えるのが精一杯だった。


そんな僕の事を、エレインは微笑みながら優しく抱き締めてくれた。

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