第200話 復活 8

(進行速度は変わらず・・・エイミーさん達の馬車も、予定の距離に近づいてるな)


 皆と最終確認を行った後、僕はすぐにエレインの乗る【救済の光】の馬車一行の元まで戻ってきていた。今は街道脇の影に隠れながら様子を伺い、エイミーさん達の馬車が予定の距離まで近づくのを待っている状況だった。


チャンスは一度。相手が僕に気づく前にエレインの乗る馬車を強襲して彼女を救出、その後、彼らの足止めに全ての馬車を壊しつつ離脱して、エイミーさん達と合流することが出来れば最善だ。


もし何らかの理由で僕の存在を気取られて強襲が失敗すれば、エレインを救える可能性はかなり低くなってしまうし、今回救うことが出来なかったら、相手により警戒されて救出そのものが困難になる可能性がある。最初の一歩で躓いてしまうと、即座にエレインを盾にされ、身動きとれなくなる可能性もある。だからこそ、動き出しは慎重にならざるを得なかった。


(・・・よし、エイミーさん達は所定の位置に来たな。いくぞ・・・エレインを取り戻す!!)


エイミーさん達の気配が予定の位置にまで来たことを感知した僕は、ゆっくりと腰に提げている剣を抜き放つと、闘氣を身に纏うと同時に、地面が陥没するほどの踏み込みで茂みから飛び出し、瞬き一つの間にエレインの乗る馬車に側面から接近した。


「ハァァァ!!」


裂帛の気合いと共に闘氣で剣を覆い、上段に掲げた剣を垂直に振り下ろす。


神剣一刀じんけんいっとう!!」


その馬車内には2人の気配があり、一人はエレインで、対面に彼女の見張り役なのだろう人の気配があることは感知していた。そこで僕は慎重に狙いを定め、2人の間に剣戟を走らせ、車体を中央から真っ二つに両断してエレインを救出する。


『ズバァァァン!!』


轟音と共に切断された車体がズレ、馬と繋がっている前方の車体は、切り離された車体部分を残すような格好で走っていく。残された後方の車体部分は、バランスを崩して転倒しようとしていた。


「きゃーーー!!!」


転倒しようとしている馬車に乗る人物が、その状況に甲高い悲鳴をあげた。その声を聞いた僕は不謹慎ながら安堵と喜びの感情を抱いてしまった。その悲鳴の声をあげたのが、2か月ぶりに見るエレインだったからだ。


「エレイン!!」


剣を収め、転倒しようとしている馬車からエレインを横向きに抱えて彼女を救出すると、僕は一目散にこの場を離れようと、エイミーさん達の馬車へ向かって方向転換する。


「っ!エ、エイダなのか?」


腕の中で身体を強張らせていたエレインは、僕の顔を見ると途端に表情を明るくしながら問いかけてきた。


「はい。遅くなってすみません」


「きて、来てくれたんだな・・・」


彼女は僕の言葉に涙を溜めながら喜びの表情を浮かべていた。その表情を見て、僕はもっと早く彼女を救出することが出来なかった事を悔やんだ。


そんな再開の喜びもつかの間、この一行の最後尾の馬車が轟音と共に荷台部分が破壊され、車内から何かが飛び出してきた。


「っ!?」


何事かとそちらに視線を向けると、僕に向かって目にも留まらぬ早さで何かが迫ってるのが分かった。


「くそっ!」


このままではそれとぶつかってしまうと判断した僕は、エレインを抱えたまま右っ飛びに跳躍して回避すると、その直後、僕が今まで居た場所に一陣の風が吹き抜け、その後方に地面に跡を引きながらそれが止まったのが見えた。


「・・・何だあれ?」


その存在の姿に、僕は眉を潜めた。2mを軽く超える巨体に、筋骨粒々な体躯、浅黒い肌に金色の長髪が風に靡いている。禍々しく感じるその存在感に、人ではなく魔獣に近い何かだと思わせたが、こちらを振り返って目を合わせた瞬間、言い様の無い焦燥感が僕の身体を駆け巡った。


(まずいっ!コイツ相手にエレインを庇いながらじゃおくれをとるかもしれない!)


その赤黒い瞳を見て直感が働いた僕は、それの動きに警戒しながらエレインを降ろして、僕の背後に庇うような体勢で剣を抜いた。


「あれは・・・まさか!」


そんな中、僕の背中越しにエレインの呟きが聞こえた。彼女のあれの正体を知っているかのような口ぶりに、それに対する注意はそのままに確認する。


「エレイン、あれが何だか知ってるんですか?」


「あ、あぁ、あれはおそらくーーー」


『エレイ~~ン!!!!』


彼女の言葉を遮るように、それは野太い声でエレインの名前を絶叫していた。その声質は人のそれではなく、魔獣の咆哮のようにも聞こえていた。


「っ!やはり、あれはジョシュか!?」


「っ!?あれがっ!?」


彼女の確信を持ったような言葉に、僕は目を見開いてそれを見つめた。もはやジョシュ・ロイドだった時の面影など金髪くらいしかなく、その容貌は醜く変わり果てていた。


『エレイン!エレイン!エレイン・・・』


「っ!」


それは口から涎を垂れ流しながら、エレインの名前を連呼して彼女に視線を固定している。彼女は何かに取り憑かれたようなその偏執的な彼の様子に恐怖している。それもそのはずで、彼の目は見開かれ、瞬きを忘れたかのようにじっと凝視して自分の名前を叫んでくるのだ。その状況に、名前を呼ばれている本人が恐怖を感じないわけはないだろう。もはや人としての理性など消えているようにも見え、まるで魔獣と対峙しているかのような感覚に囚われてしまう。


(これがあの”害悪の欠片”を抽出した液体を取り込んだ人間の成れの果てか・・・)


僕が憐れむような視線を向けると、彼は急に両手を地面に叩きつけ、その勢いを利用するように四つん這いの姿勢から弾丸の様にこちらに突進してきた。


「くっ!」


その予想外の体勢から繰り出された異常な速さに一瞬判断が遅れ、エレインを抱えて避ける機会を失っていた。僕は白銀のオーラを作り出すための時間的余裕がないと判断し、即座に可能な限りの闘氣を纏い、剣での迎撃体勢をとった。


『俺のエレイン!!』


「お前のじゃない!!」


彼のその叫びに苛立ちを隠さず反論する。彼は殴り掛かってくるとか攻撃を加えてくるというような感じではなく、単純にエレインを捕まえようとするかのように両手を前に出しながら突進してきていたので、その両手ごと斬り飛ばすような勢いで横薙ぎに剣を振るう。


『ギィィィィン!!』


「っ!!」


およそ人の腕を斬りつけたとは思えないような甲高い接触音が周囲に響くと同時に、僕はその強大な膂力に驚いた。


(くそっ!重い!!)


この瞬間に纏える最大量の闘氣で全力を出しているにも関わらず、その渾身の一撃を受けてなお、彼の身体は僅かに横にブレる程度で、辛うじてその突進を躱せたという結果だった。


(ふぅ・・・落ち着け。集中だ!)


相手との距離が少し開いた瞬間を見計らって、集中力を高めながら白銀のオーラに纏い直す。彼は勢いそのままに少し離れた場所で止まると、こちらを振り返りながら濃密な殺気を放ってきた。


『何だお前は?俺の邪魔をするつもりか?』


「ふん!僕の事を忘れるまで自我を無くしているとはね。前回はまだ会話出来たというのに、今ではもはや魔獣の一歩手前か・・・」


軽く挑発の言葉を返すと、エレインが乗っていた馬車に同乗していた女性がこちらに駆け寄りながら叫んだ。


「その男はエイダ・ファンネルです!エレインさんを攫うつもりですよ!!」


あなたのという部分を強調したその言葉に彼は反応し、目を見開きながら怒声をあげてきた。


『貴様!!エイダ・ファンネル!!俺様のエレインをまたしても攫うつもりか!!させん!させんぞ!!コロスコロスコロス!!!』


またしてもという言葉の意味は理解できないが、先程までよりもさらに膨れ上がった殺気をこちらに叩きつけてきた。僕は若干身体が強張る感覚を感じたが、すぐに打ち消した。しかし、背後から地面に崩れ落ちる音が聞こえてくる。


「・・・くっ。すまないエイダ、動けない・・・」


その音に後ろを振り返ると、エレインが地面に両手を着きながら申し訳なさに謝ってきた。その顔は蒼白になっており、冷や汗が止めどなく流れていて、彼女の言うように彼の殺気に呑まれて、身体の自由が効かなくなっているようだった。


ただ、彼の放つ殺気は全方位に向けられているのか、少し先で停まった組織の馬車からは、こちらを伺っていた者達が全員地面に膝を着いて動けなくなっているようだ。それは走り寄ってきた女性も例外ではなく、彼女も地面に倒れ伏しながら頭だけを上げてこちらの様子を伺っていた。


この状況であれば他からの横やりを気にせず、彼と一対一でのやり取りに集中できる。唯一の心配事は、僕の背後で動けなくなってしまっているエレインだけだ。


(禍根はここで断つ!エレインに僕が人を殺す姿を見られても、彼は危険だ!このまま野放しには出来ない!)


決意を胸に剣の柄を握り直すと、彼が飛び掛かってきた。


『グラァァァ!!!』


魔獣の叫び声のような唸り声をあげながら腕を振り回してきたが、力任せのその一撃を完全に見切り、上体を少し反らすことで躱すと、お返しとばかりに反撃の突きを放つ。


「ハァァァ!!!」


頭部を狙った一撃だ。彼は攻撃を躱されたことでバランスを崩しており、防御もままならない無防備な状態だった。そこに白銀のオーラを纏わせた剣による一閃。今までの“害悪の欠片”を取り込んだ者達との戦闘を考えれば、勝敗は決まったはずだった。


『キィィィン・・・パキィ!』


『ぐぁっ!くそがっ!!』


「・・・・・・」


僕の放った突きは、固い壁に阻まれたような手応えが返ってきた。一瞬の攻めぎ合いの後、ガラスが割れるような音が響き、その額を少しだけ突き刺した瞬間、彼が身体を反転させて僕の攻撃から逃げおおせていた。


僕から距離をとり、こちらを睨みつつも自分の額に手を当てて傷を押さえていた。そして怒りのあまりか、悔しげに何ごとか喚き散らしていた。


『くそっ!ふざけやがって!絶対に殺す!コロス!ゴロス!!』


口から泡を吹き出しながら叫ぶ彼を、僕は驚きと共に冷静に見つめていた。前回と違って僕の攻撃が一瞬止められた事にも驚くが、彼の額から流れる血は、もはや人間のものでは無かった。暗い緑色のそれは、以前”害悪の欠片”を取り込まされた魔獣の纏うオーラを連想させた。


更に注意深く彼を観察していると、額にパックリと開いていた斬り傷が徐々に閉じていっているのだ。前は例の赤黒い液体を飲まなければ治癒しなかったのに、彼の身体はいったいどうなっているのだろうと困惑せざるを得なかった。


「エ、エイダ?大丈夫か?」


僕の動揺を背中から感じ取ったのか、背後からエレインが殺気で苦しみながらも、心配した声を掛けてきた。


「大丈夫です。エレインは僕が守ります!だから、安心してそこに居てください!!」


「エ、エイダ?」


僕の言葉に、エレインは何故かより心配した表情を滲ませていた。その理由が思い至らなかった僕は、疑問を残しつつも彼に向き直る。


『ガァァァ!俺様のエレインと話してるんじゃねぇ~!!』


振り返ると、完全に治癒した彼が憤怒の表情でこちらを見据えてきていた。


「うるさい!!お前のじゃないって言っているだろ!!」


彼の言葉に僕も苛立ち、剣を下段に構えて一足飛びに間合いに踏み込む。


「シッ!」


『お゛ら゛ぁぁぁ!!』


僕の剣を迎え撃つように、彼は左腕を振り下ろしながら殴り掛かってくる。その様子から、先程僕に斬られたという恐怖心もなければ、学習もしていないような動きだった。僕は左下段に構えた剣を逆袈裟斬りに振り上げ、彼の左腕を肩の付け根付近から斬り飛ばす。


『ぐぉぉぉ!!』


さっき同様、抵抗はありながらも何とか斬り飛ばすことができたが、やはり彼は痛みを感じないようで、自分の攻撃が僕に当たらなかったことと、腕を斬られたということに激怒しているようだった。


「ふっ!」


さらに攻撃の手を緩めることなく、斬り飛ばした姿勢から手首を返し、袈裟斬りで彼の首を狙った。


『ら゛ぁぁぁ!!』


「っ!!」


すると彼は右足で地面を踏み抜き、地割れを起こしてきた。そのせいでバランスを崩してしまった僕は剣筋と力が逸れ、脇下から胴体の中央付近で剣が止まってしまった。


『がははは!捕まえたぜっ!』


「チッ!」


彼は僕の剣を右手で掴み、左回し蹴りを放ってきた。その馬鹿力に剣を動かすことが出来ず、その蹴りに応戦するように僕も左の回し蹴りを放つ。


『おらぁぁ!!』


「はぁぁぁ!!」


激突する回し蹴りに、僕らは雄叫びをあげながら、どちらも相手を蹴り飛ばそうと力を込める。力は拮抗した末に、僕らは互いに後方へと弾き飛んだ。

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