第201話 復活 9
お互いの力がぶつかり合い、弾けるように後方へと吹き飛ばされると、相手との距離が空いたことで少し考える時間が出来た。剣を交えた感覚では、現状速さも力も僕の方が僅かに上回っている手応えだった。
ただ、厄介なのは彼の再生治癒能力だ。以前は例の赤黒い液体を飲むことで治癒していたのに、今ではそれも不要で、少しすると勝手に治ってしまっている。僕の斬り飛ばしたはずの左腕も既に新しく生えており、先程付けたばかりの胴体の斬り傷も塞がりつつある。
それがどのような代償を必要としているのか、あるいは全く必要としないのか分からないが、一撃で致命傷を与えなければじり貧になるということは理解できた。しかし、彼は本能的になのか、自分に致命傷が与えられるような攻撃には敏感に反応し、回避しようとしている。
つまり彼は、致命傷さえ防いでしまえば捨て身で攻撃もできると思われる。しかも、本来なら腕や胴を斬り裂かれれば激痛に苛まれるはずが、それがないので攻撃を受けた後の身体の硬直や怯えが微塵もないのだ。それはつまり、接近戦なら相討ちを狙って仕掛けられれば、彼の攻撃が僕に届くということだ。
(なら、今度は遠距離から一方的に攻撃させてもらおう!!)
そこまで現状を分析すると、完治した彼が咆哮と共に僕に向かって猛進してきているところだった。僕は小さく息を吐き、落ち着いて剣を収めると、魔術杖を抜き放ち、先端を彼に向けながら火魔術を発動する。
(威力を集約しろ!彼の頭を吹き飛ばせればそれでいい!強力な炎を指先程度の大きさに圧縮して狙い打つ!)
剣で斬り込んだ時の感触から、魔術でもかなり威力を集約させないと相手の防御を貫けないと考えた僕は、本来は巨大な炎の塊として放つ威力のものを、指先程の小ささに収束して彼の防御の突破を試みる。
「喰らえっ!」
『ぐら゛ぁぁぁ!!』
僕の魔術は、まるで一筋の光の筋のような軌跡を残して彼の頭部へと殺到したが、それを彼は右拳で殴り付けて相殺を試みていた。
『あ゛ぁぁぁ!?』
「・・・・・・」
僕の魔術は彼の右拳を腕ごと吹き飛ばしたが、そのせいで威力の減衰と向きが歪められ、顔を狙った一撃は彼の右耳を抉り、その余波で後方に吹き飛ばすだけの結果に終わってまった。
(ちっ!面倒な!こうなったら周囲への影響度外視で、肉片すら残さず消滅させてやる!)
都合の良い状況に僕は即座に杖を構えようとしたところで、周囲の気配の動きに気付いた。
(っ!?今まで動けていなかった人達が動き出した!?)
彼が怪我を負って吹き飛んだ影響なのか、先程まで殺気で動けなかった者達が急に動き出した。しかも、逃げ出そうとするのではなく、その内の一人は僕と彼の直線上に飛び出すような動きを見せていた。
(何をするつもりだ?いや、何でもいい。全部まとめて消滅してやる!)
不可解な行動だったが、それに構わず僕は杖を彼らに向け、意識を集中する。
「喰らえ、神魔融合!!」
轟音と共に、地面を抉りながら全てを消滅せしめる6色の破壊の奔流が、彼らに向けて殺到した。そしてそのまま彼と共に【救済の光】の構成員ごと纏めて消し去る光景を幻視していた僕は、次の瞬間思いもよらぬ状況に唖然としてしまった。
『シュイィィィィィン!!!』
「・・・なにっ!?」
僕の放った神魔融合が、何かを吸い込むような吸束音と共に消えてしまったのだ。あとに残っていたのは、地面を一直線に抉った痕跡だけだった。
少しだけ呆気に取られた僕だったが、何が起こったかを把握するため、僕と彼の間に飛び出してきた人物を凝視する。
(あれは・・・)
その人物が手に持っているものは、先端に両手で抱える程の大きさの魔石が取り付けられいる杖で、その魔石部分には何やら文字がビッシリ刻み込まれており、何らかの魔道具だと思われた。その魔石部分は輝くように高速で明滅しており、その様子から、この魔道具が僕の攻撃を消滅か吸収したのではないかと推測した。
しかしそれ以上に、あの杖自体をどこかで見た記憶が有るような気がする。
「あれって、王城から盗まれた王笏なんですけど!!」
時間が掛かった為、次善の策として予定していたエイミーさんとセグリットさんが追いついたようだ。その叫び声に後ろを見やると、セグリットさんは周囲を警戒するように魔術杖を構えており、エイミーさんはエレインを労るように肩を抱きつつ、その視線を前方の魔道具らしき杖に向けていた。
エイミーさんの指摘に僕も記憶を呼び起こし、英雄として国民に宣言された時に見ていたのを思い出した。魔石の部分は文字が刻み込まれて見た目が多少異なっているが、杖の部分は紛れもなく王笏そのものだった。
(ということは、王笏が盗まれたというのは本当の事で、しかも犯人は【救済の光】ということか)
この事実をもって僕に掛けられている冤罪を晴らせるかは不明だが、今はそれよりも気を付けるべき事があった。それは、あの魔道具が魔術の吸収という性質だけを有しているかということだ。もし吸収した力を任意に放出できるのだとしたら、迂闊に動けなくなってしまう。
そんな嫌な予感は残念ながら的中するかのように、杖を持つ人物はこちらに先端を向けてきたかと思うと、明滅していた魔石がしっかりと発光した次の瞬間、僕の放った神魔融合がそのままこちらに返ってきた。
「くそっ!!」
予め想定していたため、身体はすぐに反応した。一瞬、父さんが母さんの神魔融合を斬ったという話が脳裏を過ったが、僕の背後にはエレインだけではなくエイミーさんやセグリットさんがいる。さらに後方には現在協力関係にある公国の間者と移動用の馬車もあるので、間違ってそちらに余波がいってしまうことは避けなければならない。
そうなると必然、迎撃の選択肢は同じ技で相殺するということになる。
「消えろ!!」
即座に魔術杖を構えて、僕はもう一度神魔融合を放つと、真っ正面から迎え撃つ。
『キィィィィィィィン!!!!』
2つの神魔融合が真っ正面からぶつかると、耳を
「うわっ!何だこれ!?」
2つの神魔融合が接触すると、全く同質の力だった影響か、それぞれの力が混ざり合い、6色の光を更に輝かせながら巨大な球体を形作っていた。
自分の理解を越えた状況に唖然と事の推移を見つめていた次の瞬間、全身に鳥肌が立つほどの猛烈な危機感に襲われた。
(ヤバイ!!)
何が起こるかは分からなかったが、何故か唐突に感じた直感に従って、僕は瞬間的にエレインの元まで駆け寄り、驚く彼女とエイミーさんを無視して両脇に抱え、「ゴメン!」と叫びながらセグリットさんを思いっきり蹴飛ばしてこの場所から遠ざけた。
そして自分も、地面が陥没するほどの勢いでこの場を離れるために飛び退く。その際、離脱しながらあの球体の状況を確認すると、巨大に膨れ上がった6色の球体は、一瞬、豆粒ほどの大きさに縮小されたかに見えた刹那ーーー
『ドゴーーーーーーン!!!!!!』
轟音と共に爆発し、円形状に6色の空間が広がっていた。
(ヤバイ!ヤバイ!)
見たことも聞いたこともない状況だったが、僕は本能的な部分であれに触れれば何の抵抗も出来ずに消滅してしまうと感じ、全力で後退した。しかし、不思議なことに、その轟音から想定される余波が襲ってこないことに気付いた。
僕は眉を潜めながら球体に視線を向けると、6色の球体は目測で直径100m程の大きさで拡大が止まっていた。理由は不明だが、その球体の外側にはまるで影響が無いように見えるが、キーンという甲高い音がずっと鳴り響いている。
「何なんだこれ?」
理解できない状況に僕は動きを止め、エレインとエイミーさんを抱えたままその6色の球体をつぶさに観察した。
「何なのだこれは?」
「訳分かんないんですけど?」
両腕に抱える2人からも、今の状況に疑問の声が聞こえてきたところで、僕は2人を降ろしてその動向を一緒に見つめていた。
そして5分ほど経った頃だろうか、6色の球体は段々と小さくなっていき、やがて消滅してしまった。残されていたのは、50m程の深さまで球形状に地面が消滅していた、元は街道だった大穴だけだった。
その様子に僕たちはしばらく呆然と立ち尽くしていたが、20人を超える【救済の光】の構成員とジョシュ・ロイドが居なくなっていたことに今更ながら気付いた。あまりに想定外の事が起きすぎたために、気配を感知することを忘れていたのだ。その結果、どうやら彼らを取り逃がすことになってしまった。
事態が落ち着いたところで、僕はまず蹴り飛ばしてしまったセグリットさんの容態を確認した。結構な後方まで吹き飛んでいた彼は、僕に蹴られた腹部を押さえながらうずくまっており、改めて謝罪しながら聖魔術で治療を施した。
彼は僕に治療を受けながら、「エイダ殿が蹴飛ばしてくれなければ私は死んでいたでしょうから気にしないで下さい。でも次はもう少し優しくお願いしますね」と、わりと真剣な表情で懇願されてしまった。
【救済の光】についても何か手掛かりなどがないか大穴を回り込んでみると、そこには下半身が消滅し、上半身のみとなっている死体が転がっていた。その人物は僕とジョシュ・ロイドの間に割り込み、魔術を吸収・放出する魔道具を使用していた人物だった。
どうやら逃げ遅れてしまったようだが、彼の手にはあの魔道具と思われる杖を持っていなかった。彼の下半身のように消滅してしまったのか、あるいは誰かが持ち去ったのかは不明だ。しかし、あの杖の性質を考えれば、6色の球体の力さえも吸収できたのではないかと思うのだが、何か吸収するにも条件があるのかもしれない。
周辺を捜索しても死体は彼一人のものしかなく、5台の馬車も走り去ってしまった後のようだ。僕の感知できる半径500m以内にはもういないようで、6色の球体が消滅するまでの5分の間に、急ぎこの場を走り去ってしまったようだ。
そして目下一番の問題は、ジョシュ・ロイドの生死が不明だということだろう。もしかしたら6色の球体に巻き込まれて消滅したかもしれないが、僕でも目を見張るほどの瞬発力を彼が有していた事を考えると、楽観は出来ないだろう。
更に彼は”害悪の欠片”を取り込んだことで、半ば異形の姿になっていたにも関わらず、未だエレインに対して強い執着を見せていた。生きているとするならば、彼がエレインを目当てに襲ってくるかもしれないことを考えると、その死亡が確認できるまではエレインの側を離れるわけにはいかないだろう。
そうして、色々と今の状況や今後考えるべき事などの情報を収集し終えたところで、皆で集まって今後の方針について確認することにした。
それはようやく落ち着いてエレインと言葉を交わせる時だったが、同時に僕は彼女に告げなければならないことがあった。
それが僕には酷く恐ろしく、生まれて初めてここから逃げ出したいという焦燥に駆られるのだった。
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