第199話 復活 7

「確認ですが、戦争には手を出さなくても、【救済の光】を壊滅することは問題ないですか?」


「それは構いませんよ。我々公国にとって、いや、この世界にとってもあの組織は嫌悪すべき存在ですから」


 僕は確認のため、【救済の光】を相手取った場合の考え方について聞いたが、返答は思った通りのものだった。ここを否定することは、公国としても組織と内通しているのではないかという疑いを持たれてしまうことに繋がる。特にこの席には、共和国の近衛騎士の2人も居るので、その件で滅多な発言はできないだろう。


「・・・分かりました。それでは今回の戦争に際して、僕は一切の手を出しません。それを対価としてエレインの情報を聞かせてください」


「エイダ殿・・・」


僕の言葉に、セグリットさんは沈痛な面持ちでこちらを見つめていた。彼の立場であれば、少なからず共和国側での参戦も期待していたのだろう。


「ありがとうございます。それでは、エイダ殿のその言葉を信じて、エレイン様の居場所をお教えしましょう」


公国の男性はそう言うと、懐からここ周辺の地図を取り出してテーブルに広げ、ある場所を指差した。


「エレイン様の現在位置は、この都市のある屋敷です」


「ここにエレインが・・・」


男性が指差したその場所は、今滞在している街から少し離れていた。馬車で移動することを考えると2、3日の距離だが、僕が一人で飛んで行けば半日も掛からないだろう。すぐに移動しようと浮き足立つ僕を見越してか、男性は手を挙げながら僕の動きを制してきた。


「エイダ殿。エレイン様の居場所なのですが、ここ数日の動きを考えると、連日のように移動しておりますので、今から向かわられても最悪入れ違いになる可能性もあります」


「っ!それは・・・では、どうすれば?」


確かにいつ移動するか分からない現状で、今から出発したとして間に合う保証など無いのは理解できる。その為、彼が何を言いたいのか先を促した。


「我々を同行させてください。我々が持つ魔道具で常にエレイン様の居場所は確認できますが、貴重な物ゆえ、エイダ殿でも貸し出すことが出来ません。単独で動くよりも移動時間が増えてしまうのは申し訳ありませんが、ここは確実性を考えていただければと思っております」


「・・・・・・」


彼の言葉に少し考える。エレインの位置を補足する魔道具を貸してもらえないということであれば、確かに同行する必要がある。しかも常に位置を補足できるのであれば、目的地を割り出して先回りすることも出来るかもしれない。そう考えると、一緒に行動する方が効率的ではないかと思える。


「ちょっと待って。公国の間者と一緒に行動させたとなれば、見方によっては彼が共和国を裏切ったと思われるんですけど!」


僕は公国の男性に了承の言葉を返そうと考えていたのだが、エイミーさんが先に問題点を指摘してきた。確かにそう言われれば他人からは裏切ったように見えるだろうが、今さらどう見られようが構わないとも考えている。


「エイミーさん、僕は別にーーー」


「ちょっと君は黙ってて欲しいんですけど!」


僕が口を開きかけたところで、彼女は頬を膨らませながら言葉を遮ってきた。


「正直に言って、君を取り巻く環境は色々と複雑なの!確かに宰相達は君の排除に動いているかもしれないけど、王女殿下は君との友好関係を諦めた訳じゃない。それに、公国の間者と同行すればそれが既成事実化して、君は公国に取り込まれるかもしれないし、あの子はそれを望まないと思うんですけど!!」


エイミーさんの言いたいことも理解できるが、それは彼女の近衛騎士としての立場の話だろう。僕にとって優先すべきは、エレインの確実な救出だ。エレインがその後、僕の行動に何を思うかは、今は考えないようにしていた。


そんな僕達の言い合う様子を見たからか、公国の男性は両手を挙げながら僕達をとりなしてきた。


「まぁまぁ、お二人とも落ち着いてください。我々もこれを期にエイダ殿との友好を深めたいとは思っていますが、その事だけをもって彼は公国の一員になったと吹聴することはありません。ご両親の意向もありますからね」


「ふん!どうだか!」


穏やかな表情でそういう彼に、エイミーさんは不快げな顔を向けていた。彼女の立場を考えれば、公国からの間者ということもあって、思うところもあるのだろう。


「ではどうでしょう、近衛騎士のお二人も一緒に5人で行動しませんか?それであれば、多少安心していただけるでしょう?」


「・・・何を狙ってるの?」


「言ったではありませんか、我々も友好関係を深めたいと。これはその為のサービスみたいなものですよ」


相手の真意を読み取ろうと、エイミーさんは真剣な表情を彼に向けているが、彼はその視線を受けても小揺るぎもせず、穏やかな笑みを浮かべていた。


「・・・出発は?」


しばらくして、エイミーさんは諦めたように彼に予定を確認した。


「我々も物資の準備がありますので、明日の早朝ではどうでしょうか?」


「分かったわ。明日早朝にこの街の正門前で待ち合わせましょう」


彼の言葉に、エイミーさんは不承不承という表情を隠そうとせずに頷いた。予定については僕そっち抜けで決められてしまったが、相手も準備があるなら仕方ないと考え、僕もその予定に頷いて同意した。


「えぇ。では、よろしくお願いします」


そう言い残すと、公国の間者の二人は個室を退出していった。するとすぐに店員さんが入室してきて、食事の注文を聞かれた。代金は既にあの2人から貰っているらしく、好きなものを注文して大丈夫との事だった。


どうやら公国の人達は気を利かせて退出したようだと僕達は互いの顔を見合わせてから、そのお言葉に甘えて昼食を頼むのだった。ちなみに、エイミーさんはこのお店で一番高額なメニューを注文して、やけ食いしているようだった。



 翌日ーーー


日の出と共に僕達は、街の正門入り口に集まっていた。公国の人達の話では、エレインの居場所は昨日から変わっていないらしいが、これから移動する可能性が高いということもあり、基本的に彼らの馬車に追従するような格好で移動することになる。


また、エレインが移動を開始した際には、目的地の割り出しを行って先回りをするため、急に停車したり方向転換する可能性を予めセグリットさん達と確認し合っていた。さらにエレインを発見した際には、確実に【救済の光】の構成員達と同行しているはずなので、あの赤黒い液体の効力を踏まえ、まず僕一人が先行して奴らを撹乱し、その隙にエレインを救出するという作戦を立てた。


組織がどのような対応を取ってくるか不明だが、可能であれば気取られる事無く強襲して、体勢を建て直される前にエレインの救出まで達成できれば理想的だ。なので、エイミーさん達の出番はあくまでも保険的な意味合いが強い。


そうして確認を終えて出発した僕達の旅路は、順調に推移していった。昼食の休憩時には、エレインが滞在していた街から移動していることを告げられたが、その方角から考えられる目的地を推敲すると、平原の中央付近、共和国の本陣が敷かれているはずの場所ではないかということだった。


何故そんな所に向かっているのかは不明だが、このままの進行速度であれば、あと2日後にはその本陣の手前の街付近で出くわすようなタイミングになる可能性が高いという。


それから特に大きな騒動もなく、公国の2人とエイミーさん達もこれといった衝突もなく無難に夜営を行い、当初の予定通り2日後の昼前には、エレインが乗っている馬車の存在を僕の気配感知の範囲内に収めた。



「・・・見つけた」


 僕がエレインの気配を感知して呟くのと時を同じくして、馬車が停車した。事前にエレインの乗る馬車に近づいた際には、相手の編成や人数等の状況を探るために偵察を行い、より万全を期して奪還に臨む為の最終確認の為だ。


僕は認識阻害の外套を着て馬車を降りると、エレインの乗る馬車に向かって一気に走り出す。相手に気取られないように闘氣は使わず、街道脇の林の影から様子を伺う。


(・・・馬車5台で移動している。人数は・・・26人だな)


相手の馬車一行は5台一列になって移動していた。エレインの乗る馬車はその中央に位置しており、人質救出に警戒したような布陣のようにも見えた。車内にはエレインを含めて2人が乗っており、御者席には交代要員もあってか2人の男性が座っている。


パッと見は商人の商隊のようにも見える一行だが、一番後方の馬車の車両は他のものと比べて大きく、窓には鉄格子が取り付けられていた。車内にも1人しか乗っていないようで、他の馬車と比べると異様な気配が感じられる。


(あの一番後ろの馬車・・・嫌な気配がするな。何が乗ってるんだ?)


目の前を通り過ぎていく馬車の様子を息を潜めて見送ると、僕はすぐに状況を共有するため、皆の元に戻った。



「・・・というわけで、敵勢力は25名。5台の馬車で移動していて、エレインは中央の馬車に乗っています。ただ、最後方の1台には要注意といった状況です」


偵察してきた内容を端的に伝えると、セグリットさんが口を開いた。


「可能であれば、その最後方に乗っているという存在が動く前に決着を着けたいですね」


「同感ね。危険な状況に陥る前にエレインちゃんを救出し終えたいんですけど」


セグリットさんの言葉に同調したエイミーさんに対して、僕は当初から決めていた作戦を確認する。


「じゃあ、予定通り僕が認識阻害の外套を利用して先行し、そのまま一気に奪還を試みます。もし相手に阻まれた場合は、次善策として僕が騒動を起こしている隙にエイミーさんとセグリットさんが救出するということで」


「では、我々はその間、馬車の操縦ですね」


「はい。お願いします」


同行している公国の男性の言葉に、僕は大きく頷いた。最悪の場合、エイミーさんとセグリットさんにも動いてもらうため、2台の馬車の管理を公国の2人に任せ、先行した僕を追うように全力で馬車を走らせてもらう。


そうして最終的な細かい確認作業を行い、いよいよエレインの救出に動き出すのだった。

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