第198話 復活 6

 しばらくエイミーさんと話し合った結果、僕達は戦争が行われるグレニールド平原方面へ向かうことになった。


そもそもエイミーさんがこの街に来ていたのも、人流の動きから【救済の光】が平原に集結していると予想し、それを追うように僕も平原方面に向かうだろうと読んだミレアの助言に従って、平原まで向かう進路上にある街や村をセグリットさんと手分けして重点的に捜索していたらしい。


そのセグリットさんとの合流についてなのだが、どうやら今まで一つの街に2日滞在して僕を発見できなければ、予め決めていた合流場所にて情報を共有し、すぐに次の街へ向かうという手法をとっているらしく、今日の夕刻にはその合流場所に向かうということだった。


エイミーさんにもエレインの行方について何か情報を持っていないか聞いたのだが、確定的な情報はなく、やはり予測として【救済の光】が平原に集まっていることから、彼女もそこに連れていかれているのではないかということだった。


中々その尻尾を掴ませない組織の動きに苛立ちと不安のため息が出るが、今は地道に捜索していくしかないと気持ちを切り替えるしかなかった。


エイミーさんも物資の補給は既に終わっていたようで、まだ夕刻まで時間はあるものの、僕達はこのままこの街を出発することになった。というのも、僕がこの街でかなりの騒ぎを起こしているため、これ以上余計な騒動に巻き込まれないようにするためだ。


馬車の運転だが、いつかの王女からの依頼の時のように、エイミーさんが御者になって僕は車内に隠れるように大人しくしておく。幸いにして近衛騎士団という肩書きのお陰か、スムーズに街を出発することができ、僕達は一路セグリットさんとの合流地点へと向かった。



「っ!エイダ殿!無事でいらっしゃいましたか!!」


 街道の脇に設けられている休憩所で約束の時間まで待っていると、夕刻近くになってセグリットさんと合流できた。僕の姿を認めた彼は、目を見開いて驚くと同時に、安堵の言葉を発しながら駆け寄ってきた。そんな僕の身を心配してくれている彼の行動が何だか嬉しくて、自然と笑みを溢していた。


「お久しぶりです、セグリットさん。そんなに心配されなくても、僕は無事ですよ」


正直に言えば、自分より実力が上の存在を両親以外に知らないので、そう簡単に遅れをとることはないというのは、この数年で実感している。だからこそ、セグリットさんの安堵した表情に、僕は苦笑いを浮かべながら返答した。


「身体的な事ではなく、私は精神的なことを言ったんですよ。エレイン殿が攫われ、共和国の一部の者の策謀によって犯罪者に貶められたんですから、心に負担がないわけではないでしょう。ですが、その目を見て安心しました。絶望で自暴自棄になっているようではなく、希望と信念を持っていらっしゃる」


「ははは、もう少しエイミーさんと会うのが遅かったら、そうなっていたかもしれませんね。僕は白昼堂々騎士をこの手に掛けようとしていましたから・・・」


セグリットさんの言葉に、僕は乾いた笑いしか出てこなかった。実際、もしあの場にエイミーさんが現れなかったら、僕は躊躇無くあの騎士を殺していただろう。そうなれば、あとはタガが外れたように僕を犯罪者と蔑む人々を蹂躙していたかもしれない。


「そうですか・・・間に合って本当に良かったです」


「ふふん!私のお陰なんですけど!これはしっかりと王女殿下に評価して貰わないといけないんですけど!」


僕の言葉に胸を撫で下ろすセグリットさんとは対照的に、どや顔で鼻の穴を膨らませ、自分の功績を主張してくるエイミーさんに僕達は少し笑ってしまった。



 そして、それぞれ情報交換をしたのだが特に目新しいものは無かったので、早々に次の街に向かうことになった。


次の街までは馬車で1日程の距離の所で、夜営を挟んでの移動だったが、そういったことに手慣れた2人がいるので、テントの設営から食事の準備までスムーズに行ってくれた。そして、翌日の昼前にはそこそこ大きめの街に到着し、近衛騎士団駐屯地にて情報交換を行った。


その際、エイミーさんとセグリットさんは、僕が見つかったことと一緒に行動していることを王女に知らせるべく、信頼できる者を探して報告をしていた。僕はといえば、王子直属の近衛騎士の目も考慮して、馬車内に姿を隠して2人を待っていた。


しばらくすると2人は戻ってきて、一旦この街の宿屋に移動することを告げられた。本来ならこの駐屯地の宿舎を利用すればお金もかからないのだが、僕の事が他の近衛騎士に見つかるのはまずいと考えての選択だった。また、今後は3人で行動するので、ここで馬車を一つ置いていくことにした。


そうしてこの街の適当な宿屋に入り、近衛騎士の駐屯地で得た戦争に関する情報を共有した。既に開戦までは5日を切っており、開戦の前日までには各街や村の警護は最小限の人員だけ残し、平原付近の街に集まっている騎士団や近衛騎士団の面々が、王国と公国との戦場となる平原の自陣に向けて移動するらしく、もはや戦争は避けられないところまで来ているということだった。


その話に陰鬱な雰囲気になるが、僕にとって目下の目的はエレインの救出だったので、その事については近衛騎士の2人に任せて、僕はどうすればエレインを発見できるかの算段について考えを巡らせていた。


そんな時だったーーー



『コンコン!』


「「「っ!!?」」」


宿屋の扉がノックされたことで、僕達3人の意識は一旦逸れ、扉へと注目が集まった。今入ったばかりの宿屋なのに、訪問者が来ること自体が異常だったので、みんなで警戒して武器を手に取ったのだが、ノックの後に何か声が掛けられるでもなく、扉の下から手紙が差し出されたのだった。


「・・・これは?」


ノックした人物の気配が遠ざかったのを確認した僕は、扉の下から差し込まれた手紙を拾い上げると、訝しげにその手紙を開いて読み、差出人を確認した。


「・・・何者からでした?」


手紙の内容を確認している僕に、不安な表情でセグリットさんが聞いてきた。


「・・・どうやら公国の間者のようですね。近くのお店に昼食に誘われました」


「行くのですか?」


「・・・行くしかないでしょうね。この手紙の内容を信じるなら、エレインの居場所を教えてくれるようですから」


「っ!?まさかっ!」


「あり得ないんですけど!私達だって必死に捜索しているのに、他国の間者が先に見つけているなんて屈辱なんですけど!」


僕が手紙に書かれた内容を伝えると、セグリットさんは驚愕に目を見開き、エイミーさんは手柄を取られたというように憤慨していた。


「僕を誘い出すための口実か、それとも真実かは分かりませんが、エレインへの手がかりが無い現状では、僅かな可能性でも逃すわけにはいきません。一緒に来ますか?」


「我々が同行しても構わないのですか?」


「手紙には一緒に居る近衛騎士の2人も歓迎しますよ、と記載されています」


「っ!それはまた・・・」


「随分と挑発的なんですけど!」


手紙の追伸部分に書かれていた文言を2人に告げると、セグリットさんは警戒を滲ませるような表情を浮かべていたが、エイミーさんは相変わらず公国の態度に憤慨しているようだった。彼女を一緒に連れていって大丈夫なのかと不安に感じるが、結局3人で公国の間者と会うために宿屋から移動するのだった。



「ようこそおいでくださいました、エイダ・ファンネル殿。そして、王女殿下直属近衛騎士のお二方」


 宿屋から程近い食事処のお店に向かうと、予め話が通っていたようで、その店の店員さんは何も聞かずに僕の姿を見ただけで奥へと案内してくれた。


通された個室には公国の間者であろう、2人の男女が立ち上がって僕達を出迎えてくれた。以前会った公国の間者とはおそらく別人であろう人達なのだが、印象に残らない、どこでも見掛けるような平凡な顔立ちをしているのは同じだった。


代表して挨拶をしたのは男性の方で、人好きのする表情を浮かべながら席に座るように僕達を促してきた。


「自己紹介はいらないようですね。さっそくなのですが、あなた方公国が攫われたエレインの所在地を知っているというのは本当ですか?」


公国の2人の対面の席に着くと、僕は早速本題を切り出した。そんな僕の様子に、公国の彼は薄く笑顔を浮かべていた。


「ふふふ。ええ、勿論ですよ。私達はその情報を知らせるために、こうしてあなたをお呼びしたのですから」


「何処ですかっ!?エレインは無事なんですかっ!?」


「エイダ殿、落ち着いてください!」


すぐにでも聞き出そうと椅子から腰を浮かせて詰め寄る僕を、隣に座るセグリットさんが落ち着かせるために制してきた。


「でも、こうしている今もエレインは危険な状況に陥っているかもしれません!」


「お気持ちは分かりますが!この場合、公国側の意図を確認してからの方がよろしいかと!」


「そんな悠長なこーーー」


「で、公国のあなた達は、彼に何を対価にさせてその情報を渡すつもりなの?」


公国の間者を前に、今までまるで掴めなかった情報が目の前にある事に冷静を欠いてしまった僕を遮るように、エイミーさんが冷たい表情で目の前の2人に対して質問していた。僕はエイミーさんの『対価』という言葉に反応し、口を噤んだ。


共和国と戦争しようとしている公国の対価が、公国に味方して共和国を共に滅ぼしてくれという事を言われるかもしれないと脳裏をよぎったからだ。自分の感情だけで言えば、それでも良いと思うが、それでエレインが悲しむような事はしたくないと思い止まった。


「ふふふ。まぁ、そうですよね。それが気になりますよね?でも安心してください。無茶な対価ではないですよ?」


「本当かしら?」


「ええ、勿論!公国としての要求はたった一つ、今回の戦争にエイダ殿が関わらないということです」


「っ!それはーーー」


「そんな事で良いんですか?」


彼の言葉に目を見開いて息を呑んだセグリットさんを余所に、僕はあまりにも簡単な要求に、逆に拍子抜けした。


「そう、こんな事で良いんですよ!それに、もしエイダ殿が共和国に居づらいとなったら、我がオーラリアル公国はあなたを歓迎しますよ!もちろんその時にはエレイン様もご一緒で構いません」


「・・・・・・」


公国側からもたらされた今の僕にとって魅力的な提案に、僕は彼らを凝視しながらしばらく考え込んだ。そんな僕の様子に、エイミーさんとセグリットさんは複雑な表情を浮かべてこちらを伺っているようだった。



 しばらく部屋に沈黙が流れたが、公国の男性が笑みを浮かべて口を開いた。


「まぁ、公国に来るかどうかの話はゆっくり考えてみて下さい。まずはエレイン様の所在地についての情報ですが、どうされますか?」


「その情報は確かなものなんですか?」


彼の言葉に、幾分冷静になった僕は確認のために質問した。そんな僕の問いに、彼は微笑みを崩す事無く話を続けた。


「勿論です!とはいえ、共和国の方々が必死に探しても掴めなかった情報を、何故他国の人間が知っているのか信じ難いでしょう。そこで、何故居場所を掴めたかの理由をお教えしましょう。それから居場所を聞くか判断していただいても構いませんよ?」


自信満々にそう言ってくるには、彼らが掴んだ情報はかなり信憑性が高いのだろうと思うが、まずはどうして分かったのかの理由を聞くことにした。


「分かりました。理由を教えてください」


「では、理由については私からお伝えします」


僕が理由の説明をお願いすると、今まで黙っていた女性の方が説明してくれた。


曰く、以前僕が公国の間者から渡された腕輪には発信器のようなものが仕掛けられており、所有者の居場所が特定できるものだったそうだ。元々、無視し得ない力を持つ僕の事を監視するための魔道具だったが、公国の為政者達の会議で今回の戦争が決まった際、戦争の趨勢すうせいを左右する力を持つ僕の行動を牽制するための交渉を命じられたらしく、腕輪の機能を使って接触を試みたところ、【救済の光】の構成員に連行されているエレインを発見したのだという。


その腕には公国が僕に贈ったはずの腕輪をしており、状況から僕が彼女に渡したものだとすぐに見当がついたらしい。同時に、共和国内に僕が国家反逆罪として指名手配されている情報や、様々な噂を鑑みて、彼女の所在地の情報を僕が欲していると判断した。


そうして僕の捜索をしていると、ある街で指名手配されている僕が暴れたという話を聞き付け、その後の行動を予測して、この街に寄る可能性が高いと考えて待ち構えていたようだ。馬車に隠れるようにしていたのに何故分かったのかは、御者をしていたエイミーさんとセグリットさんは、僕と親しいということと、僕のことを捜索していること、更には馬車を一台にして、二手に別れずに一緒に行動していたことから、僕を見つけて同行しているのだろうと踏んで、今回の話し合いの席を設けることに至ったということだった。



「ーーーということです。エイダ殿にお渡しした腕輪にそのような機能を搭載していることを隠していたのは大変申し訳ありませんが、今回はそれがお役に立ったということで、なにとぞ矛を収めていただきたく存じます」


公国の2人は、テーブルに額が着きそうな程に頭を下げて謝罪してきた。発信器については多少思うところもあるが、今回はエレインの居場所を見つけるのに役立った事を考えると、一方的に攻めることはできなかった。


「・・・エレインの居場所が分かった根拠は理解しました。腕輪の件については水に流しましょう」


「ありがとうございます!・・・それで、エレイン様の居場所をお聞きになりますか?」


公国の女性の言葉に、僕は少し検討する。情報を聞くということは、僕は今回の戦争には参加しないということになる。それはすなわち、エレインを救出して彼女に戦争を止めるように願われても、動けなくなってしまうということだ。


現状の僕に共和国に対しての良い感情など微塵も無いが、ミレアにはお世話になっているし、王女も何かと僕に気を回してくれている。それに、アッシュやカリン、ジーアといった大切な友人も居る。何より、エレインが悲しむような顔は見たくなかった。


そういった事を全て踏まえて出した僕の答えは・・・

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