第189話 開戦危機 23

 僕が情報を聞き出すために選んだ2人の女性は、この建物の2階に居た文官らしき人物だ。まだ20代位の若い人と、もう一人は40代位の妙齢の人だった。こういった組織を運営するに当たって、機密情報を拠点のトップの者だけしか知らないというのは稀だとミレアから聞いている。


それがどのような情報かによるかもしれないが、ある程度の地位にあるものであれば、重要度の高いものは情報の共有がなされ、方向性の確認と共に、誤りや想定外の事があれば即座に修正できるような機能を構築しておくというのが組織のあるべき姿なのだという。


そういう意味では、文官のような姿をした彼女達は、情報をある程度管理している秘書のような存在なのではないかと推察していた。


「さて、君達に聞きたいことだけど、まずこの施設の目的。倉庫に囚われていた村人達について。そして、この”救済の光”の最終目的を聞かせてくれるかな?」


「ひっ!」


「・・・・・・」


僕が気軽な感じで彼女達に仮面越しに顔を近づけて話し掛けると、若い方の人は恐怖に顔を引き攣らせ、妙齢の人は僕と目は合わせようとせず、後ろで血だらけになって倒れている男性の方を気にしていた。


(組織からの報復を恐れて口には出せないか?一人は簡単に口を割りそうな感じだけど、おそらくそれほど重要な情報は与えられていなそうな気がするな。となると、口を割らせるべきは・・・)


僕に対する2人の反応から、どうやって情報を聞き出そうかの算段を考えていると、僕に対して恐怖で引き攣っていた若い女性の方が、震える声で話し掛けてきた。


「あ、あの!わ、私で知っていることであれば全てお教えしますので、どうか痛いことはしないで下さい!」


懇願する彼女に対して、もう一人の女性の方は不快げに眉を潜めていたが、特に口を挟もうとはしていなかった。その様子から、やはりこちらの女性は大した情報には触れていないと確信する。


「教えてくれるんだ。ありがとう!じゃあまず、この拠点は何のためのものなの?」


僕が優しい声音で語り掛けると、彼女は安堵したような表情で質問に答えてくれた。


「は、はい。この拠点では、国家同士の紛争を促すための火種となる騒動を画策する場所として使っています」


「国同士の争い・・・つまり、戦争を起こそうと?」


「はい!その為、こういった拠点が各国の国境付近にあると聞いています!」


「なるほど。じゃあ、倉庫にいた人達は?」


「近隣の村々から攫ってきました。3分の1を実験用に、残りを実験体の慰み者や食料とするために捕らえています」


「・・・君はその実験体がどのくらい生きていられるか知ってる?」


「いえ、詳しくは・・・早ければ2日程で処分され、長くても10日位で処分されていたらしいですが、その違いは分かりません」


やはりこの女性は、表面的な情報は持っているが、核心に迫るような重要度の高い情報は知らないのだろう。


「そうか。じゃあ、この組織の最終目的は何かな?」


「こ、この世界の浄化です。この世界は争いに満ちています。だからこの汚れた世界を浄化し、平和と安寧に満ちた世界を創造すると聞いています」


「浄化・・・ね。具体的に何をするのかな?」


「す、すいません!そこまでは分かりません!」


この女性の話す組織の目的は、去年学院を襲撃した【救済の光】の構成員が言っていた言葉と同じだった。どのような手段で、何をもって浄化したと宣言するのかは分からないが、そもそもこの組織の目的というのは、もっと別のところにあるのではないかと思えてならない。


(正直、この人からはこれ以上聞けそうにはないな・・・)


そう考えながら妙齢の女性の方に視線を向けるも、彼女は僕を睨み付けるような目を向けており、簡単に心が折れることは無さそうだった。その為、僕は素直に話してくれた女性に向き直り、質問を変えた。


「ところで、この建物内で君が出入りしてはいけない部屋ってあるのかな?」


「っ!!」


僕がそう質問すると、妙齢の女性から息を飲む気配を感じた。どうやらこの切り口で合っているようだ。


「た、立ち入り禁止の部屋ならーーー」


「黙りなさい!!これ以上喋ることは許しません!それ以上話せば、生まれてきたことを後悔させますよ!!」


「ひっ!」


彼女の言葉を遮るように、妙齢の女性はヒステリックな叫び声で彼女を萎縮させていた。どうやらその部屋には、見られたくないような資料があるのだろう。妙齢の女性から射殺さんばかりの視線を浴びせられた彼女は、青い顔をして口を閉ざしてしまった。


「あはは!どうやって彼女に後悔させるつもりなの?君達の組織は僕が壊滅させる!これから消え行く組織に何ができるんだ?」


「ふん!精々良い気になっていなさい!我々の組織力を甘く見ないことね!壊滅させる?無理に決まっているわ!我々の同志はこの世界の至るところに存在しているのだからね!」


萎縮を解こうと考えた僕の言葉に、妙齢の女性は怒気を含んだ声を投げ掛けてきた。しかし、それを僕は鼻で笑い、若い女性の方へ向き直した。


「さて、あのおばさんはギャーギャー言ってるけど、その立ち入り禁止の場所を教えてくれたら何もせずに見逃してあげるよ?そもそも少し時間がかかるだけで、後で建物を捜索すればいずれ分かるんだ。遅いか早いかの違いでしかないよ?」


僕が顔を近づけながらそう言うと、彼女は意を決したような表情になって口を開いた。


「あ、あの?本当に私は見逃してくれるんですね?」


「もちろん!約束しよう!」


「・・・わ、分かりました」


「っ!あなたっ!この裏切り者!!」


「だ、だってしょうがないじゃないですか!私はまだ死にたくありません!!」


「くっ!覚えておきなさいよ!」


妙齢の女性から憎悪が込められた視線を受け、彼女は萎縮しつつも、生き残れるという希望にすがっているようで、表情は他の人達と比べると明るかった。



 立ち入り禁止となっている場所を確認した僕は、このままこの場を離れようかどうか思案する。一応彼らは拘束しているとはいっても、土魔術が使える魔術師が居れば、杖はなくとも詠唱で枷を外せる可能性があったからだ。


そうなるとカリンの身も危険に曝してしまう可能性があったので、とりあえず僕はここに拘束している30人近くの人達を地下に投げ込み、 水魔術で生成した溺れる可能性のあるギリギリの水量で地下を満たした。枷が少し重いのか、水の浮力で身体が浮き上がることはなく、少しジャンプしないと水面に顔が出せないようだ。この状況で詠唱するのはかなり困難だろうと確認し、最後に土魔術で出入口を塞いでおいた。


そうして僕は、情報を話してくれた女性の枷を外すと、逃げてもいい旨を伝えて建物から外に出した。すると彼女は暗闇で躓きながらも、一目散に夜の暗闇へと消えていった。丸腰で荷物も何も持っていない彼女が、魔獣蔓延る夜の森の中をどうやって生き延びるかは知らないが、そんな彼女を見送った僕は、思考を切り替えて建物へと戻った。



 エントランスの床には一人だけ取り残されたように横たわる妙齢の女性が、僕を鋭く睨み付けているが、その様子を気にすること無く彼女の手枷を掴むと、そのまま足を引きずるように立ち入り禁止の部屋となっている3階の奥から二番目の部屋へと移動した。


僕の後ろには、カリンも不安げな表情をしながらついてきている。1階で待っているか聞いたのだが、地下から聞こえる阿鼻叫喚の声に一人で居たくないと言われたので、一緒についてきてもらったのだ。


その部屋の扉は、他の部屋と違って厳重に鍵が掛けられており、扉自体もちょっとやそっとでは壊れないような鋼鉄製になっていた。正直、この部屋が怪しいですよと自己主張しているようで、違和感を覚えるほどだ。


「あの女性に聞いた立ち入り禁止の部屋はここだということだけど、合ってるの?」


「・・・今さら否定したところで無駄ね・・・そうよ、さっさと入って調べたら?鍵なら私のポケットに入っているわよ?」


連れてきた妙齢の女性を扉の前に立たせて確認すると、彼女は諦めたような表情を浮かべながらそう返答した。彼女のその様子は、先程までのヒステリックな態度で喋らせまいとした姿から一変していた。


(・・・もしかしてと思ったけど、この反応は正解かな?)


以前ジーアに聞いたことがあったが、商人にとって情報とは商売をする上での生命線である。各都市の住民の商品購入の傾向や商品の製作方法など、他商会に知られれば自らの経営基盤が揺らぎかねない情報がある。


その情報を守るためには偽の情報をばら蒔き、真実を悟られないようにすることだ。そして、偽の情報を真実だと誤認して行動を起こすと、自滅するようになっているということを悪い笑みを浮かべながらジーアが話していたものだ。


それを踏まえて考えると、この女性の態度の変化、あからさまな部屋の扉、もしかするとこの部屋に入った瞬間に罠が発動して、入室したものを死に追いやるかもしれない。


「ほら、どうしたの?鍵は私の右のポケットよ?」


少し考えを巡らせていると、彼女は挑発的な眼差しを向けながら僕に鍵を取るようにと上半身を寄せてきた。そんな彼女を一瞥すると、僕は魔術杖を使って廊下の壁を叩いていった。


「っ!!な、何してるのよ?さっさと鍵を開けてこの部屋に入ったら良いじゃない!」


僕の行動を見た女性は、少し焦りの表情を浮かべながら鋼鉄製の扉の部屋に入るように何度も促してきた。その反応を見て、彼女をここまで連れてきたのはやはり正解だったのだと確信した。



 しばらく廊下の壁をコンコンと叩いて歩き回っていると、一ヶ所だけ軽い音の反響が返ってくる場所があった。鋼鉄製の扉の反対側で一番奥まった場所だったが、隣の扉を開いて室内の大きさを確認してその位置を考えると、ただの壁であるはずの場所だった。


(叩いた手応えから、この向こうには空間があるはずだ。でも、隣の部屋から覗くと何もないただの壁であるはずの場所だ。となると、ここが怪しい。何か仕掛けがあるのか?)


そう考えて、その壁を隅から隅まで観察した。僕がそうしている内にも、背後に居る女性は大声をあげながら気を逸らそうとしているようだが、それに構わず探っていると、壁ではなく、その手前の床に小さな穴が有ることに気がつく。


(これは・・・ただの穴のようにだけど、よく見ると鍵穴か!?)


これが隠していた場所へ通じる鍵だと直感した僕は、背後を振り返り、壁をコンコンと叩きながら女性を問い詰めた。


「ここの鍵は?」


「は、はぁ?そんな壁が開くわけないでしょ?頭おかしいんじゃないの!?」


僕の言葉に、女性はやや過剰反応した様子を見せていた。


(こういった隠し部屋は正式な手順を踏んで開けないと、保管している物を処分するような仕掛けもあるらしいから、慎重にやる必要があるんだよなぁ)


そう考え、僕は女性があの床の鍵を持っていないかの確認をしようと考えた。ただ、相手は一応女性であることから、服の下まで僕が自分で確認することは憚られる。そこで、一緒に付いてきていたカリンにお願いすることにした。


「悪いけどカリン、そこの女性の身体を探って、鍵か何かないか調べてもらえない?」


「わ、私が?」


僕のお願いに、カリンは目を見開いて驚いていた。


「そうそう。僕はもう少し調べてるから、隅々まで確認してね?」


「・・・わ、分かった」


「ちょ、ちょっと!止めなさい!」


カリンには僕の正体を明かしていないが、一応助けられた恩義を感じているのだろう、恐る恐るといった様子で女性の身体を確認してくれた。その行動に女性は抗議の声をあげるが、手足を拘束されているので何も出来ず、そもそもカリンはそれに構わずいろんな場所をまさぐってくれていた。その間、僕はその様子を見ないように、壁や床の様子を確認するようにして結果を待つのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る