第188話 開戦危機 22

 2階にはどう見ても非戦闘員と思われる文官のような出で立ちの2人の女性が、奥の部屋に隠れるように潜んでいたが、気配がまる分かりなので迷わず直行して無力化を済ませた。


(最後の一人は、ずっと動いていないな・・・この拠点の責任者的立場の人なのか?)


そう推察しつつも足早に3階のその場所へと向かい、部屋の扉を開いた瞬間、中に居た人物が上段から剣を振り下ろしてきた。その人物は入室してきた相手を確認することなく剣を振るってきたことから、仲間だったらどうするのだろうと疑問に思うほどだった。


『カシュ・トン!』


あらかじめ気配で相手が襲ってきそうなことは分かっていたので、僕は動揺することなく落ち着いて相手の剣筋を逸らし、杖を用いて体勢を崩させ、手加減した突きを放つ。


(なんちゃって凛天刹!)


「がっーーー」


僕の突きをまともに受けた相手の額には、魔術杖の先端の丸い形状の痕が赤く残り、そのまま意識を失って後ろに倒れた。倒れた際に後頭部も床に強打していたが、死んではいないようだ。室内を確認すると、机の上には僕も持たされている通信魔道具が置かれていた。ただ、僕の水魔術の影響だろうか、水に濡れてしまって壊れているようで、操作してもなんの反応もなかった。僕の襲撃に関する連絡が成されているかは不明だが、一先ずこの拠点についての情報を集めることを優先することにした。


「よし、こいつは情報を持っていそうな重要人物として覚えておこう。ついでに倉庫にいる見張りも無力化してくるか」


この建物内の全ての人物を無力化し終えたので、そのまま素早く倉庫へと移動し、残り2人もあっという間に無力化した。その際、一人一人をその衣服を使って拘束することは面倒だったので、土魔術で手足を丸ごと包み込むような枷を作り出して拘束した。これで仮に懐にポーションや魔道具があっても、それを使うことは出来ないだろう。



 そうして事後処理を済ませた僕は、この拠点から少し離れた所に置いていた荷物を持ってきて、その後、無力化して拘束した全ての構成員達を建物一階のエントランスに集め、責任者らしき人物は集めた構成員達の手前に転がしておいた。


未だ意識の戻らない彼らは少しそのままに、僕は事の推移を静かに見ていたカリンに歩み寄った。彼女の目の前で認識阻害の魔道具の外套を脱いで姿を見せると、少し怯えた表情を見せた。


「遅くなってゴメン。安全は確保できたので、少し話をしても大丈夫?」


「えっ、あっ、はい。あの・・・あなたは?」


きっと仮面もあって不安に思っているだろう彼女に対して、僕は気さくな調子で話しかけた。すると彼女は、僕から距離を取りたいのか少し下がりつつ、自分を抱き締めるような格好で上目遣いに僕が何者か聞いてきた。


別に正体を明かしてもいいかと思ったが、この後にここの拠点の連中の情報を収集しなければならないので、変装したままの人物設定で行くことにした。


「僕はファル。キャンベル公爵家の手の者だよ。この近辺の村で起きている騒動の調査に来ていたんだけど、その際にこの怪しい拠点の存在を知り、新しい情報がないかと捜査していたんだ。そんな中、君が牢に閉じ込められていたので救出したんだけど、君はいつからここに囚われていたんだい?」


手短に自分の事を説明しつつも、僕は最も気になっていることをカリンに確認した。ジーアの話では、カリンはレイク・レスト方面のどこかに囚われていると聞いていたのに、彼女を発見したのは真逆の場所だ。その為、今後の情報の信憑性を憂慮したのだ。


「た、助けていただきありがとうございます、ファルさん。わ、私はカリンと言います。この場所に連れてこられたのは昨日のことで、今までも色々な場所を転々とさせられてきたんです」


「・・・なるほど」


どうやらジーアから聞いた情報が間違っているというよりは、古かっただけということのようだ。おそらく組織の連中は、重要な人物の居場所が特定されないように、慎重を期して定期的に移動し、情報を錯綜させているようだ。


これでは昨日掴んだ情報も、その翌日には無意味なものになってしまうかもしれない。そう考えると、今回こうしてカリンを救出できたのは奇跡のようなものだ。


「・・・あの?私はこれからどうなるんでしょうか?」


僕が考え事をしていると、彼女は不安げな眼差しでこちらを見つめていた。今回分かったように、組織が重要人物と位置付けている存在をこうして隠している現状では、とにかく行動力が求められる。その現状で、カリンを連れていきながらの移動は難しい。


「とりあえず、近くの大きな街まで一緒に行くので、そこで騎士に保護してもらおうと思う。要望があれば、帰るまでの護衛もお願いしておくよ」


僕がそう伝えると、カリンは暗い表情のまま、意を決したように口を開いてきた。


「ありがとうございます・・・あのっ!今回この組織が引き起こした騒動に関して、所属している構成員を、国はどのように扱うかご存じですか?」


今にも泣きそうな切羽詰まったカリンの表情から、彼女が何を心配して言っているのかは手に取るように分かった。


「既にこの組織は、戦争を煽動していると考えられている。それに関わっていたとなれば、それなりの処分になると思う」


「・・・その、関わったとはいっても、人によっては事情があると思います。それは考慮されないのですか?」


カリンはまるで懇願するような表情をしていたが、僕には共和国がアッシュに対してどのような処分を下すか分からない。もしかしたら、僕の英雄としての立場とミレアの公爵家という権力を利用すれば、重罰は回避できるかもしれないが、確約することはできない。


とりあえず今彼女に伝えることができるのは、アッシュが置かれている状況を伝えることだけだろう。


「僕は処分についてどうこう言える立場じゃないけど、今アッシュは処分保留という状況に留め置いてもらっている」


「っ!?何故ファルさんがアッシュの事を?それに、私の事も知っているようでしたが、あなたはいったい?」


「あ・・・」


カリンの反応から、そう言えばアッシュの名前を出していなかったことを忘れていた。僕は正体を隠しているが、彼女にとって僕は初対面の人ということになっている。その状況で今の発言は不用意だったと頭を抱えたくなった。


「もしかして、あなたは私とアッシュの事を知っている人?でも、知り合いの中でこんな力を持っている人なんて一人だーーー」


「公爵家の者として、情報は事前に確認していたんだよ!学院内のことや今回の騒動についても、重要そうなものは頭に叩き込んである。その中に、アーメイ伯爵家の令嬢を攫った主犯のアッシュ・ロイドの証言から、学友の君が組織に囚われたことで命令を聞くしかなかったというのも知っていた。もちろんその際に君の容姿も聞き及んでいるから、間違いないと思ったんだよ!」


彼女の思考を途中で中断するように、アッシュやカリンの事を知っていてもおかしくないような背景を捲し立てて伝えた。僕が急に声を大にして矢継ぎ早に喋りだした様子に、彼女は目をパチクリさせていたが、すぐに僕の言葉を考え込むように俯いていた。


「・・・そうですか。アッシュは私のせいで・・・」


そう呟くカリンの声は、消え入りそうなほどに儚げだった。おそらく彼女はエレインが攫われてしまったことを、自分の責任のように感じているのだろう。


「君のせいじゃない!責任は全て裏で動いているこの【救済の光】にある!だから君は決して気にするな!大丈夫。エレインは必ず助け出すし、アッシュ君も良いようになるさ!」


「ファルさん?あなたは・・・」


どうやらあまりカリンと話しているとボロが出そうだったので、彼女にはもう少し待っていてもらうことを告げ、今度は拘束しているこの拠点の連中から情報を収集しようとカリンの前を離れた。



『バシャ!』


「っ!!な、何だ!どうしたっ!」


 水魔術を発動して、この拠点の責任者と思われる人物の顔に水をぶっかけると、彼は驚きの声をあげている。手足を固定されているので、意識を取り戻しても横たわったままだった。


「今からお前にいくつか質問するから素直に答えろ。下手に隠しだてするようなら、それなりの対応をするから覚悟しろよ」


「・・・な、何をする気だ?私が組織を売るような真似をするとでも?」


僕の殺気を込めた言葉を浴びせられたそいつは、怯んだ表情を見せながらも気丈に振る舞おうと口を開いた。


「お前がどんな奴かなんて、僕の知ったことではない。聞きたい情報を吐かなければ・・・」


僕はそう言うと魔術杖を抜き放ち、床に横たわっている彼の目と鼻の先に槍の穂先のような鋭さに形状変化させた水魔術を撃ち込んで見せた。


「なっ!!」


軽い衝撃音と共に、床にポッカリと空いた穴を見て、彼は唖然としていた。


「あまり反抗的な態度だと、身体中穴だらけになるぞ?」


「ぐぅぅ・・・」


僕の脅しに、彼は苦虫を噛み潰したような表情をしながらこちらを見据えてきた。そんな彼の態度に構わず尋問を始める。


「まず、この施設の目的は?」


「・・・・・・」


「倉庫に捕らえていた人達は何だ?」


「・・・・・・」


「お前達“救済の光”は何をしようとしている?」


「・・・・・・」


僕が何を聞いても彼は目を逸らしたままだんまりを決め込んでいるようで、何も喋ろうとはしなかった。先程の脅しが効いていないのか、このままでは埒が明かないとため息を吐いた僕は、杖を構えた。


「ふ、ふん!いくら拷問されたところで、俺は何も喋らんぞ!」


僕が杖を構えたことで、彼は先程の床に穴が空くような魔術で拷問されると察したのだろう、若干怯えを見せながらも強い意思を見せてきた。


「はあ・・・本当はやりたくないけど、仕方ないよね。せめて廃人になる前に口を割ってよ?」


一応事前にミレアから、拷問のやり方も教えられていたが、聞いていてあまり気分の良いものではなかった。しかし、エレインを助けるためにはなりふり構っていられない事も事実のため、気は乗らないがやるしかない。


「な、何を言ってる?廃人になるだと?お前のような素人に、情報を聞き出すような拷問など出来るか!」


どうやら彼は僕の言動から、こういった情報収集は素人だと当たりをつけたのだろう。それはその通りなので、思わず苦笑が溢れた。


「ははっ!確かに、上手に加減しないと死んでしまうからね。激痛を与えつつも殺さない加減は難しいって言われたよ。でもまぁ、死ぬ寸前までいったらちゃんと回復してあげるから大丈夫だと思うよ?」


「ふん!ポーションを使うつもりか?残念だが、この拠点には下級しかない。俺に大怪我を負わせたら、そのまま死ぬかもな!」


不敵な笑みを浮かべている彼に、僕も偽悪的に笑いながら口を開いた。


「ふっ。まぁ、体感してみるといい。僕なりの拷問ってやつを」


「・・・・・・」


僕の言葉に彼は生唾を飲みながらも、挑発的な表情を崩さまいとしているようだった。そんな彼に対して、僕は水の形状を極限まで細くし、まるで針のような細さにした水魔術を彼の腕に放った。


「ぐぅ・・」


彼は歯を喰い縛って痛みに耐えていた。これなら身体に対するダメージは少ないが、一撃一撃はそれほどの激痛という訳でもない。とはいえ、かなりの回数攻撃を受けても死ぬことはないだろう。拷問の経験の無い僕は、とにかく色々と試してみるしかない。


「とりあえず100本くらいで様子を見てみるか。それに耐えたら次の段階だね」


「・・・・・・」


僕の言葉に彼は反応を見せなかったが、気にせず水の針を連続で発動して、彼の腕と足を小さな穴だらけにしていった。


「ーーーーーーーーーっ!」


しばらく彼は声にならない悲鳴をあげていたが、その目にはまだ力が宿っているようで、なかなか口を割りそうにはなかった。


「じゃあ、次だね」


水が極細の針のような形状だったこともあり、彼は100の水魔術に腕と足を貫かれても、それほどの出血はしていなかった。そこで、次はもう少し手荒にいく。


「ぐぅぅぅぅ!」


今度は水流を作り出して、その先端をドリルの様に高速回転させて、少しずつ彼の肉体を削っていく。そんな自分の血肉が吹き飛んでいる状況でも、彼は唇を噛み締めて耐えている。


(ここまでやっても目の光は衰えていない。やっぱり彼は重要な情報を持っていそうだ。まぁ、本命は彼じゃないんだけど)



 そうしてしばらくの間、彼に拷問をしていると、気絶していた他の構成員達も気が付き始めた。


「なっ!?これはっ!」


「あいつ・・・同志に何やってやがる!」


「うっ!酷い・・・」


目の前の状況を見た者達は、口々に驚きと怒りと悲鳴の声をあげていた。自分の仲間が血を流し、苦悶の表情をしながら拷問に耐えているのだ、その反応も当然だろう。ただ、これも全て想定通りだった。


「あぁ、皆さん起きましたか?今情報を聞き出そうと彼にお願いしているんですが、中々教えてくれないんですよ。ちょっと違う人にも聞かないといけないなぁ」


僕は水魔術を解除すると、この場に居る全員に聞こえるように拘束されて横たわる彼らを見渡しながらそう言い放った。すると、その言葉に彼らの反応は二分した。目の前の拷問を見ても心が折れていない強い意思を目に宿す者と、拷問されるかもしれないと言う事実に恐怖した者だ。


どちらかと言うと前者の方が多いところを見ると、この拠点には組織の中でも忠誠心の厚い者達が集まっているのかもしれない。


「じゃあ・・・君達にしようかな?」


「ひっ!」


「や、止めなさい!」


僕が2人の女性に近づいてそう言うと、彼女達の片方はあからさまに恐怖した声を漏らしたが、もう一方は気丈に声を荒げていた。その反応を確認した僕は、自分の思惑通りの反応をしてくれた彼女達を引きずって、彼らから少し距離をとった場所に連れ出した。

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