第187話 開戦危機 21

「あんたも災難だね、好きになった男のせいでこんなところに囚われて。その男は助けに来てくれないのかい?」


 見張りを交代した女性は哀れみを含んだ視線を向けながら、緩慢な動きで俯きながら食事をしている女の子に気さくに話し掛けていた。


「・・・・・・」


話し掛ける女性に対し女の子は、無言のまま食事を続けていた。そんな彼女の様子に腹を立てることもなく、女性は大きくため息を吐くと、話を続けた。


「まぁ、いくら助けたいという想いがあっても、この組織に楯突こうなんて無理な話か・・・この国はもちろん、王国にも公国にも支部はあるんだ。報復に怯えて暮らす羽目になるだけだからね」


「・・・・・・」


「ってか、そもそもあんたの男は、この場所の事すら知らないか。今頃、どこで何やってんだろうね?」


「・・・きっと戦ってる・・・」


女性の問い掛けに今までずっと無言を貫いていた女の子は、始めて小声で反応した。


(ん?この声・・・)


どこかで聞いたことがあるような声に、もっとはっきり聞こうと、2人のやり取りに耳を立てて聞き入った。


「へ~、強いのかい?」


「・・・強くはない。でも、心は誰よりも強い」


「いやいや、心が強かったら、こんな組織に所属なんてしないって」


「違う、全部私のせい。私の為に彼は必死に動いてくれている。今までだってそう。たぶんこれからも・・・」


女性の言葉に、女の子はムッとした声で反論しつつも、その後半は申し訳なさそうな声音だった。 それはおそらく、女の子が想う男の子に対しての感情なのだろう。


「そうかい、愛されてるね。だけど現実は、あんたは牢屋の中で、見ず知らずの男に下卑た視線を向けられながら監視される生活を送ってる。意思を貫くには力も必要だ。力が無きゃ自分の意思なんて貫けないんだからね・・・」


「・・・・・・」


女性の言葉はどこか自虐を込めたような話し方で、何かを後悔するような表情を浮かべながら物思いに耽っていた。きっと彼女にも過去に色々あったのだろう。もしかしたら今この場にいる状況も、彼女の本意ではないのかもしれない。



 そして女性は、会話が途切れると懐から本を取りだし、静かに読み始めた。地下には彼女が本のページをめくる音だけが響いている。


女の子は会話をしていた女性に少し興味を持ったのか、俯いていた顔を上げて、女性の方へと視線を向けた。その瞬間、僕は目を見開いて牢屋の中の女の子を凝視した。


「カリン!?」


「っ!!誰だっ!?」


(ーーーしまった!)


まさかここに囚われている人物がカリンだとは思わず、顔を見た瞬間に思わず口から名前が溢れてしまった。


そう自覚したときには既に遅く、監視の女性は一瞬驚きの表情を浮かべるも、すぐに警戒したように周囲を見渡しながら、手探りで鉄格子に立て掛けられていた剣を手に取っていた。


そのまま彼女は剣を振り回すような感じで、大振りに横薙を放ってくる。その行動を見るに、おそらく相手は認識阻害の魔道具を使用していると分かっているような対応だった。


『ガンッ!ガンッ!』


(くそっ!音が!)


彼女はそれほど広くない場所で剣を振り回しているため、牢屋の鉄格子に剣がぶつかり、甲高い音が地下室に響き渡ってしまっている。これではすぐに異変を感じて、増援が駆けつけてきてしまう。もしかしたら、それすら狙っての牽制だったかもしれない。彼女が剣を振り回す姿は、お世辞にも剣の扱いになれているとは思えない様子だったからだ。


牢屋の中のカリンはその様子を不安そうに眺めているだけで、特に叫び声は上げていなかった。


(っ!砦内の人の気配が慌ただしくなっている!?異変に気付かれたか!もう少し情報収集したかったが・・・仕方ない!)


本当ならもう少し砦内の陣容を確認してから対処しようと考えていたのだが、自分のミスが引き起こしたことなので、ここは予定を早めて、この拠点は早々に潰すことに決めた。



 そうと決意すれば動きは早かった。先ずは剣を振り回しているこの女性の無力化だ。


「ーーシッ!」


「ごっーーー」


一瞬の隙を狙って懐に飛び込むと、剣を振り回してがら空きとなっている胴体に右拳を捻り込む。すると彼女は短い声をあげ、そのまま意識を失い、前のめりに倒れ込んできたので、肩に担いで身体を持ち上げた。持っていた剣はそのまま床に落ち、硬質な音が響くが、それに構うこと無く牢屋の鉄格子に向けて左手に魔術杖を取り出し、風魔術で切断しる。


「・・・な、なに?いったい誰なの?」


僕が牢屋の中に入ると、カリンは怯えた表情で虚空を見上げているようだった。


(あ!魔道具のせいで僕の姿を認識していないのか!ここまで近づいて、更には人を担いでいるのに視線を合わすことが出来ないなんて、この魔道具、前に学院を襲撃した者達が使っていたのものよりかなり高性能だな!)


カリンの様子を見て、魔道具の性能に感心しながらも行動を急ぐ。


「事情は後で説明する。ここから救出するけど、自分で動ける?」


細かな説明は後回しにして、まずはカリンが自分の力で動けるかの確認を行った。


「っ!じょ、女性なの?」


「そんなことはいいから、動けるの?動けないの?」


「す、すみません。歩けはしますが、走ったりは難しいです」


こんな場所で監禁されていたんだからしかたないと考えた僕は、左手に杖を持ったまま、カリンのことも肩に抱えるように持ち上げた。


「ふえ?な、なにっ?」


僕の姿を認識してないカリンは、急に自分が持ち上げられたことに混乱して暴れていた。


「落ち着いて。このままここを出るから掴まって」


「・・・ん」


僕がそう指示すると、カリンは手探りながらも僕の首に腕を回してしがみついてきた。彼女の体勢が安定したタイミングで、地下室に降りてくる数人の気配を感知していた。


(地下に向かって3人、一階の出口付近に4人か・・・)


可能であれば、ここのトップの人間を拘束して情報収集がしたい。同時に倉庫で捕らえられていた村人の人達も救出したい。ただ、エレインの捜索をしやすくするために、この組織に警戒感を持たれてしまうことは避けたい。


(となれば情報の封鎖だ。この拠点に通信魔道具があるか分からないが、この騒ぎを知られた結果、より慎重に動かれることで追えなくなるのはまずい・・・)


そう考えた僕は、この騒ぎを伝達される前の拠点の無力化を決めた。


(状況を報告するにしても、何が起こっているのか確認してからのはずだ。なら、彼らが状況を把握する前に全て終わらせる!)


人2人を両肩に担いでいるので、多少不格好になっているが、左手に持つ魔術杖に魔力を流し、階段を降りて地下室の通路に姿を見せようとした者達に向かって巨大な水流を放つ。


「なっ!」


「ヤバッ!」


「逃げーーー」


杖や剣を片手に駆け込んできた者達は、目の前に突如として現れた通路いっぱいの水の奔流に、慌てふためく声が聞こえてきた。


一瞬の内に彼らを飲み込んだ水の奔流は、一階に続く階段を逆流するように昇っていき、広い空間に出たことで拡散したようだ。


僕は2人を担いだまま階段を駆け上がって一階の様子を確認すると、先の水魔術に巻き込まれたのか、この場にいる全員が壁に打ち付けられているようだった。このまま手早く事態を収拾すべく、担いでいたカリンを降ろし、女性の方はまだ気絶しているため床に横たえた。


「フッ!!」


魔術杖を前方に突きだし、巨大な水の渦を作り出して上階へと続いている階段目掛け、再度水魔術を放った。とてつもない勢いの水流が階段を駆け登り、建物内を蹂躙している轟音が一階まで響いてくる。それと同時に、水に呑み込まれてしまったのだろう人達の叫び声も。


(・・・これで魔道具の関係は、使用不可になった可能性が高い。でも、確実性を高めるためには、やはりこの拠点全員の無力化が必要だ!)


すると正面扉が開き、外を警戒していたであろう者達がなだれ込んできた。床は水浸しで、壁際には自分達の仲間が倒れているという建物内の状況に目を見開いて驚いていたかと思うと、その視線はカリンの方へ向いて更に驚いていた。


「っ!何であいつが地下牢から出てる!」


「いや、待て!襲撃者は認識阻害の魔道具を使っている可能性がある!水魔術を使える同志は前方に向けて一斉に放ってくれ!残りの同志は私と一緒に倒れている同志を救助するぞ!」


「分かった!やるぞ!」


あちらの指揮系統は分からないが、先頭で雪崩れ込んできた男性が状況を素早く判断して指示を出し、それに従って他の者達が動き出した。杖を装備していた3人が少し前に進み出ると、こちらの方へ向かって杖を掲げながら声をあげた。


「喰らえ!」


「当たって!」


「姿を見せろや!」


彼らは自分を鼓舞するように声を出しながら水魔術を放ってきた。どうやら相手の正体が分からないというのは、それだけ不安を与えているのだろう。


「っ!」


彼らは互いの水魔術を合体させることで、まるで水の壁のような形状と急流のような速さでこちらを呑み込もうとしてきた。まさに避ける隙間もない攻撃だ。


しかしーーー


(魔術妨害!)


3つの魔術が合体して中心点となった部分を見極め、純粋な魔力塊をぶつける。


『パシュッ!』


「なっ!?」


「バカな!我らの魔術が消えた?」


「どうなってるんだ?最新の魔道具か何かか?」


自分達の放った魔術がかき消されたことで、動揺に駆られた彼らは、後ずさりしながらキョロキョロと周囲を見渡し、その原因を探ろうとしているようだ。


「おい、何やってる!ちゃんと魔術を発動させろ!」


「これじゃあ敵がどこに潜んでるかも分からないだろ!」


壁際に倒れていた仲間を介抱していた人達は、水魔術が消えたのは発動した魔術師に原因があったのだろうと考え、彼らに罵声を浴びせていた。


「バカ!違う!魔術がかき消されたんだ!」


「は?発動した魔術を消すなんてこと、聞いたことないぞ!自分達の失敗を誤魔化すんじゃねぇ!」


反論する魔術師に対して、糾弾の声をあげているのは剣術師のようだ。仲間内で言い争いをするのは好都合だったので、僕はその隙に魔術杖を逆に持ち変え、ミスリルでコーティングされた部分を先端にし、打撃武器の様に構えた。


(悪いけど、言い争いが終わるまで待っててあげるほど暇じゃ無いんでね!)


闘氣は使わず、純粋な身体能力だけの速度で彼らに肉薄すると、勢いそのままに魔術杖を振り抜いた。


「ごっーーー」


「がっーーー」


「ぐえっーー」


刹那の内に水魔術を放った3人を無力化すると、急に仲間がやられたことで焦ったのか、剣術師達は一斉に闘氣を纏った。さらに壁際に倒れていた者達も体勢を建て直したようで、武器を構えている。しかし、今だ僕の存在は認識できていないようで、その視線はまだこちらに向いていない。


(残りの相手は全部で14人!剣術師9人、魔術師5人か!このまま何もさせずに終わらせる!)


闘氣を纏っていない分、相手を一撃で昏倒させるには、人体の急所に対して正確に打ち込む必要がある。頭部、鳩尾、下腹部に強烈な一撃を、この敵の密集した場所で放つには突き技が最適だ。


「シッ!」


「うごっーー」


「っ!敵は俺達の内側に入り込んでるぞ!同士討ちに気を付けつつ、攻撃の密度をあげろ!魔術師の同志は後退しろ!」


瞬く間に4人が倒された様子を見た相手が、的確な指示を出しているが、体勢を建て直す余裕は与えない。後退しようとしていた魔術師から先に無力化を行う。


「ぐあぁーー」


「やめーーー」


「ぐきゃーー」


相手に何もさせないうちにどんどんと意識を刈り取っていき、1分も過ぎる頃には残すところあと数人になっていた。


「・・・何だこれは?相手はいったい何人潜り込んでいごっーーー」


呆然と自分の仲間達がバタバタと倒れていく様子を見ていた最後の一人は、結局僕の姿を一度も見ることなく意識を失って床に崩れ落ちた。


(まだ2階と3階に3人いる。この騒ぎでも降りてこないってことは、おそらくこの拠点の上位者かな?)


情報を持っていそうな人物を拘束すべく、僕は上階へと続く階段を駆け上がった。

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