第186話 開戦危機 20

 ”害悪の欠片”を取り込まされた村人を先導し、王女一行を襲わせて監視していた3人組から聞いた情報を元に、僕は更に王国との国境付近の森の中に来ていた。


「・・・地図で見ると、ここから国境までは深い森と表記されているだけなのに、本当にこんな所に拠点なんてあるのか?」


進めど進めど景色の変わらない森の中で、若干彼らの言葉に半信半疑になってきた頃、気配を感知できる範囲内に、複数の人の気配を捉えた。


「っ!?こんな場所に結構な人数だな・・・あの3人の話は本当だったのか」


もう少し近づいて意識を集中すると、大体20人位が集まっている場所と少し離れた場所に50人位が集まっている場所があり、その回りを10人位が等間隔に動いている。感覚的に建物が2つあり、その回りを警備しているような感じがした。



 警戒しつつ進んでいくと、目の前に要塞のような砦が見えてきた。城壁に囲まれたその石造りの砦は、一見すると軍事拠点のような佇まいをしているが、所々崩れており、客観的に見ると既に使われなくなった場所の様にも見える。


(とはいえ、城壁の内側に人の気配を感じているから、侵入者に対して警戒しているのは間違いない)


おそらく廃墟のように見せかけているのか、城壁の外側には見張りは居ない。下手に迷い混んでしまうと、城壁内に待ち構える者達に捕らえられてしまうだろう。


(認識阻害の外套を使うか?でも、その対策をしていないとも考え難い・・・)


普通に正面から正々堂々乗り込むことも考えたが、あの3人組が言っていた「重要人物」が誰なのかということも気がかりなので、今回は見つからないように潜入することを考えている。その人物がもしかしたらエレインかもしれないという期待もある為、相手を刺激して彼女に危害が加えられることは回避したい。


(先ずはその人物が誰なのかと、この拠点の目的を確認したいところだけど・・・)


時刻は既に夕日が見え始めた頃、もう少し待てば完全な暗闇に乗じて潜入できるかもしれない。そう考えた僕は、遠目からこの砦の様子を観察し、潜入できそうなルートを探って夜に備えることにした。



 一応気配遮断の外套を着込んで周辺を観察していると、城壁周辺の地面には陶器を砕いた様なものが散りばめられていることが分かった。気付かずに歩いていけば、砕く音で警備に見つかってしまうのだろう。


更に城壁には有刺鉄線も所々張り巡らされており、気づかれずに城壁を登るのは難しい。それに、いくら気配遮断の魔道具を使っていても、魔力や闘氣を使えば相手に気づかれてしまう。そうなると、侵入するには正面の門から入るしかない。


(さて、どうやって気づかれずに侵入するか・・・)


中々の警戒体制に悩み、ミレアに連絡して助言を貰うことにした。彼女もそういったことは専門ではないらしく、少し待って欲しいと言われ、夜の帳が降りてきた頃、潜入に際しての助言があった。


それに従い、僕は潜入の準備を始めた。出来るだけ身軽な格好で潜入するために荷物は隠しておき、靴に着替えの服を巻き付けて足音が立たないように工夫する。更に、こういった拠点での警備は、必ず交代する瞬間があるので、それに合わせて潜入することを勧められた。


(交代のタイミングとしては、昼の部と夜の部で別けられている事が多いから、もしかしたらそろそろかもしれないな・・・)


ミレアからの助言を反芻しながら砦の様子を伺っていると、城壁内の気配に動きがあった。やはり夜になったこの時間に見張りを交代するようで、慌ただしい動きが感じ取れた。


(今だっ!!)


城壁内の警備の気配が正門から離れた瞬間を見計らって、僕は一気に正門を潜って内部へと侵入した。地面に撒かれていた陶器の欠片は、靴に巻いていた服のおかげで、ほとんど音も出さずに済んだ。



 城壁内に侵入すると、そこには砦と倉庫のような建物の2つがあり、僕は正門に飛び込んだ速度もそのままに、先ずは倉庫の方へと近づいていった。幸いにして僕の侵入には誰も気づいていないようで、正門周辺には先程と同じように警備する配置になったことが気配で分かった。


(調べる部屋数が多そうな砦は後回しだ!何で倉庫から50人以上の人の気配がするのかを確認しよう)


そう考えた僕は倉庫の壁をよじ登り、屋根裏にある換気口から倉庫内へと侵入した。


(っ!これは・・・)


天井の隙間から倉庫内を見渡すと、そこには予想外の光景が広がっていた。集まっていた50人の人々は2ヶ所に分けられ、それぞれ頑丈そうな檻の中に閉じ込められている。見張りの様な人物が2人見えるが、椅子に座りながら本を読んでいるようで、真面目に仕事をしているような雰囲気ではなかった。


よくよく見ると、一方の檻には10人ほどが入れられているが、その顔色は土気色で非常に悪く、身体が所々腐っているようだ。おそらくは”害悪の欠片”を取り込まされ、既に身体の崩壊が始まってしまっているのだろう。


彼らはカチカチと歯を鳴らすような音を立てつつ、向かいの檻の人々に向かって手を差し伸ばし、何事か呟いているようだった。その動きはかなり緩慢で、今まで対峙してきた襲撃者とはまるで異なっていた。身体の状態から察するに、おそらく彼らはもう長くないのだろう。


それに対して向かいの檻に入れられている人達は、確かに顔色も悪いが、動くこともなく地面に座り込んでいる。みんな村人のような服装で生気もなく、絶望した表情の者達もいるが、おそらくはこちらの檻の人達は”害悪の欠片”を取り込んでいないのだろう。


(欠片を取り込んだ人は、原始的な欲求に支配される・・・つまりこちらの檻の人達は、食料兼性欲解消の為の存在ということか?)


思い至った考えに吐き気がするが、おそらく当たらずとも遠からずだろう。この人達は必ず助けるとして、次は砦内の調査だ。僕は侵入した換気口から出て下に降りると、細心の注意を払いながら砦の方へと向かった。



 砦の門は、3m程の高さのある両開きの扉だった。当然ここから入ろうとすれば、門の動きや開閉音で誰かに気づかれてしまうだろう。となると、窓から入るのが現実的なのだが、見たところどの窓も目の細かい鉄格子が嵌め込まれていて、壊すにしても音が出てしまうのでその手段も難しい。


(う~ん、どうするかな・・・)


近づいて分かったのだが、この建物は地上3階、地下一階という構造のようだ。感知できる気配では、3階部分に2人、2階部分に3人、1階部分に3人、地下に2人という分布だった。


どの階にも満遍なく人がいるために、中々侵入は困難だ。音を誤魔化す方法があればと思うが、こういう時に限って何も思い浮かばない。


そうこうしていると、10人ほどの一団がこちらに近づいてきているのが見えた。どうやら見張りの交代に際してどこかで身体を洗ってきたのか、濡れた髪にタオルを羽織って談笑している。もしかしたらこのまま砦に戻るかもしれないと考え、息を潜めて彼らの動向を注視した。


(魔道具のおかげで気配や姿を認知されないといっても、こういう状況は緊張するな・・・)


相手に気づかれずに建物に侵入しようとするなんて経験は今までなかったので、いつになく心臓の鼓動が早まっている気がする。


そして・・・


(よしっ!)


10人の集団は、思惑通り扉を開けて砦の中に入っていく。幸運なことに、大人数が一度に入ろうとした為に、両扉を大きく開けてくれたので、隙間を狙って建物内へ侵入することが出来た。


外見から考えれば砦の内装もボロボロかと思いきや、建物内はランプ等が煌々と照らされており、かなり綺麗にされていて清潔感があった。


10人の集団はそのまま1階の奥の方へと消えていくのを横目に見て、僕は地下の方から確認することにした。物音を立てないように細心の注意を払いながら地下へと続く階段を降りていくと、そこは地下牢となっており、誰かが捕らえられているようだった。


奥にある牢の前には、見張りだろう男性が椅子に腰かけてうつらうつらとしているようで、見張りとしての役割を果たしていないようだった。


(いったい誰が捕まっているんだ?)


倉庫の方にある鉄格子とは別に、こちらの牢に入れられている理由は不明だが、ここで捕らえられている人物は、組織にとって重要度が高いということなのだろう。


捕まっている人物は寝ているのか分からないが、牢屋内にある簡易ベッドにうつ伏せに突っ伏し、薄手の毛布を被っているので、その顔を伺うことができなかった。少しでも手懸かりを得たいと考え、見張りが起きないように注意しながら鉄格子越しに牢屋内の様子を伺った。


(・・・身体は小さいな。子供か?肩幅や丸みのある体格を考えれば、女の子かもしれない・・・)


牢屋の中の人物を観察して、年齢や性別に当たりを付けるが、肝心のここに囚われている理由は不明だ。


どうしたものかと考えていると、階段の方から地下に向かって降りてくる足音が聞こえた。僕は奥の牢屋から少し離れて隅でじっとしていると、トレーに食事を乗せた女性が僕の前を通り過ぎ、奥の牢屋へと向かっていった。


「ちっ!まったくこいつは・・・」


『ゴスッ!』


「イテッ!!」


食事を持ってきた女性は眠りこけている見張りの男性を見ると、舌打ちして脛の辺りを蹴り飛ばした。その痛みで眠りから覚めた男性は、悲鳴をあげて飛び上がると、しゃがみこんで脛を擦っていた。


「おいおい勘弁してくれよ!もう少し優しく起こしてくれ!」


「うるさい!サボってるあんたが悪いんだよ!ほら、交代の時間だからあっち行きな!」


涙目で抗議する男性を意に介さず、女性は威圧するような話し方で退去を促した。


「もうそんな時間か。結構寝てたんだな・・・」


「ったく、良いご身分だね!椅子に座って寝てるだけで金が貰えるんだから!」


たっぷりと嫌みを込めている女性の言葉に、男性はヘラヘラと笑いながら口を開いた。


「へへへ。それだけじゃなく、女の子を1日監視してても良いんだからな。用を足す姿を俺に見られ、羞恥に顔を歪ませている表情はたまんないぜ!」


「っ!女の敵め!ブッ殺すよ!!」


男性の寒気がする性癖の話しに、女性は顔を顰めたと思うと、激怒した表情で殺気を飛ばしていた。


「じ、冗談ですよ!さぁ~て、飯でも食ってくるか!」


その迫力にたじろいだ男性は、とぼけた表情で女性の横を通り過ぎると、そそくさとこの場をあとにした。


(女性の方が、上下関係は上の人のようだな)


僕の前も通りすぎていく男性を見送りながらそんなことを考えるも、もう少し囚われている人物の情報を探ろうと奥の牢屋へ意識を向けた。見張りを交代した女性は、牢屋の中に持ってきたトレーごと食事を差し出すと、中の女の子に話し掛けた。

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